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雪の記憶



 昨日から降り続いた雪が町を白く彩っている。

 今日もチラチラ降り続いている雪の中、私は歩いていた。

 一歩踏み出すごとにキュっと雪が泣く。

 まるで知らない街を歩いているかのような感覚に陥る。

 誰の足跡もない路。

 この世の中に生きているのは私だけのように感じる瞬間。

 私はいつもの公園へと足を運んだ。

 普段は子供たちや、ミュージシャンが音を鳴らしている公園も、今日はひっそりと静まりかえっていた。

 無音の世界。

 すべての音が雪に吸収されてしまった、公園。

 私はその中心まで行き、仰向けに寝転がった。

 背中にひんやりとした感覚を感じる。

 空からはヒラヒラと粉雪が舞い落ちてくる。

 顔に舞い降りる冷たい感触。

 その感触を感じながら、私は瞼を下した。

〝私のすべてがこの雪に消えてしまえばいいのに……〟

 体の先端が冷たさでジンジンと疼くのも構わず、私は雪に埋もれることを願っていた。




 どのくらいそうしていたのか……

 閉じた目が影を感じ、私はゆっくりと瞼を開ける。

 私を覗き込んでいる、青年と目が合う。

「あ、生きてる」

 その声は少しホッとしたような、少し嬉しそうな声だった。

〝私、まだ生きてるのか……〟

 漠然とそんなことを思う。

 私はまた瞼を閉じる。

 私の周りで青年が動いている気配を感じる。

 不意に腕を強く掴まれ、私は自分の意思とは関係なく起き上がった。

 一瞬何が起こったのか分からなかった。

「風邪、ひくよ」

 状況を把握できていない私に青年はニッコリ笑いかけた。

 その瞬間、その〝青年〟は、〝彼〟に変わった。

 無色だった私の世界が色を持ち始めた瞬間でもあった。




 それから〝彼〟は私の部屋に転がり込んできた。

 なんでも家賃滞納して部屋を追い出されて彷徨っていたところ、私と出会ったらしい。

 それが、良かったのか、悪かったのか……

 ただ私は〝彼〟に出会って、世の中がこんなに楽しいものだということを教えられた。

 私にとって〝彼〟はとても大切な存在になっていった。

 ミュージシャンを目指していた〝彼〟は部屋で曲を作っては、私たちが出会った公園へ行って演奏していた。

 私は〝彼〟の曲が大好きだった。

 切なくて、悲しくて、でも……綺麗な色を帯びていて……




 なんとなく気が付いていた。

 このままではいられないこと。

 でも、こんな私に微笑みかけてくれるのは後にも先にも〝彼〟だけだろう。

 私はいつまで続くか分からないこの関係に、不安を感じながら幸せも感じていた。

「ねえ、俺の曲をずっと好きでいてくれる?」

 〝彼〟が突然私に尋ねた。

 私はその問いに間髪入れずに答えた。

「もちろんよ」

 どうして〝彼〟はそんなことを聞いたのだろう。

 その時の私は全く分からなかった。

 いつも自身に満ち溢れていて、眩しいくらいに輝いていた〝彼〟

 私はそんな彼の傍にいるだけで良かったのに……

 満足だったのに!!




 別れは突然訪れる。

 いつもの公園。

 私は〝彼〟の演奏を聴きに来ていた。

 仕事が終わってからだったので、〝彼〟とは別に……

 でも……その日、彼がそこに現れることはなかった……

 そして、〝彼〟は私の前から姿を消した……

 私の色づいていた世界はその日からまた、色を亡くした……

 元の生活に戻った私。

 心にポッカリと空いた大きな穴は今まで以上で、それを埋めるすべを私は知らなかった。

 いや、知っていたとしてもそれを埋める気にはならなかったかもしれない。

 その穴は〝彼〟が居たことの証だから……




 私はそれから、〝彼〟が毎週演奏していた木曜日、

 公園へと足を運んだ。

 〝彼〟が置いて行った、〝彼〟の曲とともに……

「俺の曲をずっと好きでいてくれる?」

 その言葉とともに……




 あれからちょうど10年。

 あの日と同じように今日もチラチラ雪が舞っている。

 私の心の大きな穴は埋まっていなかった。

 埋まるどころか、それは年々大きくなっていた。

 私は今週も公園に足を運ぶ。

 〝彼〟の曲とともに。

 私の足が止まった。

 耳に着けていたイヤホンを外す。

 いつもは誰もいないその場所に、今日は人がいた。

 ギターを持って私を見ている。

〝彼だ〟

 私はフラフラと吸い込まれるようにその場所へと近づいていく。

〝彼〟がギターを鳴らし始める。

 それは10年もの間、私が毎日のように聞いていた〝彼〟の曲。

 曲が進むと同時に、私の心に空いていた大きな穴が塞がっていくのを感じた。

 そして、あの頃と同じように私の世界に色が戻り始めた。

 曲が終わり、〝彼〟がゆっくりと立ち上がる。

「ごめんね、あの時急に消えて……」

 あの頃と同じ微笑みを見せてくれる〝彼〟

〝彼〟は10年前と全く同じ姿で、今、私の前に立っている。

「10年前と同じ姿でびっくりしたでしょ?」

 微笑みながら〝彼〟は言った。

「俺の話、聞いてくれる?」

 私が頷くと、〝彼〟はゆっくりと話し始めた。

「長くなるから……」

〝彼〟は私を隣に座らせ、話し始めた。

「今から話すことは冗談なんかじゃなくて、本当にあったことだから……俺も驚いた……」

 彼はそういって順番に自分に起こったことを話し始めた。




 ……10年前のあの日に現れた〝彼〟は10年後の〝彼〟だった……







 いかがでしたでしょうか?

 これはある曲を聴いていて、思いついたお話です。


 よろしければ感想など、いただけると嬉しいです。



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