また明日が来ると思ってた
何気ない会話が、
あとから「最後だった」と気づくことがあります。
この作品は、
そんな“間に合わなかった気持ち”を書きました。
少しでも誰かの記憶と重なれば幸いです。
あの日も、いつもと同じだった。
通知欄に名前が出て、
配信が始まって、
コメント欄が流れていく。
特別な日じゃなかった。
記念日でも、
卒業配信でも、
重大発表でもない。
ただの火曜日の夜だった。
俺がその人を見つけたのは、二年前。
仕事から帰って、
なんとなく開いたおすすめ欄にいた、小さな配信者だった。
同接は三十人くらい。
マイク音質も少し悪くて、
ゲームも上手いわけじゃなくて、
でも、妙に居心地がよかった。
「今日コンビニでさ、アイス落とした」
そんな、どうでもいい話を、
楽しそうに笑いながら話す人だった。
最初は“ながら見”だった。
でも気づけば、
仕事終わりに配信を開くのが日課になっていた。
コメントを読まれるだけで嬉しくて、
「おつかれ」って言われるだけで、
救われた気持ちになった。
現実では誰にも言えない疲れを、
その人の声だけが、
少し軽くしてくれた。
ある日、
俺は残業でかなり参っていた。
終電近くの電車で、
スマホを見ながら、
ふと配信を開いた。
「こんばんは〜。今日も生き延びた人、えらい」
その一言で、
なぜか涙が出そうになった。
コメント欄に、
「今日マジでしんどかった」
と打った。
流れるコメントの中に埋もれると思った。
でもその人は、
ちゃんと拾ってくれた。
「お、しんどかったか〜。じゃあ今日はここに避難な」
笑いながら、
そう言った。
たったそれだけだった。
でも、
誰にも気づかれなかった苦しさを、
初めて見つけてもらえた気がした。
それから、
俺は少しずつ常連になった。
メンバーシップにも入ったし、
スパチャも投げた。
でも、
“ガチ恋”ではなかったと思う。
たぶん。
ただ、
その人がこの世界に存在して、
今日も配信してくれることが、
安心だった。
最後のやり取りも、
本当に普通だった。
その日、配信は短かった。
「明日ちょっと早いから今日は早めに終わる!」
コメント欄には、
「了解〜」
「おやすみ!」
「無理すんな〜」
そんな言葉が並んでいた。
俺も軽い気持ちで、
「また明日〜」
って送った。
その人は笑って、
「はーい、また明日!」
って返した。
でも、
“明日”は来なかった。
次の日になっても、
配信通知は来なかった。
最初は誰も気にしていなかった。
「寝坊かな」
「忙しいのかも」
そんな空気だった。
でも、
三日経っても、
一週間経っても、
何もなかった。
Xの更新も止まっていた。
そして、
二週間後。
運営アカウントから、
短い文章だけが投稿された。
『本人の事情により、今後の活動継続が困難となりました』
理由は書かれていなかった。
病気なのか、
事故なのか、
心が限界だったのか。
何も分からなかった。
コメント欄は、
「嘘だろ」
「待ってる」
「戻ってきて」
で埋まった。
でも、
俺の頭にずっと残っていたのは、
最後の会話だった。
「また明日!」
たったそれだけ。
もっと感謝を伝えればよかった。
あなたに救われてたって、
言えばよかった。
でも、
“また会える前提”だった。
人って、
終わると思ってないものには、
ちゃんと別れを言えない。
それから半年後。
俺は帰り道、
コンビニでアイスを買った。
会計を済ませて外に出た瞬間、
手が滑って、
アイスを落とした。
地面に転がるアイスを見て、
ふいに、
あの声を思い出した。
「今日コンビニでさ、アイス落とした」
最初に聞いた、
あのどうでもいい話。
気づいたら、
少し笑っていた。
同時に、
泣きそうにもなっていた。
もう配信はない。
通知も来ない。
声も聞けない。
でも、
人生がしんどかった夜に、
確かに救われた時間だけは、
消えなかった。
人との関係って、
続いた長さじゃないのかもしれない。
どれだけ深く、
“そこにいてくれたか”なんだと思う。
家に帰って、
スマホを開いた。
もう更新されないアカウント。
最後の配信アーカイブ。
最後のコメント欄。
そこには今でも、
半年前の俺がいた。
「また明日〜」
その文字を見ながら、
俺は小さく笑った。
「……ありがとな」
「また明日」
普段なら何気ない言葉なのに、
戻れなくなった瞬間から、
急に重みを持つことがあります。
この作品を書きながら、
自分自身も“誰かとの最後”を思い出しました。
読んでくださってありがとうございます。




