表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

放課後サイダー戦争

作者: まさ
掲載日:2026/04/29

六月の教室は、なんだか全部が中途半端だった。


 窓の外では野球部がうるさいし、教室の中では扇風機が「もう無理です」と言いたげに首を振っている。エアコンはまだ解禁されない。うちの高校は変なところで厳しい。


「暑い……死ぬ……」


 机に突っ伏しながら、私は遺言みたいにそうつぶやいた。


 私の名前は佐倉ひまり。高校二年生。得意なことは昼寝、苦手なことは努力。


「死ぬ前に購買行く?」


 隣の席から声が飛んできた。


 親友の高橋奈々だ。ショートカットで元気のかたまりみたいなやつ。こいつは夏でも冬でもだいたいうるさい。


「行く……サイダー飲みたい……」


「また? あんた絶対サイダーで血液できてるでしょ」


 そう言いながら奈々は笑って立ち上がる。


 私はのそのそとついていった。


 購買は今日も戦場だった。


 パン争奪戦に負けた男子たちが床に崩れ落ちている。焼きそばパンを勝ち取った女子が英雄みたいな顔をしていた。


「すごいな……」


「毎日見てるのにまだ感動するんだ」


 私は冷蔵ケースに向かう。


 そして、固まった。


「……ない」


「え?」


「メロンソーダが、ない」


 この世の終わりだった。


 私は三秒くらい本気で膝から崩れそうになった。


「嘘でしょ……私の生きる意味が……」


「重い重い」


 奈々が呆れながら肩を叩く。


 すると、背後から声がした。


「あの、これ……」


 振り返ると、男子が一本のメロンソーダを差し出していた。


 同じクラスの神谷湊だった。


 身長高め、黒髪、成績優秀、無駄に顔がいい。女子から妙に人気があるやつだ。


 私は固まった。


「……え、いいの?」


「うん。別に俺、炭酸苦手だし」


「なんで買ったの?」


「なんとなく」


 なんとなくで最後の一本を買うな。


 心の中でツッコミつつ、私はありがたく受け取った。


「ありがとう……命の恩人」


「大げさだな」


 神谷は少しだけ笑った。


 その笑顔がなんか自然で、ちょっとだけドキッとしたのが悔しかった。


 奈々が横でニヤニヤしている。


 嫌な予感しかしない。


「ひまりー? もしかして今ときめいた?」


「黙れ」


「図星じゃん」


「黙れって言ってるでしょ!」


 私は奈々の背中を叩いた。


 神谷は困ったように笑って、そのまま購買を出ていった。


「へぇ〜」


 奈々が肘で小突いてくる。


「青春してるねぇ」


「してない」


「してるって。顔赤いし」


「暑いだけ!」


 私はメロンソーダを開けて一気に飲んだ。


 炭酸が喉に刺さる。


 たぶん今の私は、この炭酸より落ち着きがなかった。



それから少しだけ、神谷を意識するようになった。


 いや、少しだけだ。本当に。


 授業中にふと目が合うとか、廊下ですれ違うとか、その程度。


 なのにそのたびに心臓がうるさい。


 なんなんだ、これ。


「恋だね」


 奈々が断言した。


「違う」


「恋だよ」


「違うってば」


「じゃあなんで神谷くん見てるの」


「見てない!」


 教室で騒いでいると、不意に奈々の表情が曇った。


「……あ」


「どうしたの?」


「いや、なんでも」


 でも、なんでもない顔じゃなかった。


 私は少し気になった。


 奈々は基本的に明るい。でも時々こうして、急に静かになる瞬間がある。


 その理由を、私は知らなかった。


 帰り道、思い切って聞いてみた。


「奈々、なんかあった?」


 奈々は少しだけ黙ったあと、笑った。


「実はさ、うち引っ越すんだよね」


「……え?」


「お父さんの転勤。夏休み明けにはたぶん転校」


 時間が止まった気がした。


 嘘みたいだった。


「なんで……言ってくれなかったの」


「言ったら絶対空気重くなるじゃん」


「なるよ」


「でしょ?」


 奈々は笑ったけど、目は少し赤かった。


 私は何も言えなかった。


 ずっと一緒にいると思っていた。


 当たり前みたいに、明日も隣にいると思っていた。


 でもそんな保証、どこにもない。


「ひまり、そういう顔しないで」


「どういう顔」


「今にも泣きそうな顔」


 私は慌てて顔をそらした。


「泣かないし」


「嘘つけ」


 奈々は少しだけ優しく笑った。


「残りの時間、楽しく過ごそうよ」


 その言葉に、私は小さくうなずいた。





夏休み前、終業式の日。


 私は購買でメロンソーダを二本買った。


 一本は自分用。もう一本は奈々用。


 屋上で二人並んで飲む。


「最後のメロンソーダ乾杯だね」


「縁起悪いこと言うな」


 缶を軽くぶつける。


 炭酸の音がした。


「ひまり」


「なに」


「ちゃんと青春しなよ」


「なんで上から目線なの」


「神谷くんとか」


 私は危うく吹き出しかけた。


「今それ言う!?」


「だって気になるし」


「別にそんなんじゃないって」


「ふーん」


 奈々は笑う。


 少しだけ寂しそうに。


 その横顔を見て、胸がぎゅっとなった。


「……奈々」


「ん?」


「離れても、友達だから」


 奈々は一瞬きょとんとして、それから大げさに笑った。


「当たり前じゃん」


「うん」


「むしろ連絡無視したら許さない」


「しないよ」


「既読無視もダメ」


「細かいな」


 二人で笑った。


 泣きそうだったけど、笑った。


 青春ってもっとキラキラしてるものだと思ってた。


 恋とか、部活とか、文化祭とか。


 でもたぶん、それだけじゃない。


 こうやって、当たり前だと思ってた時間が急に大切に思える瞬間も、きっと青春なんだ。


 空になったメロンソーダの缶を見つめながら、私は少しだけ大人になった気がした。


 ……たぶん気のせいだけど。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ