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第49話:本物の近藤勇
慶応四年四月二十五日、板橋。刑場に座らされた近藤は、極限の恐怖で歯の根が合わず全身をガタガタと震わせていた。
「……嫌だ、死にたくない。誰か、嘘だと言ってくれ!」
心の中では情けなく泣き叫んでいた。だが、後ろで刀を抜く介錯人の殺気を感じた瞬間、脳裏に土方の不敵な笑みが浮かんだ。「お前は、最高に効く看板なんだよ」
(……そうだ、トシが一生懸命描いた看板を泥で汚したまま死ねるか!)
その瞬間、近藤の中で何かが弾けた。彼は自らの意志で恐怖に歪もうとする顔の筋肉を力一杯ねじ伏せ、あの岩石顔を人生で一番険しく一番気高く作り上げた。
「……うおおおーっ! 幕臣、近藤勇! 公儀への忠義、一点の曇りもなし!」
天を突く絶叫。それは死への悲鳴ではなく、近藤勇という虚像を真実へと昇華させる命懸けのハッタリだった。
その気迫に周囲の兵士たちは「なんと見事な武士か」と戦慄し平伏した。
近藤は首筋に冷たい鉄を感じた瞬間、満足げに目を細めた。小心な男が自らのハッタリを最期に誠へと変え、本物の英雄として歴史にその名を刻んだのである。




