砦の戦いとカルトの狂気
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──砦の戦いとカルトの狂気
翌朝、ジークは早めに目を覚ました。
「起きろ。朝飯にしてさっさと街を出ようぜ」
「ん。随分と早くから起きるのだな……」
ジークはまだ日が昇ってすぐの時間帯にセラフィーネを叩き起こし、すぐに身支度をすると1階の食堂に降りる。セラフィーネも遅れながらしっかりと身支度をして、ジークに続いた。
「おや。お客さん、早いですね」
「ああ。今日は旅立つ日だからな」
宿の看板娘がいうのにジークはそう返す。
ジークは面倒ごとに巻き込まれる前にさっさと街をでることにしていた。この街にトリニティ教なるカルトが迫っているのは明らかであり、彼はそんなカルトと関わり合いを持ちたくなかったのだ。
「というわけで、簡単でいいから朝食を頼むよ」
「はい!」
それからジークは朝食を頼み、運ばれて来た簡単なパンとスープの朝食を食べ始める。シンプルだがパンはどっさりとあり、ジークは腹ごしらえというようにたっぷりとパンをむさぼった。
セラフィーネの方もジークに比べれば控えめながらしっかりと食べる。
このふたり、実はいくら食べても体型も変わらなかったりする。栄養としては取り込まれるのだが、太るのも痩せるのもダメージ判定になっているらしく、不老不死の再生力で修正されてしまうのだ。
「よし。腹いっぱいだ。さあ、出発!」
「やけに急ぐな? 何かあるのか?」
「トラブルが迫っているのは昨日のことで分かったろ? そして俺はトラブルが嫌いだ。カルトだろうとなんだろうと関わりあいたくない」
「軟弱だな」
「トラブルに首突っ込むのはタフじゃなくて馬鹿なだけだぜ?」
ジークは不満そうなセラフィーネにそう反論したのちに席を立った。
それから宿の会計を済ませて真っすぐ街の城門に向かう。
しかし、そう簡単にトラブルから逃げられるほど世間は優しくなかった。
「止まれ!」
街の城門は閉ざされており、衛兵が険しい表情で立っている。その様子にジークはもの凄く嫌な予感がし始めた。いい兆候では全くない。
「おいおい。どうしたんだ?」
「聞いてないのか? トリニティ教だ。北部のカルトどもがこの街に向かっている」
「それは聞いてるけど、まだここまで来たわけじゃないんだろう?」
ジークは衛兵にそう尋ねる。彼としてはこの街がカルトとの戦闘に巻き込まれる前にとんずらしたいわけで、さっさと閉じている城門を開いてほしかった。
「それがな。連中の先遣隊が街のすぐそばまで来て街の様子を探っているらしい。だから、用心のために許可があるまで城門は閉じておけとの命令が出た」
「おーい。勘弁してくれよ。俺たちは旅人なんだ。ここに長くはいられない」
滞在できるだけの金がないのだとジークは訴える。
「分かった、分かった。払うもの払えば通してやろう」
「クソ。ゆすりやがって……」
衛兵のケチな小遣い稼ぎだ。ジークは通行税と同額ほどの金を手渡す。
「オーケー。そっちの勝手口から出ていけ」
「ありがとさん。全く……」
ジークは横目で睨むように衛兵を見ながら勝手口を抜けて街の外に出た。街の外では締め出された商人や旅人が列を作って、これからどうしようかと話し合っているのが見えた。街が城門を閉ざした影響は大きそうだ。
「さてさて。東に向けて出発だ。いざ、ルーネンヴァルトへ!」
だが、それを見たところでジークたちに何かできるわけじゃない。ジークが不老不死だからというだけで、あの意地の悪い衛兵は門を開けてはくれなかったように、不老不死というのはときに何のアドバンテージにもならないのだ。
かくしてジークたちはフギンとムニンが変化した軍馬に跨り、東に向けて出発。
「妙だな」
暫く東に進んだところでセラフィーネがそう呟くように言う。
「どした?」
「さっきの城門の前の人間は見ただろう。街に入れなければ引き返す人間だっていたはずだ。それが存在しない。そうでなくとも全く東に向かう人間が見当たらないのは、ちょっとばかり変だぞ」
「……確かに」
さっきから東に進んでいるジークたちだが、同じように東に向かっている人間をひとりとして見ていない。セラフィーネがいうとおりにこれは妙だ。
「クソ。他に道はないし、このまま進むか……?」
「多少のトラブルには備えているのだろう? 派手に暴れるだけだ」
「ああ。避けれるトラブルは避けるが、避けられないならぶちのめすだけだ」
セラフィーネの言葉にジークが自棄になったように笑う。
そして、覚悟を決めた彼らが東に向けての旅をつづけたとき──。
「誰か倒れている」
ジークが街道に横たわる馬と人を見つけて馬を進めると、まだ息があるか確かめるために馬を降りた。
「あんた、大丈夫か?」
見たところ兵士だろう。兜と胸甲を身に着けた男性は血まみれになっており、あちこちに傷があり、火傷の痕跡もある。
「み、水……」
「ほら。ゆっくり飲め」
まだ息があり水を求める兵士にジークが水筒を取り出して飲ませる。
「はあはあ。ありがとう……。しかし、お、俺は行かねば……」
「どこにだ?」
「城に……。東の砦が陥落しそうだということを知らせにいかねばならない……。俺は……託された……。ちゃんと、伝えないと……」
「おい。しっかりしろ、おい!」
そこで兵士は息を引き取った。
「最後まで任務を果たそうとするとは素晴らしい兵士だった。戦神モルガンに仕える身としてお前が彼女の下に召し抱えられること祈る」
セラフィーネはそう言って祈りを捧げるように目を閉じた。
「クソ。この先に砦があって、そこが陥落寸前か。間違いなくこの街道を守るための砦だろうし、このまま進めば……」
「ふん。臆したか?」
「冗談言うなよ。立ちふさがるならぶちのめすって言ったろ?」
兵士の流した血の臭いがジークとセラフィーネを目覚めさせていた。この先に戦いがあるならばふたりはそれに挑み、敵に勝利し、活路を切り開くだろう。
ジークは英雄神に、セラフィーネは戦神に気に入られた人間なのだ。
「行くぞ。陥落する前に到着すれば打てる手は増える」
「了解だ」
ジークとセラフィーネは馬を急がせ、東に向けて駆ける。
街道を駆けること数時間、何かが焼ける臭いが流れてくる空気に混ざり始めた。ジークがそれに気づいて前方を注視すると煙が薄く立ち上っているのが見える。
「あそこか。このまま突っ込むぞ!」
「任せておけ!」
ジークはムニンの手綱を握って叫び、セラフィーネのフギンを走らせて応じる。
そのまま彼らは立ち上る煙に向けて突撃するように進み──。
「聞こえてきたぞ。戦場の音だ……!」
セラフィーネがにやりと笑う。彼女には人々が殺意をたぎらせて叫ぶ声と金属同士が衝突して立てる甲高い音が聞こえていた。
そう、それは戦場の音だ。
「ああ。戦場の臭いだ。血の臭いと人間が焼ける臭い……!」
ジークもまたその鼻に人間の流す血の生臭さと人間が焼けていく妙に甘くて気分の悪くなる臭いを感じ取っている。
本能が恐怖を呼び起こすはずの音と臭いを感じてもふたりは怯えることなく進む。
「見えたぞ……!」
そして、ついにふたりは戦場となっている砦を視界に収めた。
砦は無数の白い服をまとった人間に囲まれており、一部はすでに崩落し、まだ無事な部位から兵士たちが白い服に人間たちに応戦していた。城壁の上から投石し、クロスボウの矢を浴びせている。
それによって白い服の人間たちは撃ち抜かれ、倒れ、梯子によって登ろうとしていた城壁から落ちていく。落下の衝撃で脳天の割れて脳漿を地面に撒いたものや、首の骨が折れたものが地面には数多に転がっている。
それでも白い服の人間たちは梯子をかけては城壁によじ登ろうと次々に迫っていた。
さらには城壁に向けてクロスボウの矢が放たれ、小さいながら準備された攻城砲が散発的に砲撃を繰り返している。
「見事な攻城戦をやってやがる。見覚えのない白い服の連中がカルトのトリニティ教だろう。そして、まず潰すべきは……攻城砲だな」
「ああ。あれを潰せば砦で粘っている方も助かるだろう」
「オーケー。では、行きますか!」
ジークとセラフィーネはそう言葉を交わすと、背後からトリニティ教と思われる勢力に接近していった。
「聞けえっ、者ども!」
そこでセラフィーネが声を上げる。
「我が名はセラフィーネ! カーマーゼンの丘にて契し魔女のひとりにして、戦神モルガンに仕えし魔女! いざ堂々と勝負せよ!」
セラフィーネが声を上げるのに白い服の人間たちが慌てて背後を振り返る。
「お前らはトリニティ教だな? 北のカルトだろう? 悪いが死んでもらうぞ」
ジークの方は名乗りを上げることなく、馬から飛び降りると魔剣“月影”を召喚して振り向いた兵士たちに挑みかかる。
「敵だ!」
「悪魔崇拝者どもだ! 殺せ!」
トリニティ教であることを否定せずに武器を向けてきて、間違いなく問題のカルトであることが確実になり、ジークは安堵した。これで人違いだったら……それは凄く恥ずかしいのだ。
「遠慮なくやるぜ」
ジークに向けてクロスボウの矢が放たれるが、“月影”の刃でそれを叩き落とし、ジークはトリニティ教の兵士たちに肉薄する。
「まずはひとり」
「神よ──」
クロスボウを握っていた兵士をジークは横一線に斬り倒し、その大剣の物理エネルギーと質量をそのまま生かしてさらにもうひとりを狙う。ふたり目も回避することはできず、そのまま首を跳ね飛ばされ鮮血とともに生首を宙を舞う。
「恐れるな正しき神の信徒たちよ! 悪魔を崇める悪しきものたちを討て!」
「うおおおおっ!」
ジークが景気よく殺したにも関わらずトリニティ教の方は士気が低下していない。狂信者たちだという情報屋の言葉は正しかったようだ。
指揮官と思しき男が叫ぶのに無数の兵士たちが長い槍を構えてジークに突撃する。
「おーっとっと! この広場で槍は不味いぜ!」
「退いていろ。私が片付ける」
開けた場所では単純にリーチが長い槍が剣に勝る。まして物量においても向こうの方が遥かに多ければ達人であろうとどうしようもなくなる。
しかし、ここにはセラフィーネという魔女がいるのだ。
「神々を悪魔と呼ぶことはこの私が許さん」
セラフィーネはトリニティ教の兵士たちの頭上に無数の朽ちた剣を浮かべる。ギロチンの刃のように兵士たちの上に朽ちた剣が鈍く、剣呑に輝く。そして、彼女は手に握った剣を下に向けて振るい、一斉にそれらを落下させた。
「ぎゃあっ────」
「神よっ────」
次々に落下してきた朽ちた剣よって兵士たちは貫かれていき、砦を中心に広がる平原に屍を晒す。夏の間に伸びすぎた下草に彼らの流す血が吸い込まれていく。
「ばっちりだぜ。──さあ、再開と行こうか?」
ジークは狙いをつけていた。さっき指令を出していた指揮官に、だ。
「我々は死を恐れぬ! 続け!」
指揮官は兵士たちを引いて突撃しようとするが、ジークがその出鼻をくじこうとする。彼は指揮官の下に兵士が集まる前に一瞬で彼に肉薄した。
「なっ……!?」
「死を恐れないなら、あんたが真っ先に死んでみせろよ」
ジークはそう言うと指揮官の肩から脇腹までを袈裟懸けに叩き切り、“月影”の刃は指揮官の体を飴細工のように破壊して地面に臓物をぶちまけた。
「神官殿が!」
「なんてことだ!」
兵士たちに明らかに動揺が走っているのをジークは見逃さない。
彼は指揮官の首を引き裂いて握り、動揺する兵士たちに向けて投げつける。
「ほらよ! 次にこうなりたいやつから出てこい! 死を恐れないなら片っ端からぶち殺してやるよ!」
なるほど。ジークの行動は確かに効果的だった。動揺が走った兵士たちは動けず、無防備な状態を晒している。ここで追撃を入れることは可能だろう。
しかし、相手の一部はまともな心理状態になかった。
「神のために!」
「神よ!」
これまで攻城砲を操作していた兵士たちが武器を持たずにジークに向けて突進してくる。気でも狂ったのかとジークはそれを見るが、すぐに彼らが何をしようとしているかを把握した。
「爆薬ぅっ!? お前ら、まさか自爆を──」
数門の攻城砲のために準備されていた黒色火薬を抱えていた兵士たちが、驚くジークに迫って火薬に火打石で点火する。
そこで大爆発が生じた。
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