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風呂と扇動者

……………………


 ──風呂と扇動者



 ジークたちは情報屋からトリニティ教について情報を仕入れたのちに宿に戻り、カギを開けて部屋に入った。


「無駄に騒いだから一張羅が台無しだぜ」


 ジークは刃を握ったときの血が染みた服を見てそうぼやく。


「それぐらい気にするな」


「身ぎれいにしておかないと女の子に嫌われちまうし」


 ジークはそういうと宿の部屋に風呂──というより風呂桶が備わっていることに気づいた。カーテンで仕切られた先に木製の風呂桶がある。


「風呂、か。風呂入ってくるわ」


 ジークはこの街に公衆浴場があるのを確認していた。


 未だに地方によっては風呂に入る習慣や文化がないことがあるが、どうやらこの街は違うらしい。そして、ジークはといえば風呂好きだ。長旅の後の一杯の酒と同様に風呂に入ることも好んでいる。


 というわけで、彼は公衆浴場に行こうと部屋を出ようとした。


「風呂ならそこにあるではないか」


 そんなジークを呼び止めるようにセラフィーネがそういう。


「おいおい。ここにはあんたがいるだろ? そこの風呂はあんたが使えよ」


「別に私はお前の裸を見ても気にしないぞ」


「俺が気にするの!」


 セラフィーネが怪訝そうな顔でそういうのにジークはそう突っ込む。


「私はお前になら裸体を見られても気にはしないがな」


「はいはい。俺はあんたの裸に興味ないからね。それじゃ」


 ジークはそういうとこれ以上面倒なことをセラフィーネが言い出す前に宿を出て、公衆浴場に向かった。


 彼は風呂上りに飲む冷たいワインを楽しみにしながら、るんるんで通りを進む。


 しかし──。


「え? 本日は休み……? マジかー……」


 せっかく向かった公衆浴場は掃除のためにお休みなっていた。


 ジークは一応他の公衆浴場も探したが、どこもお休み。どうやら今日はとことんついていないらしい。彼は落胆に大きく肩を落とす。


「仕方ねぇ。宿に帰ろう……」


 風呂は残念だが次の街に行くまでの我慢だ。今日はお湯で体を拭くぐらいで我慢しよう。ジークはそう思って宿のとぼとぼと戻っていく。


「ただいまぁ……」


 そして、ジークが宿に戻り、部屋の扉を開けると部屋が暖かく湿度があることの気づいた。だが、それが何かに気づくまでには時間がかかった。


「おや? もう戻ってきたのか?」


「うわあっ!」


 部屋にあった大きな風呂桶に湯が満ちており、そこには全裸のセラフィーネが浸かっていた。石鹸のものだろう柑橘系の香りとともに女性特有の甘い香りが部屋の中には漂っている。


 そのことにジークが飛び上がるように驚いた。


「何をそんなに驚いている。女の裸を見たことが初めてというわけではあるまい」


 セラフィーネは不満げにそういう。


 彼女は何も隠すことなく裸体を晒している。その裸体は細く、スレンダーだ。しかし、女性らしい膨らみが全くないわけでもなく、その外見年齢に相応しい膨らみは大きく主張こそしないものの存在する。


 そして、投げ出すように風呂桶の中から出ている細い脚はリラックスした様子で組まれており、爪の整えられた足の指がジークを挑発するようにくいくいと屈伸する。


「い、いきなり連れが全裸だったらそら驚くだろ!」


「私に風呂に入れと言ったのはお前ではないか。それよりお前の方は風呂に入ってきたのか? 随分と早い帰りだったが」


「残念ながらどの浴場もお休みだったよ。ついてない……」


「ふうん」


 ジークがセラフィーネの裸体から視線をそらしていうのに、セラフィーネの方はジークの方を視線で追った。


「なら、一緒に入るか?」


「うえっ!?」


 セラフィーネがさらりというのにジークが変な声で噴き出す。


「か、からかうなよ! それも冗談なんだろ!」


「別に冗談ではないぞ。風呂に入りたかったのだろう? 入ればいいではないか。さっきも言ったが私は気にしないぞ」


「だーかーらー! 俺が気にするのっ!」


 セラフィーネはそう言いながら石鹸を泡立てて体を磨いていく。その体を洗う姿ですら色気があった。染みも皺もなく、張りのある陶磁器のように白い肌は、シンプルにそれだけで美しさを発揮していたのだ。


「あんまり人のことからかうと、いつか本当に押し倒すからな? 覚悟してろよ?」


「ははっ。それは楽しみだな」


「全く」


 ジークは結局セラフィーネが風呂から上がるまで下の食堂で暇を潰した。


「上がったぞ」


 それからセラフィーネが部屋から出てくる。その誇るように背中に流した濡れ羽色の長髪は以前よりより艶やかになっていた。


「オーケー。さて、出発に向けて相談しようぜ」


 ジークはそう言ってセラフィーネにテーブルに着くように促す。


「いよいよ明日には出発だ。準備はできている。道案内は任せていいんだよな?」


「ああ。ルーネンヴァルトには何度も行ったことがある。任せておけ」


「ありがと。食い物準備はできたし、服も準備して、他に必要なものもゲットした。懸念すべきは情報屋が言っていたトリニティ教ってやつだな……」


 旅の準備は滞りなく終わり、あとは街を出るだけ。


 しかし、街の外で噂されているのはトリニティ教というカルトの存在。


「蹴散らせばいいだろう? 別にそれができない弱者というわけではあるまい」


「むやみやたらに喧嘩を売るとあとで後悔するんだぜ? 何せ俺たちは不老不死で、一度背負ったトラブルは関係者がみんな死ぬまでずーっと残るんだ」


「それはどんな人間でも同じだろう。トラブルは死ぬまでずっと、だ」


「そのずっとの期間が俺たちは普通の人間より倍以上長いんだよ」


 セラフィーネの言葉にジークがそう指摘。


「しかし、私としてはトリニティ教とやらは気に入らない相手だ。私は仮にも戦神モルガンに仕える身。神々を否定する不信心者たちは見逃せない。戦う機会があるならば、思い知らせてやりたいところだ」


「神々云々んはどーでもいーよ。どうせ不信心者どもを成敗したからって、英雄神が俺の不老不死を解いてくれるわけじゃないしさ。ただ連中の方は俺たちのことをどうでもいいとは思ってくれなさそうなのが、な」


 話を聞く限り、カルトの連中は交渉が通じる相手には思えなかった。会話でどうこうできる相手ならばジークにもいくつか策があるのだが、それができないとなると出会った場合には殺し合いだ。望むと望むまいと。


「ま、連中に出くわすと決まったわけでもないし、気楽に構えていこうか」


「悠長だな」


「どうせ時間だけはクソみたいにあるんだし、そりゃ悠長にもなりますよ」


 ジークとセラフィーネには時間だけは無限にある。それが彼らの考えにも影響を与えているのは間違いなかった。


「で、街を出て東に向かうんだよな? 街道を進むのか?」


「ああ。ルーネンヴァルトには毎年魔法学園に入学する生徒が大陸各地から訪れる。今もその慣習は途絶えていないだろう。その学生たちが使う宿や道が存在するから、それに沿って移動すれば楽に到着できる」


「それはいいニュースだ。だが、その魔法学園って今もあるのか? 全然聞いたことないんだけど?」


「お前が酒と女にしか関心がなかったせいだろう」


「そうかもなぁ」


 思えばこの500年不老不死をどうにかしようと頑張っては来たものの、ついつい目先の快楽を優先してしまうことが多かった気もするジークであった。


 この無駄に長い人生でもっと真剣に魔法や学問を学んでおけば、役に立ったのかもと思ったりもする。だが、同時にいくら時間があろうとやる気がなければ身につかないよなという思いもあった。


 だが、悔やむこともない。ルーネンヴァルトが空振りならば、また時間は大量に残るのだ。今からでもやり直す時間は普通の人間より何倍も残っている。


「それでは今日は美味いもの食って、英気を養っておこう。次はいつ街に入れるか分からないしさ」


「そうだな。それには同意しよう。昨日の店で食うか?」


「酒も美味かったけど肉も美味かったよな。なら、昨日の店でやるか」


「ああ」


 ジークとセラフィーネは夕食は昨日の店で取ろうと早速出発する。


 街でもうやることはない。そのはずだ。


「──清められるべきときがきたのだ!」


 そこで広場の方からヒステリックに叫ぶ男の声が、ジークたちの耳に聞こえた。


「偽りの悪魔を信じるものたちよ! 悔い改めるのだ! 今こそ正しき唯一の神を信じ、その魂の汚れを払うのである! 悪魔とともに堕落してはならない! その先に待つのは永遠の地獄という破滅だけである!」


 どうやら宗教的な主張をしているようだが……。


「ふん? 坊さんには見えないけど、なんだあれ?」


「さあ? どこの神の信徒だ?」


 ジークたちは足を止めて、叫んでいる男を見る。


 ひげも髪も伸び放題の、薄汚れた格好の男だ。ぼろきれのような衣類を纏って、広場に集まっている不安そうな市民を相手に今も唾を飛ばして叫んでいた。


「悔い改めよ! 偽預言者による偽の千年王国は今こそ終わり、正しき神が降臨されるときが訪れたのだ! 悔い改めぬならば地獄に落ちるのみ! 悪魔とともに永遠に炎に焼かれる地獄を選ぶというのか!?」


 広場はざわざわとざわめいている。その男の言葉にどうにもジークが引っかかるところを感じた。


「あれ、もしかしてトリニティ教とかいうやつじゃないのか……?」


 ジークはそう思いついたことを口にする。


「なるほど。やつのいう悪魔というのは神々のことか。見過ごせんな」


 セラフィーネはそう言うと叫ぶ男の方に向かおうとする。


「よせよ。憲兵に任せれば取り締まってくれるさ」


 そんなセラフィーネの肩を掴み、ジークは首を横に振る。


「いいや。ここは譲れん」


「はああ。じゃあ、殺すなよ。殺したら面倒なことになって、こっちが憲兵のお世話になっちまうからな」


「安心しろ。殉教者にはさせんさ」


 セラフィーネはジークの言葉ににやりと笑うと、叫ぶ男の方に向かった。


「おい、貴様。神々を悪魔だと吹聴しているようだな」


 セラフィーネが男の前に立ち、そう告げる。


「事実だ! 悪魔たちを信じてはならない! 悪魔を信じるものは地獄へと落ちる! 今こそ正しい唯一の神を信じなければならないのだ!」


「ほう。では、正しい神とやらが貴様を守ってくれるか試してみるか?」


 セラフィーネのこの言葉の直後、カラスでありセラフィーネの使い魔であるフギンとムニンが飛んできて広場に降り立つと、フギンはワイバーンのそれになり、ムニンはグリフォンのそれへと一種で変化した。


「魔女か! 貴様、魔女だな! 汚れた魔法に手を出した異端者め! 地獄の炎に焼かれてしまうがいい!」


 男は取り乱した様子でそう叫ぶが、フギンとムニンは彼を広場から追い詰めていく。男は2頭の恐ろしい獣を前にできることもなく、じわじわと広場から後ずさりして最後には背を向けて逃げ去った。


「ふん。正しい神とやらが助けてくれると信じないのか?」


 セラフィーネは逃げ去っていく男に向けてそう嘲るように言い放ち、広場にいた民衆からは拍手が浴びせられた。


「満足したかい?」


「ああ。神々を愚弄されるのには腹が立つ」


 そこにジークがやってきて尋ねるのにセラフィーネは未だ憤りながら頷く。


「あんたは本当に信心深いな。神様があんたに報いてくれることを祈るよ」


「もう十分に神からの恩寵は受けているさ」


 セラフィーネとジークはそう言葉を交わすと、昨日食事した店へと向かった。


 しかし、広場でトリニティ教の扇動者があれだけ派手に説教するぐらいにはトリニティ教はこの街に迫っているということだ。そのことを知ったジークは明日はなるべく早く、街を出ようと思ったのだった。


 いくら時間があろうがトラブルが平気になるわけじゃない。


……………………

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げに煩わしきは泡と湯気と謎の光とトリニティ教。
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