大図書館が開かれる
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──大図書館が開かれる
パトリツィアの死がジークたちに知らされたのは、彼女が拘束されてから数日後のことだった。黒書結社についてほぼ全てのことを話していたパトリツィアであったが、何者かが彼女の死を願ったのだろうとパウロが報告した。
「しかし、あの死にざまは……正直言って異常でした」
パウロが目にしたパトリツィアの死について語る。
彼女は頭、腕、足、胴体がばらばらになり、腸を牢の中にまき散らしていたというのだ。その顔は苦痛に歪み、生きたままばらばらにされたかのような、そんな表情であった。
「なんてこった……。それじゃあ、黒書結社の完全摘発は……」
「それについては問題ありません。すでに同組織を活動不能に陥らせるだけのダメージは与えたと考えていますから」
「おお」
パトリツィアは確かに完全に全てを吐く前に殺されてしまったが、その前にパウロたちは十分な情報を得ていた。少なくとも黒書結社を壊滅させる分には問題のない情報は手に入っていたのだ。
「では、いよいよ大図書館が……」
「そ、そうですね。やっとですね……」
大図書館が開かれるのを待ちわびてたのはジークだけではない。大図書館の館長であったアレクサンドラもまた再開を待ちわびていた。
「ヘカテ様から何か神託は?」
ここでジークは同席している神官に尋ねる。
「今はまだ何もです。ロジー様の回復を待たれているのかもしれません」
「そっか。まあ、それもそうだよな」
ロジーは今も医務室で眠っている。まだ彼女は神を降ろしたことで負った負荷から回復できていない。
幸い、回復はしているらしく、目を覚ますのは近いだろうということだった。
「じゃあ、今はゆっくり待機だな。ロジーが目を覚ますまでできることはない」
パウロにはこれからも黒書結社残党を摘発するなどに仕事があるが、ジークたちにはそういうものはない。大図書館が開くまでやるべきことはないのだ。
「俺はヴェスタークヴェルまで遊びに行こうかな」
「なんだ? 女を買いに行くのか?」
「別にいいだろぉ……。もう悪魔崇拝者もいないんだしさぁ……」
じろりとセラフィーネが睨むのにジークはそう言って返す。
「できればジークさんたちにはルーネンヴァルトにいていただけると助かります。まだ脅威になる黒書結社の残党や魔獣が存在するかもしれませんから」
「はあ。分かったよ、パウロ隊長」
苦笑いを浮かべてパウロがそう求めるのにジークは渋々という具合に頷いた。
「ああ。そういえばひとつ困っていることがあるんだ。聞いてくれ」
ジークはそこで何かを思い出したように話し始める。
「ガルムのことだ。今回はいろいろと協力してくれたし、あいつが望むようにしてやりたいんだけど、やっぱりルーネンヴァルトより大陸で暮らすのが一番なのかな? あいつの群れもあるみたいだし。どう思う?」
ジークが気がかりだったのは、ガルムをどうするかということであった。
ガルムは最初は襲ってきたが、それからはジークを認めたように協力してくれた。パトリツィアを取り逃がさなかったのもガルムのおかげと言っていい。
なのでジークはガルムの望みがあれば、それを叶えてやりたかった。
「ふむ。い、一度どのような狼なのか見せてもらってもいいでしょうか……?」
「ああ。もちろんだ、アレクサンドラ。こっちだぜ」
ジークはそう言ってアレクサンドラをガルムに会わせに中庭に向かう。
中庭ではガルムとその群れが狼がいる。ガルムより小さな狼たちはじゃれ合って遊び、ガルムはどっしりと構えてそれを見守っていた。
「おお。こ、これは珍しい大陸北部に暮らす狼ですね。ここまで大きなものは初めて見ましたが……」
「そうか。ここからは遠いのか?」
「かなり遠いですね……。大きな山岳をふたつも超えた先ですから……」
「ううむ。そうなると生まれ故郷に帰してやるってのは難しそうだな……」
ジークはもっと近場ならば自分が送り届けようと思っていたが、流石に山岳地帯をふたつも超えた北部というのは遠すぎる。
「かといってルーネンヴァルトのいたままじゃあ、餌やらなにやらに不自由するだろうしな。どうしたものかね」
「あ、あとで神官の方にこの神々の神殿で飼育できないか尋ねてみるのはどうでしょう……? この狼も神々のために戦ったならば、それに報いることに反論はでないと思うのですが……」
「そうだな。頼んでみよう」
アレクサンドラの言葉にジークは頷き、あとで神官にガルムたちを神々の神殿で面倒を見てもらえないか頼んでみることにしたのだった。
「しかし……とても賢い狼なんですね……。ジークさんたちを助けたりしてて……」
「ああ。こいつは滅茶苦茶賢いよ。な、ガルム」
ジークはそうガルムに呼びかけると、ガルムはジークの方を向きただ鼻を鳴らした。
* * * *
それからジークたちは再び神殿の礼拝堂に集まる。
パウロは引き続き黒書結社の残党に対処するために去っていたが、セラフィーネたちは残っていた。
「さて、事件も一応終結したことだし、飲みにでも行くか?」
「そうだな。それもいいだろう」
ジークが軽く誘うのにセラフィーネたちが頷く。
「この前行った場所にするか? それとも他がいいか?」
「どこに行っても出るのは魚だぞ」
「けど、この前の店はいろいろと凝ってたじゃん」
ルーネンヴァルトではこれでもかというほど魚が提供される。この海に浮かぶ島で安定して収穫されるのは魚ぐらいなのでしょうがないと言えばしょうがないが。
「わ、私は前のお店がいいなと思うのですが……」
「オレ、その店行ったことないかもしれないのでそっちにしましょう」
アレクサンドラとエマはこの前行った生魚を出す店を選ぶ。
「よーし。じゃあ、決定だ。行くとしようぜ」
ジークがそう言って一同は出発し、神々の神殿の丘から繁華街を目指す。
街の市民にも黒書結社が摘発されて行っているというニュースが入っているのか、いつもより賑やかさが感じられた。それもただ賑やかなだけではなく、憲兵隊員にお酒をサービスすると書かれている店や、勇敢な戦士を讃える歌を歌う吟遊詩人などがいて、この事件を解決した人間への感謝の気持ちも彼らは明らかにしている。
まあ、何よりこれ以上黒書結社によるテロが起きなくなったというのが、市民を安心させているのだろう。彼らは盛大に酒盛りをして、ようやく安全な日々が戻ってきたことを祝っている。
「この店だ。エミールは初めてか?」
「初めてですね。東方風のお店っぽいですけど」
「ああ。面白い酒や料理を出してくれる店だ。入ろうぜ」
ジークはそう言い、エマたちとともに店に入る。
「いらっしゃいませ!」
元気のいい呼び声に迎えられて、ジークたちは店内へ。
「テーブル席、いいかい?」
「はい。こちらへどうぞ!」
それからジークたちは空いているテーブル席に案内された。
「それでは事件の解決を祝って、まずはエールで一杯」
「ですね」
ジークたちはそれぞれエールを注文し、それで乾杯する。
「俺は前と同じで『今日の活魚の盛り合わせ』と芋の蒸留酒だ」
「私は今日は生の魚は食わんぞ。美味くはあったが、いつ当たるか分からん」
「お好きにどうぞ」
ジークたちは刺身を頼み、セラフィーネは煮魚を頼んだ。寒い季節になってくるので温かいものも悪くはない。
「それにしてもいろいろと危ない場面が多かったな……」
「ああ。これまで遭遇した悪魔崇拝者たちの中でも、とても危険な連中だった」
ジークが事件を思い返してそう言い、セラフィーネが白ワインのグラスを手に同意。
「けど、彼らの目的というのは結局は何だったんでしょう? 大図書館を狙っていたことは間違いないみたいですが……」
「何か神々と悪魔がどうのこうので、宇宙がどうのこうのって言ってたっけ」
エマがそう疑問を呈するのにジークはパスカルが言っていたことを思い返す。
「やつらは神々が創造主ではないと主張していた。今の神々以外に偉大なる創造主が存在し、それこそがこの宇宙と神々を作り、信仰に値するのだと主張していたのだ」
セラフィーネがこれまで黒書結社が主張していた内容を整理して伝える。
「ああ。そうそう。そういう主張だったな。実際のところ、それってどうなんだ?」
「確かにその可能性はあるかもしれない」
「あんたにしては珍しいな。神々を否定するような意見を認めるなんて」
「別にこれは神々を否定しない。神々より高位の存在がいたとして、そいつが今を生きる私たちに何かを与えてくれたか? 信仰に応じてくれたか?」
「……まあ、名前すら知らんから信仰のしようもないし……」
「今いる神々は我々に道筋を示し、信仰に応じてくれる。名前も分からず、何をしたいのかも分からない存在より、私は神々の方を崇める。それこそ悪魔崇拝者以外は皆そうするだろう。だから、これは神々を否定することにはならない」
ジークは唸りながら考え、セラフィーネはそう言って肩をすくめた。
「そうでしゅね~! 神々自身も自分たちを創造主であるとは主張していませんから~。でも、仮に宇宙を作った存在がいるなりゃば、それはどういう存在なんでしゅかねぇ~? ちょっとだけ気になりましゅよ~!」
アレクサンドラはすでに酔いが回っており、そんなことを言っている。
酔ってはいるがアレクサンドラの言っていることは正しい。神々は自分たちがこの世界を作り上げたのだとは一度も行っていない。
彼らが明確に信仰され始めた時点ではすでに世界は存在しており、その世界の中で彼らは自らが司る分野を発展させていったのだから。
「世界を作った存在……。もし、それが悪魔崇拝者たちが崇めるような邪悪な存在だったらいやですね……」
「そうだよな。気味が悪くなってくる」
エマは心配するようにそう言い、ジークも芋の蒸留酒をぐいとやってそう応じた。
「もしかすると世界を作った存在なんてのはいにゃいのかもしれにゃいれすよ~。水を火にかければ沸騰すりゅ。そんな単純な神秘性のない現象が、たくさん、たくさーん集まって宇宙はできたのかもしれにゃいでしゅかりゃ~」
アレクサンドラはこれだけ酔っていてもなかなか頭が回るらしく、そんな大胆な仮説を披露していた。
「そうだな。宇宙ができるのに神様云々は関係なかったりしてな」
ジークもそう言いながら酒のグラスをまた空ける。
「いずれ学者が解き明かすだろう。悪魔崇拝者のように攻撃的にではなく、理性的に」
セラフィーネは白ワインのグラスを小さく傾けてそう言うにとどめた。
「そりぇより、もっとお酒飲みゅましょー! お替り!」
「おいおい。また抱えられて帰るつもりか?」
「えへへ~」
アレクサンドラがまた新しく酒を注文するのに一同は呆れて彼女を見たのだった。
そして、案の定、そのあとでアレクサンドラは酔いつぶれ、ジークが背負って神々の神殿まで帰ることに。
その帰り道ではだいぶ気温の下がった夜道に吹く風が、ジークたちの酒で温かくなった体を覚ましていた。
「なあ、エミール。言いたくなかったら言わなくていいんだけど、あれから親父さんとはどうだ?」
「……まだ母の死やこれまでのことで言いたいことはいろいろとあるんですけど、オレも大人にならなくちゃと思って我慢しています。おかげでお互いに歩み寄れている、と思います」
「そっか。いつか完全に仲直りできるといいな」
「ええ。でも、オレの夢は変わっていません。商売人として成功する。ただ、今はあの人を見返すためじゃなくて、認められるためにですね」
「いいじゃん、いいじゃん。夢も持ち続けられて……」
ジークはエマの言葉にうんうんと頷く。
「夢、か……」
そこでセラフィーネが不意にそう呟く。
「どうした?」
「いや。私の夢は何だったんだろうなと思ってな」
「そりゃあ、強敵と戦って勝つことじゃないのか?」
セラフィーネがそう言うのにジークが当たり前じゃないのかという顔をしてそう言った。だが、セラフィーネはゆっくりと首を横に振る。
「それだけではなかった気がする。それだけでは……」
セラフィーネはそう言って夜空を見上げた。
ルーネンヴァルトの夜空には無数の星が輝いている。
「ジーク。お前には夢はあるのか?」
「俺も夢と言われると困るな。もう500年生きてきて、大抵のことはやっちまったし。今さら夢は何かと言われてもな。望みならば、そりゃ不老不死を解くことだけど、これは夢じゃないよな」
セラフィーネの問いにジークは唸る。
「まあ、俺たちは夢を持つには長生きしすぎたのかもな」
「そうかもな」
そう言いながらジークたちは神々の神殿へと戻っていく。
* * * *
それから5日後、ついにロジーが目覚めた。
「おお。もう大丈夫なのか、ロジー?」
神殿の礼拝堂に姿を見せたロジーにジークがそう尋ねる。
ロジーは祭服姿でまた三つ編みを編んでいたが、髪の毛は黒く染まったままだ。僅かに頭頂部だけがプラチナブロンドの色を取り戻しつつある。
「もう大丈夫なのです。ご心配おかけしたのです」
そういってロジーはぺこりと頭を下げる。
「さて、眠っているときにヘカテ様から神託があるとのお告げを受けたのです。あたちが目覚めたら神託を授けられると」
「おお! 待ってたぜ!」
ジークはいよいよ大図書館が開くのだろうと期待してそう声を上げた。
「そろそろです」
ロジーがそういって神々の石像の方を見ると礼拝堂に神々しい光が差し込み、そこから女神ヘカテが姿を見せた。
すぐさまジークたちは膝をついてヘカテへの敬意を示す。
「ご苦労様でした、勇者ジーク、魔女セラフィーネ、そしてその仲間たちよ」
まずはヘカテはそう言ってジークたちの労をねぎらった。
「このルーネンヴァルトから無事に悪魔崇拝者たちが一掃されました。もはや大図書館に対して悪意を持つ人間はいない。そう私は判断しました」
「では、大図書館を開けてくれるんだよな?」
「ええ。その通りです、勇者ジーク。大図書館を開きましょう」
「やったぜ!」
ヘカテの言葉にジークが思わずガッツポーズ。
「それから勇者ジーク、あなたに英雄神アーサーより伝言です」
「は……?」
ここでヘカテから思わぬ言葉が伝えられ、ジークがぽかんとする。
「『邪神フォーラントはよみがえった。再びこれを倒し、英雄神である俺が祝福したことの意味を示せ』だそうです」
「あの野郎……」
ジークは身勝手極まるアーサーの言葉に額に青筋を浮かべた;。
「どうするかはあなたの自由です。私は約束通り、大図書館の知識をあなたに与えましょう。そこで不老不死を解く術が見つかれば、それを試しても私は文句を言いません」
「ええ。ありがとうございます、ヘカテ様」
「それでは、またいつか会いましょう」
そう伝えるとヘカテは消えた。
「さて、というわけで、諸君」
ジークが立ちあがってセラフィーネたちを見渡す。
「大図書館へレッツゴー!」
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