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聞こえるカルトの噂

……………………


 ──聞こえるカルトの噂



 食堂で聞こえてきた噂話。


「連中の使徒が出張ってきているって話だぜ。ただの傭兵には止められないだろう」


「ああ。使徒となるとやばいな。俺は連中の使徒のひとりが、街ひとつ滅ぼしたって話を聞いたことがある。この街も危ないかもしれない……」


「クソみたいなカルトめ……」


 男たちはそこまで話して沈黙してしまった。


「トリニティ、ねぇ」


 聞いたことがなかったが、街を襲うという単語から山賊の類だろうかとジークは推測する。しかし、使徒という宗教的なワードとカルトという言葉がそれを否定していた。


「街を出る前に調べた方がよさそうだ」


「何をだ?」


「この辺りに傭兵を動員しなければならないような連中が出たってさ」


「ふうむ。なら、我々も傭兵として参加するか?」


「勘弁してくれ。金が尽きたら考えるが、今はルーネンヴァルトを目指したい」


 にやりと不敵に笑って提案するセラフィーネにジークは首を横に振る。


「ふん。退屈だな」


 セラフィーネは暴れる機会が得られずに落胆した様子だ。


「だが、俺たちが巻き込まれないとは限らん。用心はしておこうぜ」


 ジークは好き好んでトラブルに首を突っ込むつもりはなかったが、向こうから手を出してくるならば応じなければならないと思っていた。


 それからジークたちは昼食を済ませると、宿に戻って明日の出立に備えて荷物を整理する。ジークは崩れないようにカバンに荷物を収め、セラフィーネも着替えなどを購入したカバンに詰め込んだ。


「さて、ちょっとばかり情報収集に行きますかね」


「どこにだ?」


「こういうときは酒場を当たるのさ。その手の仕事をしている連中なら、日の上っている間は仕事がないから昼からも酒場にいるしな」


「ほう。なら、私も同行する」


「いいけど。何が起きても暴れるなよ?」


「心得ている」


 ジークは念のためにセラフィーネに忠告すると、宿を出て昨日とは違う酒場を目指す。彼が目指したのはどちらかといえば治安が悪いエリアにある酒場だ。


「ふん? こんな場所で情報を?」


「そう。情報屋ってのは半分犯罪者みたいなことしているからな。憲兵が見回るような場所は避けるんだよ」


「詳しいんだな」


「まーな。快適に生きるためのコツだよ」


「その割にはルーネンヴァルトすら知らなかったようだが」


「うるせー。そういうのはジャンル違いだったの!」


 セラフィーネがからかうのにジークは不満げにふんと鼻を鳴らす。


「さて、この辺りでいいかね」


 ジークは寂れて見える酒場の扉をくぐって中に入った。


「……らっしゃい」


 昨日の酒場と違って元気のいい出迎えはなく、中年の店員が言葉数少なく迎えるのみ。客も一瞬ジークたちをじろりと見るも、すぐに黙って酒を飲んでいるものばかりだ。


「一番酒精の高い酒をくれ」


 カウンター席に座ったジークはそう注文。


「……あいよ」


 何の酒かも分からない酒を店員は木製のマグに注いで出した。


 ジークはまずは一杯というようにその酒を一気に飲み下す。


「なあ、この辺で情報屋を探しているんだが、心当たりはないかい?」


 次にジークは結構な金をカウンターの上に乗せてそう尋ねた。


「……こっちから見て右隅のテーブルに座っている男がそうだ」


「ありがとな」


 店員はジークの出した金を受け取ると、そういって右隅の客に視線を向ける。ジークは礼を言うとその店員が示したテーブルに向かう。


「よう。あんた、情報屋なんだろ?」


 ジークがそう呼びかけた男は無精ひげを生やし、こけた頬をした小柄な男だった。アルコールの臭いがきつい安酒をさっきからちびちびと啜っている。


「だったら、どうしたってんだ?」


 その男はジークの呼びかけにじろりと睨むように彼を見た。


「情報を買いたい。俺たちは旅人でね。この辺りのことに不慣れなんだ」


「はん。俺に観光名所でも教えてほしいのか?」


「まさか。俺が聞きたいのはこの辺りにいる厄介な連中のことだよ。特に街を出たときに襲ってくるような連中。山賊、傭兵崩れ、その他。いるんだろ、この辺にもさ」


 ジークはそう言って硬貨をテーブルに積み上げていく。


「……なるほど。そういう情報をお求めかい。それなら情報がある」


 そういうと情報屋がジークに積み上げた硬貨を寄越せというように人差し指をくいくいと自分の方に揺らす。それを受けてジークは硬貨を情報屋に向けて差し出した。


「最近、この辺りで暴れているやばい連中はトリニティって連中だ。トリニティ教っていうカルトだよ。北の方で反乱を起こしたと思ったら、瞬く間に勢力圏を広げた。今やこの地方にも手が及びつつある」


「そいつはどの神様を崇めているんだ?」


「それがな。名前を言ってはならない唯一神だとさ」


「……はあ? 唯一神……って何だ?」


 ジークはまず唯一神という言葉の意味が分からなかった。


 この世界では神は神々という複数の存在である。それぞれに司るものがあり、信じるものたちがおり、人が思い描いた幻想ではなく、それらの神々が世界に秩序と──ときおり混乱をもたらしている。それがこの世界の常識だ。


 それゆえに唯一神という概念は意味不明であった。


「本当の神様はひとりだけで、他は悪魔だって連中は主張している。だから、北部で連中が蜂起したときも北にあった神々の寺院などは焼き払われちまっていた。神々を恐れないとんでもねえ連中だよ」


「マジかよ。やべえな。いろいろと……」


 この世界の神は実際に天罰を下してくる存在だ。上位者として人間などは簡単にどうこうすることができる……はずだ。少なくともジークもセラフィーネも不老不死の肉体に変えられてしまっている。


 そんな恐ろしい神々を相手にしてそれを恐れないというのは狂人の類だろう。


「規模はデカいのか?」


 そこでそう尋ねるのはジークではなくセラフィーネだ。


「デカい。間違いなくな。北部一帯を制圧したんだ。ちゃちなカルトじゃない。しかし、連中がやばいのはその規模よりも信者の力だろうな」


「ほう?」


「連中の信者の中には使徒と呼ばれる幹部級の連中がいる。こいつらがまさに化け物だ。単騎で軍隊を相手にして勝利したって話を聞くぐらいにはな」


 ジークはそれを聞いて使徒がどうのこうのと食堂で男たちが話していたのを思い出した。どうやらあの噂話はその化け物が近くにいるということを噂していたものらしい。


「そうじゃない信者どもも死を恐れない狂信者たちだ。神を信じて死ねば楽園にいけるって与太話を真剣に信じてやがる。だから、自殺みたいな捨て身の攻撃にも喜んで参加するって話さ」


 そう語り、情報屋が安酒をぐいと飲みほした。


「関わり合いにならずに済むならばそれにこしたことはない相手だ。だが、連中は今も北からあちこちの国と喧嘩しながら勢力を拡大しようとしているし、自分たちの信じる『本当に神様』ってやつ以外の信じている連中を憎んでいる」


「つまり神々を信じている俺たちは全員が敵か?」


「連中の主張を認めるならば、そうなるな」


「うへえ」


 ジークはとても面倒な存在がこの街の近くにいるという事実にうんざりとした。


 神々を敵だとする連中ならば、神々の気まぐれと恩寵で不老不死になったジークとセラフィーネも敵だろう。出会えば問答無用で戦うより他なくなる可能性が高い。


「まあ、そういう連中がいるって分かっただけで収穫だった。ありがとな」


「街を出るならば急ぐことだ。ありえないとは思うが、包囲されてからじゃ遅いぜ」


「ああ」


 ジークは最後に銀貨を男に放り投げてセラフィーネと席を立った。


「世の中、信じられないほど面倒な連中がいるもんなんだな……」


 ジークはそう呟きながら薄汚れた通りを歩いていく。


「神々に、戦神モルガンに仕える身としては見過ごせんな。お前もそうだろう?」


「ええー? 俺は別に神に仕えているわけじゃねーし。むしろ、英雄神アーサーのせいで俺はえらい迷惑しているぐらいだぞ」


 トリニティ教って連中が英雄神にお灸をすえてくれるなら歓迎するとジーク。


「信じられん背信者だな。お前も邪神と戦ったときは神々の加護を得ていたのだろう? それで偉業を成し遂げたというのに……」


「その結果がこれだぜ? 死ねなくて500年も困ってる。勘弁してくれって話だ」


 セラフィーネがジト目でジークを見るのに彼は肩をすくめていた。


「こうして私に出会えたのにか?」


 そこで不意にセラフィーネがそう尋ねる。からかっている表情ではない。どこか寂しそうにも見える表情だった。


「そりゃあ、知り合いがひとり増えたのは嬉しいがね。それだけじゃ割に合わんよ」


 頭の後ろで手を組んだジークは通りに転がっていた石をちょいと蹴り飛ばしてそういう。石はころころと転がり、運河にぼとりと落ちた。


「500年だぞ。5年でも50年でもない。この人生は俺には長すぎた」


 忌々しげに、そして諦観気味に、ジークはそうぼやく。


「そうか。私はお前より200年ほど長く生きているが、まだまだ生きていたいがな」


「そいつは元気いっぱいなことで。そういう精神でいるのにコツでもあるの?」


「楽しみを見つけることだ。女を買う以外の有意義なものを、な」


「へんっ! 女の子と遊ぶのだってそれなり有意義さ」


 この度は明確にセラフィーネがからかいジークはまた石を蹴る。


 その石がころころと小さく転がると不意に止まった。


「おう、兄ちゃん。可愛い子連れてるじゃねーか」


 石が止まった先では大柄で、いかにも粗暴そうな男たちが6名。ジークたちの進路を邪魔するように立ちふさがっていた。


「はあ。いくら払えばそこ退いてくれるの?」


「女を寄越しな。そうすれば退いてやるぜ」


「本気で言ってんのか? マジで俺の連れと遊びたいの?」


「ああ。そうだぜ?」


 男たちにそう言われてジークは恐る恐るセラフィーネの方に視線を向ける。


「だってさ? どうするよ?」


「遊びたいというのならば、遊んでやろう。私のやり方でな」


 ジークの問いにセラフィーネはフードを払い、爬虫類の瞳で男たちを見た。


「……それ、魔法か?」


「はん。はったりだ。どうでもいい。その可愛いお尻を見てむらむらしちまったんだ。一発やらせてもらうぞ」


 男のひとりがセラフィーネの瞳に警戒するが、他は下品な笑みを浮かべてセラフィーネの方に歩み寄り始めた。


 こうなってしまうとジークにも手が負えない。


「魔女。遊んでいもいいけど絶対に殺すなよ。俺は憲兵のお世話にはなりたくないんだ。それに暴れないって約束したよな?」


「殺さずとも痛めつける方法はいくらでもあるから安心しろ」


 ジークが念を押すのにセラフィーネはサディスティックな笑み。


「あーあ。ご愁傷様……」


 ジークに言えるのはそれだけだった。


「じゃあ、俺たちと一緒に来な、お嬢ちゃん」


 セラフィーネの倍はありそうな大柄な男が彼女に向けて手を伸ばす。


「なに、ここで遊んでやる」


 セラフィーネはその手を逆に握ると一瞬で捻り上げて引っ張り、それでよろめいた男の頭を掴み、そのままガンと地面に男を叩きつけた。男は一瞬でノックアウトされ、セラフィーネは買ったばかりのブーツで男の頭を踏みにじる。


「次は誰だ?」


 セラフィーネが楽しげに男たちにそう問いかける。


「てめえっ!」


「優しくしてやろうと思ったのによ! 覚悟しろ! 廃人になるまでボコってやる!」


 男たちの目が憤怒に燃え、一斉にセラフィーネに襲い掛かる。


「我が剣よ」


 セラフィーネはそれに対して朽ちた剣を召喚し、その刃が男たちに向け放たれる。


「な、なあっ!?」


 朽ちた剣はうろたえるとひとりの男の耳をそぎ落とし、ひとりの男の頬を裂き、ひとりの男の腕を貫き、ひとりの男の右足を貫き、ひとりの男の左足を貫いた。


「ぎゃああああっ!」


 男たちは血を流して悲鳴を上げ、思わず座り込み、へたり込んだ。


「ふん。その程度で悲鳴を上げるとは! 赤子のようだな」


 セラフィーネは不満げにそう言い、へたり込んだ男の股間を踏みにじる。彼女がぐいと力を込めれて男の股間に激痛が走る。


「ひいいっ! た、助けてくれ!」


「二度と悪さをしないように去勢しておくべきかもな」


「そ、そんな!」


 そのときセラフィーネの背後で最初に地面に倒された男がよろめきながら立ち上がろうしていた。その手にはナイフが握られており、セラフィーネを振り返ると殺意のこもった視線を向ける。


「死に腐れぇ!」


 そして大男がナイフで突撃するのにセラフィーネは背を向けたまま朽ちた剣を声の方に向けて放った。刃は的確に大男の心臓を狙っている。


 しかし、男のナイフがセラフィーネに到達することも、彼女の放った刃が男に達することもなかった。というのも──。


「殺さないって約束したろ?」


 男のナイフを掴み、セラフィーネの朽ちた剣を掴み、ジークがそういう。刃を握る手からは血が流れているが、彼がそれを気にする様子はない。


「ならば、私が殺さないようにその男を守ってやるか? それならば楽しめそうだ」


「やだ。なんだってこんなむさくるしい男を守らにゃならんのだ」


 ジークはそう言うと大男から刃を奪い取り、そしてその腕を掴むと運河に放り投げた。大男は盛大に水柱を上げて運河に落ち、ばしゃばしゃと暴れ始める。


「ほらほら! 殺されたくないなら頑張って逃げろ!」


「は、はひっ!」


 男たちはそれから逃げ散っていった。


「ふふ。やはりお前は面白い」


 セラフィーネは再びフードをかぶってジークにそう言う。


「お前は私に会えたことに価値を感じていないかもしれないが、私の方はお前に出会えて本当によかったと思っているぞ」


「……そうかい」


 セラフィーネの率直な好意にジークは少し頬を赤らめてそっぽを向いたのだった。


……………………

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