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そして最後のひとり

……………………


 ──そして最後のひとり



 女神ヘカテを宿したロジー、そして悪魔を宿したパスカル。


「押し通らせてもらおう!」


 ロジーに向けてパスカルは2本の漆黒の刃を放ち、彼女を斬り刻もうとする。


 しかし、その攻撃はロジーには達さなかった。


「無駄なのです」


 パスカルの2本の剣を防いだのは、ロジーが生み出した2本の白銀に輝く剣。その刃がパスカルの刃を受け止め弾き、そしてパスカルに迫った。


「おのれ……!」


 パスカルは白銀の剣を悪魔が使ったのと同様の結界で阻み、すぐさま2本の剣を自分の下に呼び戻し、防御の姿勢を作る。


 ロジーも2本の白銀の剣を自分の下に呼び戻し、パスカルの攻撃に備えた。


 パスカルは考える。


 自分は悪魔を吸収しているが、相手は神を宿している。単純な魔力量ならば間違いなく相手の方が上だ。


 なので、長期戦になれば先にパスカルが倒れることになる。そのような事態に陥らないようにするには、一瞬の狙いを突いた短期決戦に望むしかない。全体的な魔力量は相手の方が上だろうが、瞬間火力は自分の方が上のはず。彼はそう考えていたが、ロジーの様子を見てその考えを否定することになった。


 否。相手が持久戦で優位ならば今なぜ相手は防御の姿勢を取ったまま動かない?


「ふふふはははっ!」


 そうか。相手にはジークとセラフィーネの復活を待たなければならない理由がある。そのための時間稼ぎをしているだけだ。そうでなければ相手の方から攻め続けて、自分の消耗を狙ったはず。


 ならば、ここは自分から攻め続けて相手に先に音を上げさせるだけ!


「行くぞ!」


 パスカルは2本の漆黒の刃を差し向けて、ロジーを狙う。


 そして繰り出される斬撃、斬撃、斬撃、斬撃。


 ロジーはそれを涼しい表情をで受け止め続けているが、内心では焦っているはずだとパスカルは睨んでいた。魔力切れか、あるいはロジーの身体がヘカテを宿すことへの負荷に耐えられなくなるか。そのいずれかがやってくるだろうと彼は見ていた。


「どこまで余裕でいられるかな、ヘカテの眷属よ」


 パスカルはロジーに向けてそう言い放ち、攻撃を続ける。


 ロジーもパスカルも互いに魔力は急速に減少しつつある。悪魔と神の魔力であっても、無限ではない。ましてそれが人の器に収まるほどになっているならば、必ず底を尽きるだろう。


 問題はどちらが先に魔力切れに陥るかだ。


 パスカルはロジーが先だと睨み、猛攻撃を仕掛けている。彼は中期決戦を目指していた。ジークとセラフィーネが蘇らないほど短く、短期決戦というには粘り強く攻撃を続けることによる決着だ。


 2本の剣が振り下ろされ、横なぎに振るわれ、常にロジーを攻撃し続けた。ロジーは全く表情を崩すことなく、神秘的な空色の瞳を輝かせてそれら全てを迎撃し続ける。


「くっ……! このままでは、不味いな……!」


 パスカルに僅かだが焦りが生じた。本当にロジーは先に魔力切れになるのだろうかという疑問だ生じたのだ。


 ロジーは今も防戦一方だが、耐え続けている。もし、彼女の方が魔力に余裕があるならばもっと攻撃に出てこの戦いの主導権を握るはずだった。戦いの主導権は攻撃によって得られるからだ。


 だが、そのような様子はない。ロジーはただ耐えている。


 それでもパスカルはロジーの余裕の態度に疑念を抱き始めていた。本当に自分はこのまま魔力を吐き出し続けていいものか、と。


 ここはもっと慎重になるべきか? いや、慎重になりすぎて長期戦になればいずれジークとセラフィーネが復活する。長期戦は自分にとって不利だ。なんとてもふたりの復活前にはロジーを殺し必要がある。


 パスカルは自分にそう言い聞かせ、攻撃を継続した。


 しかし、ただ芸もない攻撃を続けるのは避けるべきかもしれない。ここは搦め手を使おうと彼は考えて指を鳴らす。


 金属音が激しく響く中、ゾンビたちがさらにロジーの下に押し寄せ、彼女の周りにいる憲兵や神官が防戦を強いられる。


 このまま剣とゾンビのふたつの手段で攻撃を続ければ、ロジーはいずれ倒れる。そうパスカルは睨んだのだが──。


「無駄なのです」


 ロジーが両手を広げると、白い閃光が周囲を駆け抜けた。


 その閃光に触れたゾンビたちは力を失って倒れていく。悪魔による魂の支配から解放されたのだ。ヘカテの力によって。


「たかが悪魔ごときが神々に勝利しようなどおごがましい。身の程をわきまえると言いのです」


「ほざくがいい。神々と悪魔は主従関係でも上下関係でもない。悪魔は神々の対等な敵対者であり、唯一、神々を打倒しえるものだ……!」


 ロジーに宿ったヘカテが言い、パスカルがそう言い返す。


「そう! 悪魔を生み出したのは神々ではない! 神々は創造主ではないのだ! 私はそのことを知っている!」


 パスカルは叫び、攻撃をさらに激しくする。


 斬撃に次ぐ斬撃。どこまでも激しい攻撃がロジーに向けて叩き込まれ、ロジーはそれを防ぎ続けたが、その防御の行動が徐々に遅くなっていた。ロジーは明らかに体力を消耗しているように見えていた。


「ふひっはははは! どうした、ヘカテよ! 息が上がっているようだぞ!」


 激しい攻撃を叩き込みながら、パスカルはヘカテとロジーを嘲るように笑う。


「そうですね。そろそろ時間です。ここまで持てば十分でしょう」


 ロジーの声でロジーではない存在がそう言ったとき、ロジーの身体が糸が切れた操り人形のようにして崩れ落ちた。


 だが、その表情に全く焦りの色はない。むしろ彼女は笑っている。


「なっ! まさか、もうだと言うのか!?」


 パスカルが慌てて周囲を見渡するのに背後から青白い刃が彼に迫ってきた。パスカルは瞬時にその方向に向けて障壁を展開する。


 結界は青白い刃を弾いたが、パスカルは別の方向から別の刃が迫っていることに気づいていなかった。もう一歩の刃はパスカルの左腕を切断し、彼の腕の断面から血液が噴き出すようにして流れる。


「よく頑張ったな、ロジー。あとは俺たちに任せておけ」


「ああ。あとは私とジークで片付ける」


 そう、ジークとセラフィーネが復活したのだ。


「覚悟してもらうぞ、パスカル。好き勝手できたのはこれまでだ」


「ふん。復活の早さは予想外だったが、今やヘカテの眷属は倒れた。そして、お前たちは一度私を前に敗れたではないか。次は勝てるとでも?」


 パスカルは切断された左腕を回復魔法で回復させながらそういう。


「勝ってみせよう」


 セラフィーネはそう言って朽ちた剣を構える。


「そうだぜ。次は俺たちが勝つ!」


 ジークも“月影”の刃をパスカルに向けた。


「では、その楽観的すぎる考えを打ち砕いてくれよう」


 パスカルも2本の漆黒の刃をジークたちに向けてそう宣言。


 しかし、彼は焦っていた。ジークとセラフィーネが復活する前にロジーを倒して大図書館に侵入するはずが、完全に狂ったのだ。彼はロジーとの戦いの損耗から完全には回復できていない。


 この状況でジークとセラフィーネに持久戦に持ち込まれると待っているのは敗北だ。


 ならば、目指すのは徹底的に魔力のリソース管理を行って行う短期決戦のみ。


 パスカルはそう決意して、ジークとセラフィーネに攻撃の手を差し向けた。二振りの漆黒の刃は交差しながらジークたちに迫る。


「はははっ! そう何度も同じ手は喰らわないぜ!」


 ジークは2本の刃を召喚させた7本の“月影”の刃で迎え撃つ。彼は一度は突然現れたパスカルの2本目の刃に不意を打たれたが、もう二度と不意を打たれるつもりはない。


「セラフィーネ! 俺が引き付けている間にあいつをぶちのめせ!」


「任された!」


 ジークはパスカルからの攻撃を引き付け続け、その間にセラフィーネが攻撃に出る。パスカルに向けて無数の朽ちた剣を放ち、パスカルはそれを障壁で弾くが彼の魔力の限界がより早まっていく。


「クソ、しつこい……! 何故私が知識を得ようとするのをそこまで妨害するのだ!」


「お前が殺した人間にそう尋ねてみろ!」


 短期決戦を目指しているパスカルを妨害するように、ジークは粘り強く抵抗し、セラフィーネも激しい攻撃を浴びせかけている。そのせいでパスカルは魔力を急速に消耗していっていった。


 パスカルは大勢を殺している。憲兵も一般市民も。パスカルがこれまで彼の言う真実を求めるためにいくら殺したのか分からない。


 それを考えれば彼の求める真実などクソッタレである。


「いいぞ。確実に追い込んでいる。もう少しだ!」


「オーケー! 踏ん張れ!」


 セラフィーネは手ごたえを感じており、ジークも敵の攻撃が緩み始めたのを感じていた。もう少しで彼らはパスカルに勝利できる。


「おらおらおら! 攻撃が鈍ってきたぞ!」


「おのれ……おのれぇ……! どうして誰も彼もが私の邪魔をする! 私から真実を遠ざけようとする! 私はただ知りたいだけなのだ! 事実を! 世界の本当にあり方を知りたいのだ!」


「うるせえ! その答えは地獄で悪魔に聞け!」


 ジークは反転して攻撃に出て、セラフィーネとともに攻撃する。セラフィーネは朽ちた剣でジークは“月影”の刃で、それぞれ一気にパスカルに襲い掛かった。


「やめ──」


 ジークとセラフィーネの刃はパスカルに達し、その体を引き裂いた。×印状に斬られたパスカルは苦悶の表情浮かべ倒れ込む。


「ああ。なぜ、事実は……そこなのに……!」


 パスカルは血の海に沈み、呻きながら起き上がろうとする。


 もう彼には回復魔法で自分を再生される魔力すらもはや残っていない。完全に魔力切れになっている。


 そして、彼にはただ死ぬという選択肢すらなかった。


 不意に倒れ込んでいるパスカルの下に黒い五芒星が浮かび上がると、そこから現れた無数の手がパスカルを掴み引きずり込んでいく。そう、地獄に。


 悪魔と契約したものの多くは地獄に引きずり込まれる。ほとんどの場合、そういうように契約がなされているからだ。


 それに悪魔と契約し、神々と対立したものたちを冥界神ゲヘナは受け入れない。


「私に……できるのは……このままでだったか……っ! 真実は……手に……!」


 後悔の言葉を吐くパスカル。だが、そこに命惜しさはなかった。彼が悔いているのは真実を自分が知りえないということだった。この世界の真実を知れなかったことを、彼は悔やみながら地獄に引きずり込まれていった。


「……やったか……!」


 ジークたちはザクロと硫黄の臭いを残して消え去ったパスカルを見てそういう。


「ああ。やったな。これで終わりだ」


 セラフィーネもそう言って頷く。


「あとは……そうだ! ロジー!」


 ロジーが倒れているのを見たジークは彼女の下に駆け寄る。


 ロジーは荒い息をして倒れており、すでに神官たちが手当てに集まっている場所にジークは駆け寄った。


「ロジーの容態は?」


「流石にヘカテ様を身体に宿したのは負担だったようです。魔力も相当消費しており、回復させる必要があります」


「とりあえず神々の神殿に運ぼう」


 ジークたちはロジーを抱えて馬車に乗せ、それから神々の神殿に運んでいく。


「勇者、ジーク……」


「おう。ここにいるぞ、ロジー」


 その馬車の中でロジーが苦しげに呻きながらもようやく目を開けるのに、ジークがそう優しく呼びかける。


「大図書館は……」


「守り抜けた。大丈夫だ。安心しろ」


「いいえ……。油断をしては……。まだ悪魔崇拝者たちは……存在する……」


 ロジーはそう言ってまた意識を失った。


「まだ悪魔崇拝者が存在する……? ああ、そうか!」


 ジークがそう思いついたのに馬車が急停止して、ジークたちが馬車の中で揺さぶられる。何事かとジークが馬車を飛び降りると──。


「ガルム! お前はどうして……!?」


 そこにはあの白い毛並みの巨狼であるガルムがいた。



 * * * *



 醜悪卿ベレトことパトリツィアは地下にいた。


 複雑に絡まるルーネンヴァルトの地下構造物。その一部を彼女は把握していた。


 魔法学園から死亡したこととして横流しされたスライムを飼育していたときに知ったもので、彼女はこの地下構造物を自在に行き来することでルーネンヴァルトでの秘密裏な活動を可能にしていた。


「……隷属卿バエルも死んでしましたねぇ……」


 パトリツィアはそう残念そうにつぶやきながら地下を移動していた。


 すでに地上で起こした黒書結社の構成員による暴動は憲兵隊によって鎮圧されつつあり、それを陽動に大図書館に仕掛けたバエルことパスカルの死亡も彼女は魔獣の目によって確認していた。


「申し訳ないですが、あたしはそこまで大図書館に興味はないのですよぉ。もはやそこまでして手に入れても状況は何も変わらない。あたしが興味があったのは、バエルが語っていた外宇宙にあるという奇妙な存在だけぇ」


 パトリツィアが向かっているのは大図書館の方向ではない。彼女が向かっているのは海のある方向──つまりはルーネンヴァルトの外だ。


「その醜いそれをペットにするのが望みだったのですが、どうやらそれは叶いそうにないですよぉ。黒書結社はもはやお終い。あたしもルーネンヴァルトの外に逃げて、また新しい街でやり直しましょう」


 パトリツィアはそう言い、海に向かって進んでいく。この地下から続く隠された入り江には小さな港がある。そこでパトリツィアはクラーケンを飼育しており、そこが魔物の飼育場所であった。


 同時にそこにはパトリツィアがルーネンヴァルトから脱出するための、ボートが用意されている。彼女はそのボートでルーネンヴァルトの外に逃げ、そしてルーネンヴァルト以外の街でやり直すつもりであった。


 彼女の魔獣のコレクションはすでに憲兵隊に押収されているか、殺されている。


「最後の()()()()の準備もできていますからねぇ。楽しんでいってくださいよぉ」


 パトリツィアはそういってにやりと笑い、それから入り江にあるボートに向かう。


 そのときである。


「おっと? どこに行こうというんだい?」


 しかし、ボートのそばに何かがいた。


「……勇者ジークぅ!? ど、どうしてここが……!」


 そう、いたのはジーク、そしてセラフィーネ。それから──。


「こいつに聞いたのさ。あんたがここにいるってな」


 ガルムだ。白毛の巨狼がジークのそばで唸り声をあげていた。


「……まさかその子が生きていたとは驚きですよぅ。ですが、まさか勇者ジークをここに案内するとは思いませんでしたぁ……」


 パトリツィアは苦々しい表情でジークとガルムたちを見る。流石の彼女もここを突破できるような魔獣は準備していないとそう思われた。


「ですが、まだまだあたしは諦める気はないのですよぉ……! あたしは他の3人と違って生き汚いのですからねぇ……!」


 パトリツィアはそう言い、胸元からホイッスルようなものを取り出した。


 そして、それが吹き鳴らされたとき──海が揺れた。


……………………

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