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悪魔憑き/神懸かり

……………………


 ──悪魔憑き/神懸かり



 高位悪魔を召喚したパスカルと対峙するジークたち。


「恐らく召喚者を倒しても、悪魔は消えないだろう。あれは完全にこの地上に出現しちまっている。俺と仲間が500年前に遭遇したのと同じ状態だ」


 ジークは冷静にパスカルと彼が召喚した悪魔の状況を分析する。


 悪魔は完全にその姿を地上に現わしていた。ザクロが腐ったような甘い臭いと硫黄の臭いが混じって漂い、さらに悪魔が立つ地面は草木が枯れ果てている。それは悪魔が地獄から完全に出現していることを意味していた。


「では、悪魔を直接叩きのめすしかないということだな」


「まさにだ。悪魔をぶちのめすしかない」


 ジークたちは悪魔との距離を測りながら、悪魔を直接攻撃する機会を窺う。


「まずはあの障壁と瘴気を取り払わなければならん。それはただの剣やマスケット程度の物理攻撃じゃ難しい。大規模な火砲による攻撃か、あるいは魔法による攻撃が必要だ。一気に取り払わなければ、悪魔がすぐに再生させちまう」


 それからジークは大まかな方針を告げた。


「私とロジーでそれは引き受けよう。ロジー、やるぞ!」


「分かったのです!」


 ここでセラフィーネとロジーがまずは悪魔が展開しいている障壁と瘴気を引きはがすために攻撃に出る。


「剣よ!」


「光よ!」


 セラフィーネは無数の朽ちた剣を極限まで加速させた運動エネルギー攻撃を、ロジーは強力な魔力によって形成されたレーザー状の攻撃をそれぞれ放つ。


 それぞれの攻撃が悪魔を守っている障壁と瘴気に叩き込まれ、がりがりとそれを削っていく。障壁は破壊されていき、瘴気は削り取られていく。攻撃は成功しているかのように思われたかのように見えた。


 しかし、悪魔の方は自分を守るそれが破壊されているのに何もしないというほどのんきでもなかった。


 悪魔はパスカルの前に出ると、瘴気を凝集させて巨大な剣を形成した。漆黒の剣が悪魔の手に握られ、悪魔はそれを構える。


「ほう。悪魔も剣で戦うのか!」


「ああ。だが、連中のそれは人間とはレベルが違う。俺が抑えているから、その間にお前とロジーは引き続きやつの障壁を削れ!」


「全く、面白そうなところを持っていくな」


 そう指示してジークは前に出てきた悪魔と白兵戦を開始。


 悪魔は形成した剣を振り下ろし、ジークはそれを受け止める。肩の筋肉、腕の骨、全てが軋みを上げてへし折れそうになるような一撃をジークは辛うじて受け止めると、剣を弾いて身を守る。


「クソ。反撃が叩き込めないのがつらい……!」


 悪魔の方は自分の身を守る障壁と瘴気があり、ジークからの攻撃は一切受け付けない。いつもならばカウンターを打ち込むタイミングでも、ジークはそれを発することはできなかった。


 ジークにできるのは攻撃に応じて防御することだけ。


「くそうぉ……!」


 悪魔のその巨体から繰り出される重々しい斬撃をジークは受け止め、受け止め、受け止める。筋肉がきしみ、骨がきしみ、神経がきしんでも、それでもジークは攻撃を受け止め続ける。


 そうしなければセラフィーネとロジーが悪魔の防御を崩す時間を稼げない。


「この野郎……!」


 ジークが耐え続ける後方では、セラフィーネとロジーが必死に魔法攻撃を放っていた。セラフィーネの朽ちた剣による運動エネルギー攻撃とロジーのレーザー状の攻撃はかなり有効に悪魔の障壁を削っていたが……。


「クソ。削り切れん……!」


 セラフィーネがそうこぼす。


 彼女たちの攻撃は一定レベルまで悪魔の障壁などを削ったが、それ以上完全に削り切ることを悪魔は阻止している。


 勇者であるジークを攻撃しながら、魔女であるセラフィーネと神々の眷属たるロジーの攻撃を退けているのは流石は高位悪魔と呼ぶべきだろうか。


「魔女セラフィーネ! 攻撃を止めずに! 今は確実にダメージを蓄積させ続けることが重要なのです!」


「分かっている! この程度、怯みはせぬ!」


 ロジーが叫び、セラフィーネは奮起して攻撃を続けた。


 ふたりの攻撃はやはり悪魔の最後の障壁を削り切れない。それはまるで頑丈な城壁のように悪魔を守り続け、悪魔からは一方的な攻撃を繰り出せる環境を作り出していた。


「踏ん張れ! まだまだ負けじゃない!」


 ジークも檄を飛ばし、悪魔の斬撃を受け止め続ける。悪魔はネズミで遊ぶ猫のようにジークを痛めつけることを楽しんでいるように見えた。


「もう少し、もう少しなんだ……!」


 ジークにも分かるぐらい、すでに悪魔の障壁は薄くなっている。もう少しでその障壁を突破して、ジークが斬撃を叩き込むことはできるだろう。だが、今はまだ確実に障壁によってジークの攻撃は防がれる。


「やむを得ん……! 出せる限りを出す……! あとは任せたぞ、ジーク……!」


 そこでセラフィーネが絞り出したようにそう言い、朽ちた剣を高らかと掲げる。


 朽ちた剣の切っ先の向こう──悪魔の頭上に鉄塊のような巨大な剣が無数に浮かぶ。それらはセラフィーネから大量の魔力を受け取ると、膨大な運動エネルギーを有して悪魔に降り注いだ。


「────ッ!?」


「あとは……お前が……やれ……!」


 悪魔の障壁はそれによってついに完全に崩壊。だが、同時に魔力がマイナスになるまで掃き出し、生命力すらも犠牲にして魔法を放ったセラフィーネが口から血を吐いて地面に倒れ込む。


「よくやった、セラフィーネ! あとは任せろ!」


 ジークは障壁の消えた悪魔に向けて斬りかかる。これまで遊んでいたように戦っていた悪魔は明らかに動揺し、逃げるように後退するが、それをジークは追撃した。


「くたばりやがれ、クソッタレ!」


 ジークはばっさりと悪魔の胸を袈裟懸けに引き裂いた。さらに斬り上げて悪魔の腕を断ち、胸に“月影”を突き立てる。


「オオオオォォォォ──ッ!」


 悪魔は悲鳴を上げて苦しみ、ついにジークに背を向けて逃げ出そうとした。


「……逃げることはまかりならん……」


 しかし、それを遮ったのはパスカルであった。彼は弱った悪魔の前に立つとその悪魔に手を伸ばした。それと同時に悪魔が呼吸ができなくなったように苦しみ始めた。


「……契約だ。お前はそれに従わなければならない。逃げるのならば、私の血肉となるがよい……」


 次の瞬間が悪魔がずるずると引きずられるようにパスカルの方に移動し、彼と悪魔が重なった。いや、違う。パスカルの体が悪魔を吸い取るかのようにして、吸収していったのである。


 そして、悪魔は完全にパスカルの体の中に来ていった──。


「お、おいおい。何が起きたってんだ……?」


「そんな、悪魔を取り込んだ……?」


 ジークとロジーが狼狽える。


「……ふひっ、ひひひははははっ……! ……ひひっ、素晴らしい……!」


 そして、悪魔を吸収したパスカルはその姿を変容させつつあった。彼のしわだらけの皮膚の下でヒルが蠢いているかのようにぐねぐねと何かが蠢く。


 だが、驚くべきことはそれだけではない。パスカルは急速に若返っていたのだ。


 しわが消え、神に艶が戻り、よろめていた足はしっかりと大地を踏みしめ、瞳ににじんでいた白内障による白濁が急速に消えていった。


「さて、諸君。後半戦といこうか?」


 そして、完全に20代ほどまで若返ったパスカルが若い声でそう宣言。


「悪魔の力を自分の肉体に吸収したってのか。そんな馬鹿なことが……」


「もちろん、私とてあのような強大な悪魔をそのまま取り込むことはできない。だが、君たちはあれを弱らせてくれた。まるで赤子に食べさせる離乳食のようにしてくれたのだ。助かったよ、実にね」


 ぱちぱちとパスカルはジークに拍手を送る。


「あの悪魔と私の間にあった契約も条件のひとつだ。悪魔がその責務を放棄して逃げるならば、私が死ぬまで私の血肉となる。それが条件であった。だから、今の私は悪魔の力を有していられるのだ」


 パスカルはまるで彼が教壇に立っていたときのようにジークたちにそう説く。


「さあ、私のためにその道を開けるがいい。私は何としてでも大図書館にある知識を暴かなければならないのである」


 そして今度は尊大にパスカルはそう要求した。


「お断りだ、クソ野郎。誰が通すかよ」


「そうなのです。ここは通しませんよ、パスカル」


 ジークとロジーはそうパスカルに向けて告げ、ジークは“月影”の刃をロジーは杖を構えてパスカルと対峙する。


「それであれば力尽くだ。本意ではないのだがね」


 パチリとパスカルが指を鳴らすとゾンビ化していた憲兵たちが、一斉にロジーに向けて迫ってくる。すでにその数は100名を超えていた。


「ロジー様、後ろに!」


 モニカたちまだ無事な憲兵がロジーをかばって前に出ると、かつての戦友たちと戦い始める。ゾンビ化した憲兵を相手にマスケットが火を噴き、サーベルの刃が彼らを近づけまいと振るわれる。


 しかし、頭が吹き飛ばされても悪魔によってゾンビ化した憲兵たちは向かってくる。ロジーを守る憲兵たちは次第に押されていく。


「ロジー様を守れ! 守り抜くんだ!」


 それでも恐怖することなくモニカたち憲兵は立ち向かう。


「勇者ジーク。このままではロジーは死ぬだろう。彼女を見捨てるつもりがなければ、そこを退きたまえ。そうすれば私は君を傷つけず、ロジーのことも傷つけない。約束しようではないか」


 そんな中でパスカルは再度ジークに事実上の降伏を呼びかける。


「お断りだと言ったはずだぞ」


「では、ロジーを見捨てるのか? あの幼子を?」


「いいや。お前を倒せばいいだけの話ってだけだ!」


 ジークはそう言い“月影”の刃を手にパスカルに突っ込む。


「無駄だ」


 パスカルは手のひらを軸に向けて広げると、そこから生じた衝撃波がジークをトラックにひかれたかのように弾き飛ばし、彼は5メートル近く後方に転がった。


「かつて偉大なる賢人はいった。『剣は脅威である。だが、剣をよく知るものはより脅威である』と。剣をそっくりそのまま、悪魔に置き換えることもできる。私は悪魔をよく知っている。無駄に傲慢な悪魔以上に」


 パスカルはそう嘲るようにそう言い、ジークの方を見る。


「かつて悪魔を打倒し、邪神を討ち取った君にも分かるだろう。今の私が先ほどの悪魔以上に脅威であることを。だから、繰り返そう。そこを退いてくれ」


 それからパスカルは打って変わって同情的にジークの方を見た。まるで何もできない無力な赤子が腹を空かせて泣き叫んでいるのを見るかのような、そんな慈愛と諦観に満ちた表情だ。


「うるせえ、若作り。どんな状況だろうと俺は絶対に折れなかった。だから、勇者ジークって呼ばれたんだ……!」


 ジークは立ち上がり、パスカルに対峙する。“月影”の刃を手放すことなく握り、その切っ先をパスカルに向けている。


「残念だよ、勇者ジーク。君は死なないが周りの人間は死ぬというのに、君は彼らを見捨てたんだ」


 パスカルがそう言うと彼の足元から黒い瘴気が立ち上り、それが先ほどの悪魔が構えていたかのような巨大な剣を形成する。それはパスカルの手ではなく、空中に生じた巨大な手だけの存在によって構えられた。


「全てを斬り刻んでやろう。全てをな」


 次の瞬間、パスカルの前に出た剣を構えた腕がジークに向けてその刃を振り下ろす。ジークはそれを“月影”の刃で辛うじて受け止め、ぎりぎりと金属音を立ててつばぜり合いを繰り広げる。


「クソ。確かにさっきの悪魔より力の使い方が適切だ……!」


 大雑把に剣を振るうだけだったさっきの悪魔と違い、パスカルが操るそれは適切にジークを追い詰めていった。


「昔は私も剣を振るったものだ。そのときのことをよく覚えている。指にタコができるくらい剣を振るっていたのだからね」


 パスカルはそう言いながらさらにもう1体の剣を構える腕を出現させた。


「不味い──」


 そのもう一方の刃がジークの身体を捉え、ジークの身体を裂く。ばっさりと腹部を裂かれたジークの腹から(はらわた)がまき散らされ、ぬらぬらとした臓物が地面に落ちて、ジークは苦悶の表情を浮かべる。


「諦めたまえ、勇者ジーク。もう君にできることはない」


「うるせえ……!」


 ジークの血の混じった叫びも虚しく、パスカルが操る2本の漆黒の刃がジークの身体を貫き、彼の心臓を停止させた。彼は自らが流した血で赤黒く変色した地面の上に倒れ、そのまま意識を失う。


「……さて、次は神々の眷属か」


 パスカルはそう呟き、大図書館に向けて進む。


 しかし、彼が正門を潜ろうとしたとき、その体の一部が電気ショックにでもあったかのようにばちりと痙攣し、彼は思わず身を下げる。


「ほう。ヘカテよ。どうあっても私に大図書館の秘密を暴かせるつもりはないということか。だが、この程度の防御結界など無意味だ!」


 パスカルはそう叫び、2本の刃で大図書館に展開されてた結界を断ち斬った。


 その様子を憲兵たちは絶望の表情で見ていた。


「神々の結界が……!」


「そんな! あの悪魔がここに来る!」


 憲兵たちは怯え、怯えたものが魂をむしばまれてゾンビに変わる。


「怯えるな! 最後まで抵抗すれば神々が助けてくださる! だから──」


 モニカがそう叫ぶが、彼女の脇腹がサーベルで貫かれた。彼女を貫くサーベルを握るのはゾンビ化した憲兵であり、そのまま彼女をゾンビの群れの中に引きずり込んでいった。生きたまま食われるモニカの悲鳴があたりに響く。


「モニカ隊長!」


「ロジー様! このままでは突破されます……!」


 神官たちもゾンビを相手に応戦してたが、その戦局はずっと押されていた。


「勇者ジークと魔女セラフィーネが復活するまでの時間でいいのです! それだけでいいので今は時間を稼ぐのです!」


 しかし、そう叫ぶロジーもすでに悪魔との戦いで魔力と体力を大量に損耗しており、もう長くは戦えそうになかった。


 そこに着実にパスカルが迫ってくる。


「恨むならば君たちを見捨てた勇者ジークの判断を恨むことだ。これは私が望んだことではないのだからね」


「何を……! あなたには絶対に大図書館の知識は暴かせないです!」


「そうすることがヘカテの眷属としての役割か。君とは話し合いの余地はなさそうだ。死んでもらおう」


 空中を自由自在に飛び回る2本の刃がロジーに狙いを定め、彼女がごくりと息を飲む。勇者ジークが耐えられなかったそれに自分が耐えられるとはロジーも思っていなかったが、神々の眷属として屈するわけにはいかない。


『ロジーよ。力を貸しましょう』


 そこでロジーの頭の中にそう優しい声が響き、彼女が突然の負荷に跪く。


「これは……!」


 パスカルもロジーの様子を驚愕の表情で見る。


 プラチナブロンドを三つ編みにしていたロジーの髪が黒く染まっていき、さらには三つ編みがほどけて背中に広がる。そして、その空色の瞳には神秘的な輝きが宿った。


 そんな彼女がすくと立ち上がる。


「相手をしましょう、パスカル。覚悟するといいのです」


 そして、ロジーであってロジーではない声で彼女はそう宣言する。


「神懸かりが……! まさかヘカテがそこまでするとはな……!」


 そう、今のロジーにはヘカテが降りてきている。正確にはヘカテの一部だけだが、その力は膨大であり、パスカルは警戒するのも当然だった。


「だが、私は決して諦めぬ! この手に知識を──!」


 そして、ロジーとパスカルの、まさに神々と悪魔の代理戦争とでも呼ぶべきものが始まった。


……………………

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