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大図書館防衛戦

……………………


 ──大図書館防衛戦



 ジークたちはロジーが予想した攻撃に備えて、大図書館で待機している。


「ジークさん、セラフィーネさん」


 そこで憲兵隊員がジークたちに呼びかけた。


「おう。どうした?」


 ジークたちは憲兵隊のテントにおり、何かあることに備えていた。


「モニカ大尉がお呼びです。緊急の要件だそうです」


「それは穏やかじゃないな。すぐに向かおう」


 憲兵に言われて、ジークたちはすぐに立ち上がる。


 それからこの場所の指揮官であるモニカの下に向かう。


「モニカ大尉。何があったんだ?」


 ジークは指揮所にてモニカに尋ねる。そのモニカはかなり険しい表情を浮かべたまま、ジークたちを迎えた。


「ジークさん、セラフィーネさん。先ほど憲兵隊本部より『大図書館攻撃の可能性大』との方向を受けました」


「何だって!?」


「驚かれるのも当然です。我々憲兵隊にとっても驚くべき報告なのです」


 モニカは冷静に続ける。


「この情報の根拠は複数のルーネンヴァルトの魔法使いが不審な動きを取り始めたからです。その中には未確認ですが、ジークさんたちが確認したパトリツィアの姿を目撃したとの情報もあり、本部も混乱しているようなのです」


「クソ。そいつは間違いなく何かありそうだ。大図書館相手じゃないにせよ、攻撃は行われるだろうな」


 モニカが言うのにジークがそう唸る。


「考えられるのはまずは陽動として各地で攻撃を引き起こし、憲兵隊などの戦力がそれに対応するために分散してから本命の大図書館を狙うということだろう。あるいは大図書館すらも陽動に使うか、だ」


 セラフィーネはそう意見を述べてジークたちを見た。


「この期に及んで大図書館を狙わないとは考えにくい。ここを守ることに俺たちは集中しよう。それでいいよな?」


「ああ。その賭けに私も乗るとしよう」


 ジークは大図書館が敵の本命であるという考えを崩さず、セラフィーネも賛同。


 それからジークたちはこれから起きることに備える。


 異変が起きたのは、モニカによる呼び出しから30分程度経ったときだ。突如として遠方から爆発音が聞こえてきて、ジークたちはその方向を鋭く睨むように見た。


「始まったみたいだな……」


 ジークはいよいよ黒書結社による攻撃が再開されたことを悟り、そう呟く。


「モニカ。憲兵隊に大図書館の周囲をしっかりと見張らせておいてくれ。何が起きてもいいようにな」


「はい。任せてください」


 ジークはモニカにそう頼み、彼とセラフィーネは大図書館の正門前に布陣する。敵がお行儀よく正門から入ってくるかは分からないが、彼らは味方にも分かりやすい位置にいることにした。


 それからさらに遠方で爆発音が聞こえてきた。ザガンの引き起こした狙撃事件のように街が再び戦争状態になったのだろうかとジークたちは危惧するが、大図書館が敵の狙いだと判断したジークたちはここからは動けない。


「モニカ大尉! 巡回中の憲兵隊部隊より報告! こちらに接近する不審な集団がいるとのことです!」


「了解。引き続き警戒を」


 さらに事態が緊迫していく。不審な集団は数グループ確認されており、それらが大図書館に着実に近づいているというのだ。


 しかし、彼らが大図書館に到着する前にやってきのは神殿の馬車である。


「勇者ジーク、魔女セラフィーネ。援軍に来たのです」


 馬車から降りてきたのはロジーで、彼女は数名の神官とともにジークたちに合流。


「ロジー。そろそろ何か起こりそうなところだ。あんたがいれば百人力だよ」


 ジークとしても回復魔法などの魔法の才能に秀でたロジーがいてくれるのはありがたかった。今回もまだザガンの狙撃事件と同じレベルの襲撃となるならば、そのような魔法が必須になるだろう。


「アレクサンドラはどうした?」


「彼女には神々の神殿を任せているのです。全員が大図書館に集まると、その隙に神々の神殿が狙われかねませんからね」


「ふむ。確かにな」


 ロジーがセラフィーネにそう説明し、セラフィーネも納得した様子だ。


「大尉殿。爆発の詳細が判明しました。魔法による爆破であり、間違いなく黒書結社による攻撃です」


「そうですか。被害は?」


「複数名の死傷者が出ていますが、救助は別の部隊が行うので憲兵隊本部からは我々は引き続き大図書館にて警戒を続けるようにとのこと」


「分かりました。備えましょう」


 聞こえてきた爆発は魔法によって引き起こされたもの。事故ではなく、攻撃だという判断が下されていた。この状況で黒書結社が疑われるのは当然のことであった。


 モニカたち憲兵隊とジークたちは戦闘に備え、大図書館での警戒を続ける。


 新しい動きがあったのはロジーがやってきてから15分後のこと。


 それは開戦の狼煙となるものであった。


「あれは……!」


「ファイアドレイク!?」


 そう、大図書館の上空をファイアドレイクが飛んで行ったのだ。


 赤いうろこの亜竜は大図書館の上空を一度飛び去ったのちに、上空を大きく旋回し始める。それによって憲兵隊にも同様が広がり、大図書館付近にいた民間人にも混乱が生じ始めた。


「あれは黒書結社のそれだな。私が叩き落してやろう」


「セラフィーネ! 用心して落とせよ! ここは市街地だ!」


「分かっている」


 セラフィーネは朽ちた剣を複数召喚して、その刃をファイアドレイクに向ける。


 以前は港とルーネンヴァルトの間での戦闘だったので地上を気にかけずに済んだが、今回は市街地ど真ん中だ。下手な場所に落とせば、民間人に犠牲が生じてしまう。


「落ちろ──!」


 セラフィーネの放った朽ちた剣はファイアドレイクに襲い掛かるが、ファイアドレイクはそれを回避しながら高度を落としてくる。その狙いは大図書館付近に展開している憲兵隊だ。


 ファイアドレイクは一気に高度を落とし、狙いを憲兵たちに定めると火炎放射を放つ。地上が炎によって舐められ、火だるまになった憲兵隊員たちが悲鳴を上げる。


「クソ! やりやがったな!」


 ジークはその光景を見て悪態をつき、自分の方にファイアドレイクを誘導しようと大きく動いて見せる。ファイアドレイクはそんなジークに次の狙いを定め、低空飛行しながら彼に迫っていく。


 そしてその口が大きく開かれ、その中から火炎が──。


「させんぞ」


 セラフィーネがそこで朽ちた剣を投射。朽ちた剣はファイアドレイクの翼を引き裂き、空から叩き落した。地面に打ち付けられながらファイアドレイクは落下し、そこにジークが挑みかかる。


「これ以上好き勝手はさせんぜ!」


 ジークは落下してきたファイアドレイクの頭を“月影”の刃で叩き切る。分厚い頭蓋骨すらも“月影”の刃は引き裂き、ファイアドレイクを一瞬で絶命させた。


「いよいよ始まってわけだよな」


「ああ。見ろ、あれがそうなのだろう」


 ジークが言うのにセラフィーネが大図書館の正門から続く通りを指さす。


 そこには怪しげな黒いローブと無貌の仮面姿の人間が大図書館に向けて迫っていた。これだけの騒動が起きていながらひとりだけだ。


 その人物は歩き方からして老人であるが、ただならぬ気配を漂わせている。


「……そこにいるのはセラフィーネか……」


 その老人がしわがれた声がそう言うのにセラフィーネが老人の方を睨むように見る。


「その声は……まさか……」


「……久しいな。以前あったのはエレオノーラの葬儀のときか……」


 老人はそう言うと無貌の仮面をそっと外す。


 その仮面の先にあったのは白内障のためか白濁した青い瞳に、深く刻まれたしわがある老人の顔であった。その老人の顔を見たセラフィーネが一瞬驚きを示したが、すぐにそれは怒りへと変わった。


「何故、お前が黒書結社側にいる、パスカル……!」


 セラフィーネがそう忌々しげに告げる。


「パスカル? 確か悪魔学の……」


「パスカル教授は放火で亡くなったはずだったのです。どうして……?」


 ジークが記憶を呼び起こし、ロジーも驚きをそう口にする。


「……そう驚くことでもないであろう。死は簡単に偽装できる。まして、それが原型をとどめぬ死に方であるならば……」


「別の誰かを焼いて入れ替わったか」


 セラフィーネたちに知らされていたパスカルの死は焼死だ。この世界にはまだ焼死体の身元を正確に判別する方法はない。彼は死んだように偽装し、黒書結社の幹部として活動していたのだろう。


「……そこを退いてはくれぬか、セラフィーネよ。私はその先にあるものに、それだけに興味があるのだ。私は他の黒書結社の幹部たちのように誰かをむごたらしく殺すことに興味はない……」


 パスカルは再び仮面をかぶり、セラフィーネにそう訴える。


「断る。どうして悪魔の危険性をもっとも知っているお前がよりによって悪魔崇拝者たちを率いている。何があったというのだ」


「……信仰に迷いが生じた……」


 セラフィーネが問うのにパスカルはそう答えた。


「……私にとって神々はずっと偉大なる存在であり、信仰の対象であった。私は信じていた。神々は崇めるにたる存在であると。しかし……」


 パスカルはしわがれた声で続ける。


「……あのものに見せられたのだ。およそ神々が創造するはずもない邪悪にして醜悪な存在を。神々が私が信じていたように絶対の存在であれば、その存在を許さないであろうものを。そう、外宇宙に存在する神秘を……」


「外宇宙に……?」


 パスカルの言葉にジークが眉をゆがめて怪訝そうにした。


「……そうだ。神々はこのちっぽけな惑星の神格であるというだけのこと。この広大なる宇宙を創造した存在は、神々の上に立つもっとも偉大な存在は、別に存在する。それを私は知ったのだ。それによって私の信仰は揺らいだ……」


「どうせそれを吹き込んだのは邪神フォーラントであろう。あの悪魔のいうことをまんまと信じたのか? それがどれだけ愚かな行為なのか分かっているのか?」


 信仰について語るパスカルにセラフィーネがそう問い詰めるように告げる。


「……私が愚かかどうかは大図書館に眠る神々が神々でなかった時代の知識を見れば判明する。だから、私はこうしてここに立っている。自分が愚かなのか、それとも神々が我々を欺いていたのかを確かめるために……」


 パスカルはセラフィーネに向けてそう言い、前に進み出た。


「……さあ、そこを退いてはくれぬか、我が古い友よ……」


 それから彼は再びそう求めた。


「断ると言ったはずだ。ここを通りたければ私を倒していくことだな」


「そうだぜ。今も大図書館は閉館中だ」


 セラフィーネは朽ちた剣を、ジークは“月影”を構えてパスカルの前に立ちふさがる。それを見たパスカルは力なく首を横に振った。


「……ならば、押し通るまでだ……」


 その言葉と同時に周囲の空気が震えた。


「来るぞ、備えろ──!」


 パスカルが何かを起こそうとしているのにジークがロジーや憲兵隊に警告。


 パスカルのいる場所に黒い五芒星が出現し、そこから霧のように、あるいは煙のように黒い何かが湧き出してくる。それから聞こえてくるのは、大勢の何かが苦痛に呻くような苦しげな声の響き。


「これは……!」


「ロジー! 何が起きているのか分かるか!?」


 目の前で起きている謎の減少を前にジークがロジーに問いかける。


「これは悪魔を召喚しようとしているのです! それもかなり高位の……!」


「悪魔を!? そんな馬鹿な!」


 ロジーが叫んで答えるのにジークが驚愕に目を丸くした。


 だが、ロジーの読みは正しかった。パスカルは悪魔をこの場に召喚しようとしていたのだ。それも低位のものではなく、高位の悪魔を。


「悪魔を自在に呼び出すなど可能なのか……!?」


「……悪魔が存在する我々が地獄と呼ぶ空間。そこにアクセスする方法さえあれば、不可能ではない。そして、今の私は地獄へのアクセスの手段を得ており、そこにいる悪魔たちと交渉してきた。見るがいい……!」


 セラフィーネも動揺する中、パスカルはついに悪魔を地獄から呼び出した。


「フハハハハハハッ!」


 その大きな笑い声とともに地上に出現したのは、黒ヤギの頭を有する巨人。曲がりくねった角が生え、横に長い瞳孔を持った赤い瞳、そして真っ黒な体毛と赤黒く光る謎の紋様に覆われた5、6メートルあまりの巨躯。それが地上に出現した。


「おいおいおい。あれは正真正銘の悪魔だぜ……!?」


「気圧されるな! あれは弱さを見せれば食らいついてくるぞ!」


 ジークが動揺し、セラフィーネが素早く叫ぶ。


 しかし、ここで憲兵の数名が現れた悪魔を前に恐怖してしまい、彼らが苦しげに荒い息をし始めたかと思うと血を吐いて白目を剥いた。


 そうなった彼らは突然そばにいる仲間の憲兵を襲い始める。


「何をやっているんだ! やめろ!」


 モニカが現場を統率しようと叫ぶが、襲われた憲兵はゾンビに襲われたように相手の歯や爪で体を裂かれ、血の海に沈んでいく。


「魂を悪魔に乗っ取られたか……!」


「さっさとぶち殺すぞ、これ以上混乱が広がる前に!」


「ああ!」


 セラフィーネとジークがそれぞれそう言い、朽ちた剣と“月影”を構えてパスカルとその背後に立つ悪魔に向けて突撃。


「……無駄だ。高位悪魔の恐ろしさは君がよく知っているだろう、勇者ジーク……」


 パスカルがそう言うと突撃したジークたちは生じた赤い障壁に阻まれて近寄れず、障壁の向こう側から悪魔が巨大な腕をジークたちに向ける。


「ぐっ……!」


 悪魔の腕に刻まれている赤黒い紋様が輝いたと思うと、ジークが周囲に漂う黒い靄に捕まれ苦しみ始めた。黒い靄に見えるそれはジークを締め上げており、彼の身体がすさまじい圧迫を受けていた。


「ジーク!」


「大丈夫だ……! この程度……!」


 ジークは力を全身に込め、そして“月影”を振るうと黒い靄を払った。


「長期戦になると悪魔に魂を食われる人間が増える。短期決戦を目指さなければ」


「分かっているが、こいつはちょっとやそっとの攻撃じゃ倒せないぜ……」


 悪魔は今も不気味な笑い声を漏らしており、赤い障壁と黒い靄によってジークたちの接近を阻んでいる。ジークたちは攻撃はおろか、近づくことすらできずにいた。


「ああ! た、助けて!」


 その間にも憲兵たちは悪魔に魂を食われてゾンビ化してしまい、戦友たちを襲っている。後方にいるロジーは神官たちと憲兵隊の指揮官モニカが守っているが、長期戦になればロジーもモニカも危ない。


「ジーク。お前は悪魔を倒したことがあるだろう。どうやってのだ?」


「悪魔を倒したのは俺だけの力じゃない。だけど、ここにいる全員が俺に力を貸してくれるならば倒せる。すぐにとは行かないが……」


「よし。なら、お前が指揮を取れ。私たちはお前に従う」


「オーケー。じゃあ、お前たちの力を借りるぜ」


 ジークはそう言い、悪魔と対峙した。


……………………

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