残ったふたりの幹部
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──残ったふたりの幹部
黒書結社の幹部たる醜悪卿ベレトはいささか焦っていた。
「大変ですよぉ。ザガン卿まで討たれるとはぁ……」
かつては腐敗卿パイモンと閃光卿ザガンもいた円卓には、今や彼女と隷属卿バエルしかいない。もちろん、黒書結社に所属している悪魔崇拝者たちはまだまだいるのだが、幹部クラスの実力を持つのはこのふたりだけだ。
戦力は事実上、半減してしまっており、黒書結社はこのままではこれまで通りの行動を行えなくなる。それは彼らの敗北を意味していた。
「……だが、彼らは無駄死にではない。我々に勇者ジークたちに関する情報を残してくれた。そのことは評価すべきだろう……」
バエルがそう重々しく告げる。しわがれた老人の声で。
「……そして、こちらの準備が整うまでの時間も稼いでくれた。今ならば我々は動ける。大図書館に眠る知識を暴くための攻撃に出れるのだ……」
「おお! 本当なのですかぁ、バエル卿?」
バエルが言い、ベレトが喜色を見せた声を上げる。
「……しかり。彼女が言っているのだ。今こそが攻撃の機会だと……」
彼女──それが黒書結社を組織した白髪の少女フォーラントであることは、ほぼ間違いがないだろう。今、この場に彼女はいないが、すでに彼女はジークの前に姿を見せている。黒書結社とのかかわりを明らかにして。
「……我々は大図書館の秘密を今こそ暴くのだ。それこそが我々の大願……」
* * * *
神々の神殿にいたジークたちの下に憲兵隊司令官のパウロがやってきたのは、ザガンによる狙撃事件から2日後のことだ。
「パトリツィアの死体を確認した身内──を名乗っていた女性の似顔絵ができました」
パウロはそう言って似顔絵の書かれている紙を広げる。
「この人だ! 絶対に間違いない。この街に来たとき俺にカルテンバッハ標本店に来てくれって言ってたのは、この人だよ」
「つまり、やはり自らの死を偽装していたというわけですね」
ジークの言葉にパウロが頷く。
「すぐに指名手配しましょう。ルーネンヴァルトから逃げていなければ、見つけることはできるはずです」
「そして、そいつに黒書結社の次の動きについて白状してもらわなければな」
パウロはそう言って似顔絵を各地に張り出すことにし、セラフィーネもパウロの判断に同意したのだった。
パウロは手配書きを広げるために一度憲兵隊本部に戻り、ジークたちは神々の神殿でこれからの方針を話し合うことに。
「まずは俺から言っておかなければいけないことがある」
ジークは真剣な表情をしてそういう。
「俺は黒書結社が崇拝している悪魔を知っている」
ジークがそう言うのにすでに事情を知っているセラフィーネは何も言わず、ロジーたちは動揺していた。
「……どういうことなのですか?」
「俺がどうして勇者ジークと言われるようになったかは知ってるよな?」
「それは邪神を倒したからなのです」
何を今さらそんな分かり切ったことを尋ねるのかというようにロジーが応え、エマたちも怪訝そうにしている。
「ああ。俺は邪神を倒したはずだった。だが、俺はずっと邪神を本当に葬り去れていたのか疑問だった。死体を見たわけじゃないし、完全に消滅するのを見たわけでもない。もしかしたらとずっと思っていた」
「まさか……」
「そうだ。邪神フォーラントは復活した。そして、あいつが黒書結社を悪魔崇拝者たちに組織させたんだ」
それから皆の予想の通りの言葉をジークは告げた。
「邪神が再び復活したということなのですか……。それは危機的なのです。それもルーネンヴァルトだけの危機ではなく、世界的な危機になるのです」
ロジーはジークの言葉にそう言う。
「500年前の邪神の出現は世界を危機に陥れたのです。邪神は神々を倒し、地上を支配しようとしたのです。その邪悪な力をもってして。勇者ジーク、今回も邪神の狙いは同じだと思いますか?」
「分からない。あいつは邪悪な存在で、それに悪趣味なまでにひねくれている。素直に世界を征服したいとかいう分かりやすい目標は持っていないはずだ」
「というと?」
「あいつは人間を含めた地上の存在を玩具だと思っている。だから、価値観が俺たちとは全く違うんだ。説明するのは難しいが、自分で直接手を下すより、人をそそのかして行動させることの方を好む。そういう存在だ」
ロジーの問いにジークはそう説明し、彼自身気づいていないが親の仇にでも語るように険しい表情を浮かべていた。
「ふむ。であれば、なおのこと大図書館に眠る知識を黒書結社に渡すわけにはいかないのです。神々の封印した知識が邪神の手に渡ればどうなるか……」
「それは最悪だろうな」
神々が封印した知識。それが黒書結社の狙いである以上、邪神フォーラントも何かしらの目的があって狙っているのだろう。一度は世界を滅亡の危機に追いやった邪神に神々の知識が渡るなどセラフィーネが述べたように最悪だ。
「だから、何としても俺は黒書結社と戦う必要がある。俺がやつの死を確認しなかったから起きた事態だ。俺に責任がある……」
「ジ、ジーク様に責任なんて……」
「いいや。俺の責任だよ、アレクサンドラ。俺が確実にやつを葬っていれば、こんな事件が連続して起きることだって防げたかもしれない」
ジークは邪神を殺し損ねていたということに強い責任を感じているらしく、その険しい表情には後悔の色も見える。
「確かに邪神は復活しました。ですが、500年間この世界が平和を保ったと考えれば勇者ジークの行動は決して無駄なものではなかったのです。そのことは覚えておいてほしいのです」
「……ありがとうな、ロジー」
ロジーがそうジークを励ますのにジークは僅かに微笑んだ。
そう、邪神が復活してしまったとはしても、500年の間に世界が平穏でいられたのはジークのおかげに外ならないのだ。彼は未だに英雄だとロジーは言ってくれたのである。
「さて、当面の方針だが、パウロ隊長たちが標本店の店主である本物のパトリツィアを探し出して、そこから黒書結社について探るってことでいいか?」
「ああ。それからザガン──オスヴァルトが所有していたヴィンターシュタイン商会を洗ってその取引先を探る、と。この程度か」
「そっちもあったな。そっちは何か分かりそうなんだろうか」
ジークが述べるのにセラフィーネが言い、ジークはこの手のことに詳しいだろうエマの方を見る。
「そうですね……。正直、あまり期待はできないです。アルトフィヨルド交易と違って、オスヴァルト自身が所有していた会社ですから常に情報は改竄しているはずです。それでも注意深く探れば、何か分かるとは思うのですが……」
「そっかー。武器がヴィンターシュタイン商会からロタールに流れた可能性があるんだが、そこら辺に注目すれば何か分からないか?」
「調べてみます」
「頼むぜ」
エマはヴィンターシュタイン商会について調査することに。
「んで、俺たちは結局のところ今日も待機だな」
「我々は情報がなければ動けん」
ジークとセラフィーネは武力担当なので、何かしら起きるか、情報が入らない限り動くことはできない。今はパウロやエマが調べ始めた情報から事実が明らかになるのを待つことになる。
「いいえです。勇者ジーク、魔女セラフィーネ。あたちたちには懸念すべきことがあるのです」
と、ここでふたりのそんな考えをロジーが否定する。
「というと?」
「敵の直接攻撃が大図書館を襲う可能性について考えていたのです。ザガンがルーネンヴァルト全域を攻撃したのですから、次は大図書館が直接的な攻撃にさらされても全く不思議ではない。そう思うのです」
ジークが尋ね、ロジーはそう答える。
そうなのである。黒書結社は攻撃を拡大し、魔法学園の次はルーネンヴァルト全域で狙撃事件を引き起こした。彼らの行動は次第にエスカレートしている。より過激かつ広域な攻撃が行われているのだ。
その攻撃が大図書館に及ぶことを考えるのは、別に的外れな考えではないだろう。
「では、私たちは大図書館の警備に当たるか?」
「そうしておきたいのです。大図書館そのものは封鎖されており、ヘカテ様の命により中には誰も入ることはできませんが、その周りには憲兵隊が検問などを布いています。彼らに加わり、警戒に当たってほしいのです」
「分かった。任せておけ」
ロジーが頼むのにセラフィーネはそう同意し、ジークも頷く。
「じゃあ、俺たちは大図書館に行ってくるよ。何か分かったら知らせてくれな」
「ええ」
ジークたちはそこで神々の神殿を出て、神殿の馬車で大図書館を目指す。
「そういえば大図書館を目当てにルーネンヴァルトに来たってのに図書館の外観すら拝んてなかったな……」
「閉鎖されていると聞けば、わざわざ訪れる必要もないだろう? お前は大図書館の外観に興味があるのではなく、中身に要件があったわけだしな」
「まあ、それはそうだけど」
いつもならば『用件を忘れて遊び歩いてるからだ』などと皮肉ってきそうなセラフィーネがジークを否定せず肯定してくれたのに、ジークは少し戸惑う。
ジークが困惑して黙り込むのにセラフィーネも黙ってしまい、馬車の中は微妙な沈黙に包まれた。
「なあ──」
ジークがそんな沈黙を破ろうとしたときだ。
「見えたぞ」
「おお?」
セラフィーネがそう言い、ジーク馬車の窓の外を見る。
窓の外には神々の神殿に似た建築様式の立派な造りである建物があった。ルーネンヴァルトの多くの建築物同様に白亜のそれであり、恐らくは4階建て。だが、広さはルーネンヴァルトの神々の神殿よりも広そうだ。
さらに建物の周りには緑豊かな公園が広がっている。だが、その公園には憲兵隊がテントを張っており、彼らが大図書館の警備及び封鎖に当たっているようだ。
「へえ。本当に立派な建物だな。大図書館っていうだけはあるぜ」
ジークはその圧倒されるような建物に感嘆の息をつく。
「ああ。ここにはヘカテの名において古今東西のあらゆる書物が眠っている。素晴らしい場所だぞ。開いていればな」
「大図書館が再開する前に燃やされたりしないようにがしっかり見張らんとな」
ジークはそう言って大図書館を警備する憲兵隊に会いに向かう。
「よう! ロジーからここの警備に参加するように言われて来たんだが」
「ああ。ジークさんとセラフィーネさんですね。伺っております。どうぞ、こちらへ」
ジークが憲兵隊員に声をかけると、その憲兵はジークたちを指揮所に案内する。
「大尉殿。ジークさんとセラフィーネさんがいらっしゃいました」
「おお。ようこそ。私は現場指揮官のモニカです」
意外なことに現場指揮官の憲兵は女性であった。
年齢は30代前半ほど。髪は軍人らしく肩にかからないように短く整えており、女性的なシルエットの体にまとっているのは他の憲兵と同じ意匠の軍服だ。
「ジークだ。女性が指揮官とはちょっと驚いた」
「ええ。ルーネンヴァルトでも女性の憲兵は珍しいでしょう。ですが、足手まといにはなりませんのでご安心を」
ジークが素直な感想を述べるのにモニカと名乗った憲兵隊員はそう言う。
「状況を押してくれ。警備の状況だ。部隊の規模や最近不審な情報が入っていないか」
セラフィーネはすぐに仕事にかかった。
「警備部隊の規模は1個中隊240名。3交代で大図書館の警備にあたっています」
「ってことは60名が常に? 結構な規模だな?」
「ええ。大図書館はルーネンヴァルトで最大の価値があるものです。何があっても守らなければなりません。それに悪魔崇拝者による攻撃はすでに何度か起きていますから」
モニカはジークが驚くのにそう理由を述べる。
「ロジーはまた大図書館が攻撃されると思っている。それも魔法学園や先日の狙撃事件の規模で。それに警戒するために我々が派遣されたのだが、その規模の攻撃には耐えられそうか?」
「……難しいところがあります。それらの攻撃で憲兵隊も大きな犠牲を出しました。それでいて解決そのものはセラフィーネさんたちに頼ったと聞いています。悪魔崇拝者との戦闘で我々はいささか力不足なのかもしれません」
「そうか。素直にそう言ってくれるのは助かる。足りないことが分かっていれば、こちらでも手の打ちようがある。そういうところを下手に恥じて見空に隠す指揮官というものいるからな」
モニカが吐き出すように告げるのに、セラフィーネはそう言って僅かに微笑んだ。
「それで不審な情報などはあるか?」
「今のところは何も。憲兵隊本部から警戒すべき人間の手配書は回ってきましたが」
「ああ。そいつは魔獣を飼育し、けしかけた容疑がある。まだ捕まっていないから魔獣には警戒しないといかんな」
モニカが見せるのはパトリツィアの似顔絵が書かれた手配書だ。彼女の下にもすでに手配書は回ってきたらしい。
「では、俺たちはここで憲兵と警戒に当たろう。その前にパウロ隊長たちがパトリツィアを見つけ出し、黒書結社のしっぽを掴んでくれるかもしれないけどな」
ジークはのんきにそう言い、憲兵隊とともに大図書館の警備にあたることになった。
* * * *
隷属卿バエルは戦いの準備を終えた。
「……我らが神フォーラントよ。我々はこれから戦いに向かう。そなたのために……」
バエルがそう言って跪くのは椅子に座る白髪の少女の前だ。
「ああ、バエル。今こそ大図書館の秘密を暴くときだね。神々が隠してきたそれを君たちが暴くんだ。そこに君が求めるものもある。私が求めるものもね」
その白髪の少女──フォーラントは怪しげに笑ってそう答える。ワンピースから覗く肩はひどく華奢で、スカートの裾から見える足も細いが、この少女からは確かに邪悪な気配を感じるのだ。
「神々は宇宙の始めからずっと神々であったのか、そして宇宙の最初に存在したのは何かという君の疑問への答え。きっとそれが大図書館で見つかることだろう。私は結果を心待ちにしているよ」
「……ああ。待っていてくれ。そなたが私の疑問への解決策をくれたのだ……」
そして優しげにそう言いフォーラントにバエルもそう言い、彼は立ち上がった。
彼はそのままフォーラントのいる部屋を出ると、黒書結社の幹部が集う円卓の部屋を抜け、その先にある広間に出た。
「同志諸君」
そこには醜悪卿ベレト含む黒書結社に所属する魔法使いたちが結集していた。
「……ついに我々は大図書館に眠る神々の知識を暴く。ヘカテが封印したそれを我々が暴くのだ。不老不死の秘密。神々の神秘。世界の構造。その全ての謎を。これは神々への挑戦である……!」
バエルが吠える。黒書結社の魔法使いたちに向けて。
「……これは戦争だ。神々との戦争だ。諸君には戦う準備があるか……?」
そして彼は問いかける。
「戦う準備はできている!」
黒書結社のメンバーたちが吠える。高らかと。
「……よろしい。では、征くとしよう。我々の大願を果たすために……」
バエルはそう言い、同志たちを連れて出陣する。
戦争が始まろうとしている……。
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