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休日の過ごし方

……………………


 ──休日の過ごし方



 ザガンによる狙撃事件から一夜が明けた。


 ロジーが適切な医療体制を敷いたことから、犠牲者は最小限に抑えられ、負傷者も回復が早くなり、徐々に公園に作られた仮設の病院は解体されていった。


 それからもう1日経つともう完全に負傷者はいなくなり、身元が分からない遺体が安置されるだけになった。


「はあ。何とかなったな……」


 ジークは仮設病院が解体された公園を見てそう言う。


「まさしくこの場は凌げたが、これからどうする?」


「捜査の方針について話し合いに行こう。少しは分かったこともあるからな」


 ジークはセラフィーネにそう言い、今度は神々の神殿へと戻る。


 神々の神殿は狙撃の被害にあってはおらず、仮設病院での負傷者の手当てを終えた神官たちも戻り、いつも通りの日常が帰ってきていた。


「戻りましたね、勇者ジーク、魔女セラフィーネ」


 ジークたちが神殿に戻ると一足先に神殿に戻っていたロジーが彼らを出迎える。


「お、お帰りなさい、ジーク様、セラフィーネ様……」


 アレクサンドラも神殿の礼拝堂におり、ジークたちと合流した。


「おう。事件について報告しておこうと思ってな」


 ジークはそう言って今回の事件について彼らが把握していることを話し始める。


「狙撃手の名前はオスヴァルト。この街でヴィンターシュタイン商会の会長をやっていた男だ。知っているか?」


「ええ。しかし、ロタールとは全く縁がなさそうな人物なのですね。ヴィンターシュタイン商会は特に魔法や魔獣に関わるものを扱った商会ではなかったはずなのです」


「本人は政情不安な地域で商売していると言っていたが」


「ええ。まさしくそうなのです。政情不安でリスクがある場所に傭兵を使って取引をしていたはずなのです」


 そこで何かを思い出したようにロジーが手を叩く。


「そうなのです。ロタールの件で分からなかった銃火器の出所です。ヴィンターシュタイン商会はその経営上、武具を扱っていたはずなのですよ」


「ああ! あのマスケットの出所がオスヴァルトである可能性か!」


 そうである。ロタールの事件でまだ分かっていなかったのは、ゾンビたちが装備していた銃火器がどこから流れてきたものかということだった。


 その答えがオスヴァルトかもしれない。


「なるほどな。ヴィンターシュタイン商会を洗えば面白いものが出てきそうだ」


「ええ。すぐに憲兵隊に調査を始めるように要請しましょう」


 こうしてオスヴァルトの所有するヴィンターシュタイン商会の調査が開始されることになり、パウロたち憲兵隊が捜査に取り掛かった。


 しかし、そちらの方の捜査の結果がでるのは、まだまだ先の話だろう。そうなるとジークたちに今できることはない。


「俺たちは何してたらいい?」


「勇者ジークも魔女セラフィーネも狙撃事件では大きく活躍してくれたのです。今は少し休んではどうですか?」


「休んでいいなら休むけど、本当にいいの?」


「ええ。何かあれば連絡するので、ゆっくりしてくるのです」


「ありがと、ロジー。じゃあ、羽を伸ばしてくるよ」


 ジークはそこでこの休暇中に何をしようかと考える。


 流石にヴェスタークヴェルの花街まで遊びに行くような余裕はないだろう。かといってルーネンヴァルトに代わりのものがあるかと言われると微妙である。これまでルーネンヴァルトをジークは探検したが、その手のお店は小規模だ。


 しかし、ジークとしては遊べるとしたら、えっちなお姉さんたちと遊びたい。本当に最近はご無沙汰なのでいろいろと男しての欲求不満があるのだ。


「とはいえなぁ……」


 ジークたちの存在はすでに黒書結社にばれている。夜のベッドで女の子と遊んでいるところを悪魔崇拝者たちが襲撃、などということがあってはたまらない。


「よし。今日は飲むぞ!」


 ジークは黒書結社絡みの事件が全て解決したら、思う存分えっちなお姉さんたちと遊ぼうとそう決意し、それまでは我慢することにしたのだった。


「アレクサンドラも一緒に飲みにいかないか? エミールも誘ってさ」


「は、はい!」


 ジークが誘うのにアレクサンドラは嬉しそうにうなずいて返す。


「そのエミールはどこにいるんだ?」


「そういえば親父さんと仲直りするって言ってそのまま出ていっちまってたな。オルデンシュタイン家の屋敷に行けば教えてくれるかも?」


 エミールはパウロたちに影響を受けて、自分の実の父であるアルブレヒトとの関係修復を目指すと言っていたところであった。


「そういうことならば邪魔しない方がいいのではないか?」


「それはそうかも。パウロ隊長たちも忙しいだろうし、今日は俺たちだけで飲むか」


 セラフィーネがエマとアルブレヒトのことを思って言うのに、ジークはやや考えた末にそれに同意。エマとアルブレヒトはそっとしておくことにした。


「それじゃあ、まだお日様は昇ってるけど楽しみにいきますか!」


「いってらっしゃいなのです」


 ジークたちはそう言って出発し、ロジーはそれを見送る。


「さあて、今日はべろんべろんに酔っぱらおうぜ。明日のことは明日考えればいいってノリでな。俺がおごるから遠慮するなよ」


「ほう。それはいいな」


 ジークが革の財布を叩いていうのに、セラフィーネがにやりと笑う。


「あとはどうせなら珍しいつまみで一杯やりたいけど、おすすめの店とかあるか、アレクサンドラ?」


「そ、そうですね……。いい店を知ってますよ。生のお魚は平気ですか?」


「おう。昔食ったことがある。美味かったな」


 アレクサンドラが尋ねるのにジークは昔食べた生魚を思い出して頷く。


「生の魚? 正気か?」


「だ、大丈夫ですよ。そのお店には生のお魚以外にもメニューありますから……」


「そうか。なら、そこでいいぞ」


 セラフィーネも渋々という様子ながら同意し、ジークたちはアレクサンドラの案内でその店に向かうことに。


 神々の神殿のある丘を下り、街に入り、賑やかな繁華街にその店は位置していた。


「おお。いい感じのお店じゃん」


 決して派手ではない素朴な店構えで、清潔感がある店がアレクサンドラが案内してくれた店であった。まだ夕方にはやや早いがオープンしており、中からすでに香ばしい魚介の匂いが漂っている。


「じゃあ、入ろうぜ」


 ジークはそう言って木製の扉を開いて店の中へ。


「いらっしゃいませ!」


 元気のいい声でまだ若い女性がジークたちを出迎える。顔立ちがここら辺ではあまり見ないタイプの人種だが、可愛い女性だった。


 店の中はまだ営業が始まったばかりだろうにそこそこ大勢の客で満ちており、この店がアレクサンドラの紹介通りにいい店であることをうかがわせていた。


「3名ね。テーブル席がいいな」


「畏まりました! こちらへどうぞ!」


「ありがと」


 ジークたちは店員の女性に案内されてテーブル席に着く。


「さて、まずはエールで一杯!」


 ジークたちは最初はエールを飲むことに。魔法学園のあるルーネンヴァルトでは、バイトの学生によって氷がふんだんにあり冷えたエールが飲めるのがよい。


「乾杯!」


「乾杯だ」


 しっかり冷えたエールで乾杯したのちにジークたちはそれで喉を潤す。


「ぷはっ! それじゃ、いろいろと試してみようかな?」


 ジークは壁にかけられているメニューを眺める。


「『今日の活魚の盛り合わせ』ってのが噂の生魚かね?」


「ええ。そうですね。その日、水揚げされたものだけを使っているので日によって違うんですよ。私も久しぶりに食べてみようと思います……」


「オーケー。魔女はどうする?」


 ジークは生魚を食べる気満々であったがセラフィーネは渋い顔をしている。


「……私は普通にニンニクとオリーブオイルで味付けしたものでいい」


「それ、前も食べたじゃないか。冒険しないのか?」


「腹を壊したくない」


「戦神モルガン様の秘蔵っ子にしちゃ臆病だな」


「なんだと」


 ジークが冷やかすのにセラフィーネがぎろりとジークを睨む。


「それならば私も生魚に挑もうではないか」


 そしてセラフィーネも同じように生魚に挑むことに。


「そうでなくっちゃ! 酒はどうする?」


「私は白ワインを頼む」


「俺は……あの南方の酒が気になるな」


 ジークが見るメニュー表には南方の蒸留酒という項目があった。


「あ、あれは南方の甘いお芋で作ったお酒ですね。前に飲んだんですけど、口当たりがよくてそこそこ強くて美味しかったですよ。あまり流通してなくてここでしか飲めないお酒ですし、私はあれにします!」


「へえ。じゃあ、俺もそれにしよう」


 ジークはアレクサンドラは芋で作られた蒸留酒をチョイス。


 それからジークたちが注文すると問題の料理とお酒が運ばれてきた。


「おおお! 凄い綺麗な見た目だ……」


 ジークたちの頼んだ『今日の活魚の盛り合わせ』はいわゆる尾頭付きのお刺身であった。実はこの店は店主がルーネンヴァルトでは珍しい南方の出身であり、そのコネで入手している醤油とワサビもついており、本格的なお刺身の盛り合わせだと言えた。


 今日選ばれた魚介はスズキとウニであり、スズキは先ほど述べたように尾頭付きで、ウニは殻を割って盛り付けてある。見事な包丁さばきで作られた盛り合わせは皿そのものが芸術品のようであった。


「では、早速いただきます!」


 ジークは南方ではなく別の場所で生の魚を食べたことがあった。そこでは酢などでマリネにしたものだったが、今回は醤油とワサビという珍しい組み合わせで食べることになる。こうして旅先で変わったものを食べるのもジークの無駄に長い人生における楽しみのひとつだ。


 醤油をつけて、ワサビを乗せて、口に刺身をパクリ。


「ん! こいつは……美味い!」


 ジークはスズキの刺身に満足げに頷く。


 白身の基本的に淡白ながら脂が乗ったスズキの身は引き締まっていて、食べ応えがあり、そして初めて口にする醤油とワサビがとても合っている。


「美味しいですね、ジーク様」


 アレクサンドラも生魚に抵抗はなく、ぱくぱくと口に運んでは幸せそうな顔。


 一方のセラフィーネは深刻そうに刺身の盛り合わせを見ていた。


「どうした? これ、滅茶苦茶美味いぞ?」


「わ、分かっている。すぐに食べる……」


 セラフィーネは険しい表情で刺身をぱくり。


 だが、その険しかったセラフィーネの表情が刺身を咀嚼するごとに和らいでいく。


「……確かに美味いな」


「だろ?」


「お前が作ったわけじゃないのにどうして自慢げなんだ?」


 セラフィーネはどや顔のジークにそう突っ込みながら今度はウニに手を伸ばす。


 ウニは磯の香りが漂い、溶けるような舌ざわりであり濃厚な風味が口いっぱいに広がる。これまで生食以前にウニなど食べたことはなかったが、これも悪くはないとセラフィーネは思った。


「うん。美味い酒に美味い料理を出す店だ。いい店だな」


 ジークは刺身と一緒に芋の蒸留酒を味わっていた。芋は芋でもジークが知っているジャガイモなどで作られたものとは違うもので、ジークも初めて飲む酒だが酒精はそこそこに強くて美味い。


「美味しいれすね~! やっぱりお酒はみんなで飲むに限りますよ~!」


 わははっと人が変わったように笑うアレクサンドラ。彼女の方はもうすでに2杯目のグラスを手にしており、ハイスピードで酔い始めている。


「なあ、ジーク。こうしていれば人生を楽しめているとは思わないのか?」


 そこで不意に白ワインのグラスを片手にセラフィーネがそう問う。


「……確かに今は楽しいよ。実にね。だけど、ここにある光景がずっと続くわけじゃないってあんただって分かってるだろ? 俺たちは変わらないが、俺たちの周りのものは……あっけなく変わっていく」


 ジークはどこか諦観気味にそうセラフィーネに語った。


「この店も永遠に営業しているわけでもないし、味や出す料理が変わらないわけでもない。いずれは何もかも変わっていく。そう考えると、俺はこの世界から置いていかれたように感じるんだ」


「……そうか」


 ジークは自身の死を今も求めている。この長すぎる生にピリオドを打つことを、今もなお求めている。


「うえ~い! 景気悪い顔れすよ~! それならジークしゃまはいっそ神様を目指してどうでしゅか!」


「か、神様を?」


 アレクサンドラが突然妙なことを言い出したのにジークは困惑。


「そうれしゅ、そうれしゅ。神様の座を手に入れれば、この世界を見守ることができましゅよ~! 世界は変化するかもしれないれしゅけど、ジークしゃまは大勢と交流を持って見守っていけりゅんですよ~!」


「それは考えたことがなかったな」


 ジークはアレクサンドラにそう言われて苦笑する。神々になるなど冗談以上のなにものでもないのだ。


「それもいいかもな」


「あんたにしちゃ珍しいな。否定しないのか? 神々に対する冒涜だ~とかで?」


「しない。神々の中には確かに人間でありながら武力でその神の座を手に入れたものがいる。私はそういう実力者を尊敬するし、同時に神々の座が力で得られるものだとちゃんと認識している」


「そっかー」


 ジークはセラフィーネの意外な返答に少しばかり戸惑っていた。


 人一倍信心深いセラフィーネだ。神々のことは絶対であり、常に神聖視しているものだとばかり思っていた。だが、彼女のまた神々が神々たる所以をちゃんと理解しているようだ。そう、力があるから神になったという経緯を。


「まあ、俺が神様になるなんててんで無理な話だがね」


 ジークはそう言い、蒸留酒をちびちびとやりながら刺身をつまんでいく。


「わははは! もッと飲めば面白いアイディアがでりゅかもしれないれすよ~! 飲みましょう、飲みましょう!」


「おう! 飲むぞー!」


 ジークたちはそれからたっぷりと南方の魚介料理を味わい、たらふく食べて、酔いがしみわたるほど飲むと酔いつぶれたアレクサンドラを抱えて店をあとにした。


「少し冷えてきたな」


 ジークは背中にアレクサンドラのアルコールでぽかぽかになった体温を感じながらも、顔には海から吹いてくる冷たい風を感じていた。


 夜はすっかりと更け、月の光と街の明かりが頼りなく夜道を照らしている。


「今日はいつもより深酒してしまったな」


「俺もだ。酒も肴も美味くていい店だったな」


 ジークたちは夜道を進み、神々の神殿の丘を登り、神々の神殿に戻った。神々の神殿の回しは墓地や公園なのでこの時間帯は静まり返っている。


「ただいま」


「お帰りなさいませ、ジーク様、セラフィーネ様、アレクサンドラ様」


 ジークたちが神殿の礼拝堂に入ると神官たちが彼らを出迎えた。ロジーはこの時間帯にはすでに就寝しているのでいない。


「アレクサンドラ館長を頼むよ」


「はい。お任せください」


 ジークは女性の神官にアレクサンドラを任せて、自室に向かうとする。


「ジーク」


 そこでセラフィーネが彼を呼び止めた。


「どうした、魔女?」


 ジークは怪訝そうにセラフィーネの方を見て尋ねる。


「そのだな。私のことも名前で呼んではくれないか?」


 どこか恥ずかしそうにセラフィーネはそう頼んだ。彼女の頬が紅潮しているのは飲みすぎたお酒のためか、それとも……。


「……ああ。そういえば一度も名前で呼んでないな……」


 ジークはそこで指摘されて初めて気づいたようにつぶやく。


「じゃあ、お休み、セラフィーネ」


「……ああ。お休み、ジーク」


 初めてジークがセラフィーネの名を呼ぶのに、セラフィーネは微笑んで返した。


 ルーネンヴァルトの夜は更けていく……。


……………………

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