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英雄の条件

……………………


 ──英雄の条件



「そらよっと!」


 首が飛んだザガンの身体が停止し、ジークはそれを蹴り飛ばして起き上がる。


「酷い格好だぞ、魔女。全裸じゃん」


「うるさい。仕方がないだろう。服までは再生しないのだ」


 ジークが惜しげもなく裸体を晒しているセラフィーネにそう言い、セラフィーネは不愉快そうに鼻を鳴らしてそう答えた。


「これ、着ろよ。まだまだ続きそうだからな……!」


「ああ。そのようだ」


 ジークが自分が来ていたシャツを抜いで投げ渡すのにセラフィーネは素早くそれを身につけてザガンの方を睨むように見る。


 ザガンの倒れた体が再び動き出し、彼は自分の首を拾い上げると元の位置に戻す。


「ふははは! 今の私は不死身だ! 殺すことなどできない!」


 ザガンはそう高笑いを上げて、赤い剣状に凝集した魔力を振るう。魔力で形成された赤い剣は再びジークを襲おうとザガンによって恐ろしいほど素早く振るわれた。


「ちっ! 本当に不死身になったってのか!?」


 ジークは“月影”の刃でそれを迎え撃ちながら、ザガンを相手に剣戟を繰り広げる。


「いいや。ありえない。神々でなければ人を不老不死にすることはできん」


「神々でなければ、か……!」


 ジークはセラフィーネの言葉に思うところがあるようだったが、今はザガンの攻撃を防ぐべくザガンとの斬り合いを繰り広げた。


「どうした、勇者ジーク! お前と同じ不老不死となった私を恐れているのか!?」


「誰がお前なんかを恐れるかよ!」


 ザガンとジークが鍔迫り合いを繰り広げ、お互いを睨みつける。ザガンの顔には血管が浮かび上がっており、彼はひどく興奮している様子だった。


「ならば、恐れさせてやろう! この私を恐れるがいい!」


 ザガンはそう言ってジークを弾き飛ばすように剣を押し込み、ジークはばっと後退して“月影”を構えなおし、ザガンはさらに追撃を図る。


「相手はひとりではないぞ?」


 ここでセラフィーネがそのザガンの動きを制する。朽ちた剣で横合いから斬りかかったセラフィーネの一太刀によってザガンが右手を深く斬られた。皮一枚でとまっていた腕を抱えてザガンが後方に後ずさる。


「ははっ! そうだったな! 相手はふたりだ! 挑ませてもらおう!」


 ザガンは次にセラフィーネに斬りかかり、その速度と膂力でセラフィーネを押し始める。次々に繰り出される斬撃をセラフィーネは犬歯を覗かせて笑いながら受け止め、反撃の機会を狙い続けた。


「面白い。どこまでやれるか確かめてやる」


 セラフィーネはそう言い、一度後方にステップしてザガンから距離を取ると無数の朽ちた剣を召喚してザガンに向けて叩き込んだ。


 ぐちゃりとザガンの身体が砕け、ザガンの左半身が失われる。しかし、その傷はすぐさま回復していき、ザガンはものの数秒で再びセラフィーネに斬りかかった。


「くはははは! もはや私は死を超越した! 私は殺し続けて英雄になる!」


「ただ殺すだけでは英雄にはなれん!」


「笑わせる! 神々が讃える英雄など所詮殺した数を競っているだけではないか!」


 ザガンの魔力の剣とセラフィーネの朽ちた剣が激しくぶつかり続ける。彼らの魂と言葉もまた同時にぶつかり続けていた。


「ジークを見ろ。あれはただ殺し続けて英雄になったわけではないぞ!」


「黙れ! あれがなしたことを私がなしたことに大きな差があるというのか! やつは殺すことで平和をもたらしたが、私とて殺しによって平和をもたらしたのだ!」


「お前は平和などもたらしていない! このありさまが平和だとでも!?」


 セラフィーネの言葉と刃が、ザガンの言葉と刃がぶつかり合う。どこまでも激しく、火花を散らして。


「私を認めなかった軍と神々が悪いのだ! 何故私は英雄になれなかった……!」


 ザガンはそう苦痛を感じているかのように叫び、セラフィーネに一閃を放つ。セラフィーネは回避を試みたが、ザガンの剣はセラフィーネの腕を捉え、そのまま彼女の右腕を断ち切った。


 それによって朽ちた剣を落としたセラフィーネに向けてザガンがさらなる追撃を加えようとしたときだ。


「そういう女々しいところだよ!」


 その叫びとともにジークが横合いからザガンに斬りかかった。


「女々しいだと……!」


「ああ、そうだよ! 英雄を目指すのなら、一度や二度ぐらい折れたぐらいで自分を憐れみ、他人を呪うな! 何度でもやり直して挑戦するぐらいの気概を見せやがれってんだ! そういうところがお前は女々しい!」


「私の悩みをそんなくだらない言葉で片付ける気か……!」


 ザガンは次にジークとの斬り合いになり、“月影”の青白い光と魔力で形成された赤い剣が交わり、衝突する。


「ああ。片付けてやるね。お前の悩みはちっぽけでエゴまみれだ! モルガンの姉さんもアーサーのクソ野郎もお前を英雄だなんて認めやしないさ!」


「ふざけるな! 私には英雄になるために両手を血で染めたのだ!」


「だから何だよ! 英雄に重要なのは殺すことじゃなく、守ることじゃないのか!」


 その言葉と同時にジークの“月影”がザガンの赤い剣を弾き飛ばし、袈裟懸けにばっさりとザガンを深く引き裂いた。鮮血が舞い散り、ザガンが苦痛の表情を浮かべる。


「おらおらおら! どこまで不死身でいられるか試してみろよ!」


 ジークはそれから連続してザガンを斬り刻んでいき、ザガンが繰り返し斬撃を受けてよろめきながら血を流していく。


「無駄だ! 今の私は不死身だ!」


 ザガンはそう咆哮し、ジークに向けて新たに形成した剣を向けようとするが様子がおかしい。先ほどまでの巨大な赤い剣は形成されず、ダガーより大きい程度の小さな刃が形成されたにとどまったのである。


「これは……!」


「やはり完全な不老不死ってわけじゃないな」


 ジークはザガンの不老不死は不完全だと見抜いていた。


 これまでの経緯を思い出せばそれは分かる。黒書結社の幹部であったパイモンは不老不死を求めていた。もし、それがあの白髪の少女に与えられるものだったのならば、わざわざパイモンは大図書館にその答えを求めなったはずだからだ。


 つまり、白髪の少女が与えた不老不死には限界があるということ。


「だが、私はまだ戦える!」


 ザガンはそう叫び、ジークに向けて刃を向けるがダガー程度の刃とジークの巨大な“月影”ではリーチが違いすぎた。


「無駄だ。諦めろ!」


 ジークはザガンの刃を斬り払い、すぐさまカウンターに“月影”の刃をザガンの胸に突き立てた。


「ぐはっ……!」


 ザガンの回復速度も低下している。傷がなかなか回復せず、残ったままで、徐々にその偽りの不老不死は限界を迎えつつあった。


「まだだ、まだ、私は……英雄に……!」


 次の瞬間、ザガンの身体が崩壊を始めた。傷を回復させるために強引に他の場所から魔力や栄養が奪われていき、傷は回復しているが他の場所がミイラになったかのように枯れていく。


「ああ、ああ! 私はまだ……! まだ……!」


 ザガンは思い出していた。自分は英雄になりたかったわけではない。ダルテンベルクにて躯の山を築いたときに受けた衝撃から、そのなかにまだ幼い子供の死体を見つけたときの衝撃から癒されたかっただけなのだと。


 誰がか『あれは君のせいではない。戦争が悪かったのだ』と言ってくれていれば、ザガンが英雄に固執することもなかっただろう。


 だが、そのような仮定の話は今は無意味だ。


 ザガンの不老不死は破綻し、彼はミイラになって崩れ落ちた。


「……終わったか」


 ジークはザガンが完全に動かなくなったのを確認してそう呟く。


「哀れな男だったな」


「そうだな。英雄になったところであらゆる問題が解決するわけではないってのに」


 セラフィーネがザガンの死体を見て言い、ジークも肩をすくめて同意した。


「さあ、脅威は去った。あとは生き残った人間を助けないと」


「ああ。パウロたちが無事に逃げきれているか確認してこよう」


 無事にザガンを倒したジークたちは、次にパウロたちが無事化を確かめに向かう。


「ジークさん、セラフィーネさん!」


「パウロ隊長! その、家族は無事だったか?」


 パウロたちは公園の外にある建物の中で待っており、ジークは少し遠慮気味にそう尋ねる。もし、パウロの家族に何があったらと考えると、率直には尋ねずらい。


「大丈夫です。全員が無事です」


 パウロはそう言い、建物の中に避難した民間人たちをジークに見せる。その中にはパウロの家族であるフィリップとベルタたちもいた。彼らは憔悴しきっているものの、ケガもなく、命に別状はなさそうだ。


「よし。無事に解決、か?」


「そのようだな」


「ただ、今回の無視できない犠牲が出たな……」


 パイモンによる魔法学園でのテロしかり、今回のザガンによるテロしかり、民間人への攻撃が続き、彼らの犠牲が目立ち始めていた。


「それが連中の狙いなのだろう。正面から戦いを挑まず、民間人という弱い立場の人間を攻撃する。それで私たちが音を上げると、そう思っているに違いない」


「実際、こんなことが繰り返された音を上げそうだよ」


 いくらルーネンヴァルトの民間人が犠牲になろうとヘカテは大図書館に封印されている知識を公開しないだろうが、そうであるがゆえにそのしわ寄せはジークたち実働する人間にかかってくるのだ。


「ジークさん、セラフィーネさん。今は憲兵隊本部に戻りましょう。そこで他の被害に遭った地域への救援や治安維持に向かう必要があります」


「オーケー。戻ろうか」


 パウロにそう言われ、ジークたちは一度憲兵隊本部へと戻った。


「ジークさん! パウロ隊長たちは無事ですか……?」


「ああ。無事だ。家族も、あの通り」


 憲兵隊本部に戻ってくるとエマが心配して駆けつけ、ジークはパウロに遊んでもらっている彼の子供たちを指さす。まだ幼い子供たちはパウロの逞しい腕にぶら下がったりして、父親との無事の再会を喜んでいた。


「よかった……」


 その様子を見てエマもそう呟く。


「で、これから救助を始めなきゃならん。エミール、俺たちも可能な限り手伝おう」


「はい! オレも頑張ります!」


 それからジークたちは狙撃を受けた大通りに向かい、そこで家屋の中に避難したものの傷を負っていた人間たちへの手当てを始めた。


「勇者ジーク、魔女セラフィーネ」


「ロジー。手伝いに来てくれたのか?」


「ええ。もちろんです」


 そして、事件の主犯が制圧されたのを見て、ロジーたち神殿の神官たちもジークたちを支援しにやってきた。


「まずは公園に仮設の収容所を作って、そこに怪我人などを運びましょう。病院や神々の神殿には全員を収容できませんから。神殿はもちろん魔法学園にも回復魔法が使える人間に集まるように言ってあります」


「了解だ。指示をくれ。その通りに動く」


 ロジーはてきぱきと大規模災害の際の医療体制構築というのをやってのけ、公園には仮説の病院が作られて、そこでザガンの狙撃を受けた大勢が治療を受けた。


 神殿からは神官たちが、魔法学園から学生も含めた魔法使いたちが動員されて、それぞれが必死に治療に当たった。


「ふう。この街にロジーがいたのが不幸中の幸いだな。彼女のおかげで死ぬ人間はかなり減ったんじゃないか?」


 ジークは公園でテントを立てる手伝いをし、怪我人を運びと働きづめだったが、ようやくそれらの仕事が一段落して休憩していた。


「まさにな。流石はヘカテの眷属だ。立派なものだよ」


「ああいうのが本当の英雄っていうんだろうにな……。あの男はそのことを分かってなかった……」


「ザガンは完全に間違っていたな」


 ジークがどこか憐れむように言い、隣に立つセラフィーネがそれに同意する。


「ジークさん、セラフィーネさん。お疲れ様です。これをどうぞ」


 ジークたちが休憩しているとエマが現れ、食事を運んできてくれた。サンドイッチとワインだ。サンドイッチは分厚いベーコンやトマト、チーズなどの具沢山で、ワインの方は酒精が軽いものである。


「おお。ありがとよ、エミール。いただくぜ」


 ジークは受け取ったサンドイッチをばくりと頬張る。ベーコンは固くなく脂がほどよくついており、トマトなどの野菜は新鮮、チーズは風味がいい。それらをばくばくとジークは貪るように食らい、それからワインをぐびぐびと飲む。


「ぷはっ! 今日は昼抜きだったから飯が美味いぜ」


 ジークはそう言って残るサンドイッチにも手を付ける。


「ジークさん。……オレ、オルデンシュタイン家とやり直せるか考えてみることにしました」


「そうなのか? 何かあったのか?」


「そんなに劇的なことじゃないんですけど、パウロさんの家族を見てたら、家族っていいなって思えて……それで……」


 エマは少し恥じるようにそう言う。


「いいことじゃないか。エミール、お前はまだ生きてて、アルブレヒトさんもまだ生きてる。ふたりが生きている限りその関係はやり直せるさ。遅くても、やらないよりはマシっていうだろう?」


「そうですよね。ありがとうございます!」


「礼はパウロ隊長に言いなよ」


 エマが笑顔で礼を述べるのにジークは苦笑してそう返したのだった。それからエマは他の人に食事を届けに去っていく。


「しかし、理解できないことがある」


 エマが去ってから不意にセラフィーネがそう言い始めた。


「不完全かつ疑似的とは言えどザガンは不死身になっていた。あの回復速度などは回復魔法で説明がつく話ではない。あの男は一体何をしたんだ?」


 セラフィーネがの疑問にジークの表情が険しくなる。


「……俺は邪神を討伐したことで勇者になった」


「ああ。知っている」


「しかし、俺は邪神であった存在が消えるのは見ても、その死が確実なものだったか確認していない。神々は俺は間違いなく邪神を倒したとそう言ってくれたが、俺はずっと疑問だった。本当に邪神が倒せていたのか」


「まさか……」


 ジークが突然この話を始めたのにセラフィーネがその真意を察し始めた。


「ああ。時計塔の展望台に邪神だった存在がいた」


 雪のように真っ白な白髪。純粋無垢な子供のような顔立ちに瑠璃色の瞳。幼い体に纏った汚れなき白いワンピース。それは以前、ジークが殺害したはずの──邪神のそれであったのだ。


「しかし、お前が邪神を倒したのは500年前だぞ。それが今になって……」


「理由は分からないが、あのクソ野郎の顔を見間違うことは絶対にありえない。俺はこの不死身の体になる前はあいつを殺すことだけを考えていたんだ。それにあいつを倒すべく斬ったときのこともずっと覚えている。500年経ってもなお」


「そうか……。邪神が復活し、悪魔崇拝者たちに崇められているというわけか」


「ああ。そういうことだ。あいつが本当に邪悪なのは、神々以上に人間を見下し、駒どころか玩具としてしか見ていないことだ。あいつは自分で手を下すのではなく人間に虐殺をそそのかし、殺戮を命じ、それを楽しんでいる」


 そう語るジークは眉間に深いしわが刻まれ、瞳には殺気が満ち、これまで見たこともないような険しい表情を浮かべていた。


「邪神フォーラント。俺は再びやつを倒さねければならない」


 ジークはそう固い決意を告げた。


……………………

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