英雄になったもの、英雄になれなかったもの
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──英雄になったもの、英雄になれなかったもの
パウロがザガンにその目論見を見破られていたとき、ジークたちは公園の地下まで到達していた。まさにもう少しで公園に乗り込めるのだ。
「ここから上に上がれる」
ジークは公園内に通じているマンホールを蓋を指してそういう。
「待て。まずは偵察が必要だ。見られていたらパウロが危ない」
「そうだな。慎重にやろう」
セラフィーネがそう言い、ジークは慎重にマンホールをずらすとそこから周囲を見渡した。地上に人の姿はなく、芝生が広がっている。そこからジークはさらにマンホールを開いて上空を見るが、あの烏の魔獣の姿もない。
「クリアだ。大丈夫そうだぞ」
「では、行くとするか」
ジークたちはマンホールを開くと、すぐさま公園の敷地内に侵入。
「あれが時計塔だ」
「少し離れているな。いけるか……?」
セラフィーネがそう白亜の塔を見上げていい、ジークが魔獣などに見つかることなくそこに到達できるかを考える。
「ここまで来たら、あとは急ぐしかない。時間が経つほどパウロのいう交渉がはったりだと敵に気づかれる」
「オーケー。それならここからは大急ぎで進もう」
ジークたちはそのまま真っすぐ時計塔を目指した。
まだ間に合うはずだ。そうジークたちは思っていた。
「もう少し、もう少しだ……」
ジークたちは可能な限り静かに、だが確実に急いで時計塔を目指していく。この奇襲が成功すれば大勢を救える。逆に失敗すれば大勢が死ぬことになってしまう。
責任は重大だ。それを覚悟してジークたちは可能な限り公園内の物陰を利用しながら、時計塔に迫っていく。
* * * *
そのころ、パウロはザガンに選択を突き付けられていた。
自分が死ぬか、家族が死ぬか、と。
ぎりっとパウロが歯を食いしばる。
「殺すならば私を殺せ。家族には手を出すな」
それからパウロははっきりとザガンにそう告げた。
「実に勇敢だな。君ならばそう答えるだろうと思っていたよ。ここでよくある三下悪党ならば、あえて家族の方を殺すのだろうが、私はそんなエレガントさに欠いたことをするつもりはないので安心したまえ」
ザガンはそう言って笑うとパウロの方にステッキを向ける。
「では、死ぬがいい」
そして、パウロの頭に向けて魔力による狙撃が放たれようとし──。
しかし、その攻撃はパウロの額を貫くことはなかった。攻撃は逸れて、パウロの右腕をかすめると地面に穴を穿ったのだ。
「何が──」
困惑するパウロが周囲を見渡すと、ザガンが持っていたステッキが地上に向けて落ちてくることであった。その持ち主であるザガンは自分の右腕を抑えて呻いている。
「まさか、どうやってここまで魔獣たちに気づかれずに来たというのだ……! 勇者ジーク、魔女セラフィーネ……!」
ザガンが憎悪に満ちた視線で見るのは、そう勇者ジークと魔女セラフィーネだ。セラフィーネの放った朽ちた剣がザガンの右腕を斬り、狙撃を阻止したのである。
「あんたのその声……オスヴァルトか!」
ジークはザガンの声を聞いて、その正体を見破った。そう、オスヴァルトこそが黒書結社の幹部であるザガンだ。
「いかにも……! だが、それを知ったところで今さら何の意味もない!」
ザガンはそう叫ぶとジークたちに向けて右手を向ける。
すると、散弾でも浴びたかのようにジークの左半身が砕け、彼が苦悶の表情を浮かべながら右半身で“月影”の刃を構えて身を守った。次の攻撃は“月影”によって防がれ、やはり散弾が命中したかのような金属音を立てる。
「魔女。この攻撃の正体は何だ?」
「恐らく魔力を凝集させたものをそのまま放っている。鉛玉の魔力版だな」
「オーケー。それが分かればどうにかなりそうだ!」
セラフィーネがザガンの攻撃を素早く分析し、ジークはすぐさま左半身を回復させると前に踏み込む。
「おお! この私もこうして英雄に挑めるとはな! まさにエレガントだ!」
ザガンはそれに対してセラフィーネの分析通り、魔力を凝縮させたものを打ち出した。対人戦、それも接近戦向けの散弾として。
この世界にはまだ個人が携行する散弾銃という武器はない。あるのは火砲で使用するぶどう弾などの砲弾だけだ。
それゆえザガンがイメージしていたのも散弾銃としての小規模な散弾ではなく、そのような大口径の火砲で叩き込まれる散弾であった。
大口径の火砲の散弾は個人ではなく、群衆をひき肉に変える威力がある。さらにザガンのそれは音も姿もなく発射されるものだ。ジークたちには発射されるタイミングも、弾丸の位置も予想できない。
いきなり襲い掛かる見えない銃弾を迎え撃つには遮蔽物や盾を常に利用するしかない。あるいは不死身の肉体に物を言わせて強引に突破するかだ。
「先に行くぞ」
「ああ。敵の攻撃は可能な限りこっちで引き付ける!」
セラフィーネは後者をジークは前者を取った。
セラフィーネは空間転移を駆使しながらも、散弾の中を強引に突破していく。肉体が削られ、破壊され、傷ついてもセラフィーネは突撃を続けた。傷は癒えるし、死ぬこともない彼女であるからこそできる手段だ。
ときおり散弾の直撃を受けて大量の血を流しながらも、彼女は不敵な笑みを崩さず、時計塔に向けて突き進んでいく。
「おらおら! 撃ってきやがれ!」
ジークの方は“月影”を盾にして前進していた。
吸血鬼の刀匠が鍛えた“月影”はザガンの散弾程度では傷ひとつつかない。ジークはそれを盾にして、前へ、前へと前進していく。
「流石は勇者と魔女だ! 英雄たちだ! 恐ろしい相手だよ、君たちは!」
ザガンはそんな状況でも時計塔の上から哄笑し、次なる一手を打った。
「ぐおっ……!」
次に放たれた攻撃は散弾ではなかった。“月影”の刃が悲鳴のような金属音を立て、ジークが数メートル後方に弾き飛ばされる。
「それ以上は近づかないでもらおう。私はまだこの特等席で楽しみたいのでね!」
セラフィーネに向けても同様の攻撃が行われ、直撃を受けた彼女が下半身を完全に破壊され、その歩みが停止する。
「なるほど。散弾じゃなくてそのままの通常砲弾で攻撃してきたわけか」
「それが分かったところでどうしようもあるまい?」
セラフィーネが上半身だけで言うのにザガンはそう笑うとセラフィーネの上半身も砲弾で吹き飛ばした。セラフィーネの体は完全にばらばらの肉塊に成り果て、一時的に戦闘不能となる。
「おいおい。俺たちをミンチにしたって無駄だってことは分かってるだろ? 降参するなら今のうちだぜ?」
ジークはセラフィーネが再生するまでの時間を稼ごうとそう言ってザガンの気を引く。ザガンはそれに嘲るようにくつくつと笑って返した。
「いかにも! 君たちをここでいくら痛めつけても埒があかない。それならばいっそ他の目標を攻撃すべきかもしれないな」
「おい、まさかお前……!」
「言ったはずだ。要求が受け入れられなければ虐殺を行うと」
ザガンが次に狙ったのはジークたちではない。ルーネンヴァルトの市民たちだ。
「ここからはよく見える私という戦士を前にひれ伏したルーネンヴァルトの姿がな。私は知の女神ヘカテを屈服させたに等しいのだよ。ふはっ、ははははっ!」
ルーネンヴァルト全域をザガンは攻撃できる。そして、彼を助ける魔獣の存在もあって彼には狙うべき市民の位置も分かるのだ。
彼は虐殺を行おうと思えば、間違いなくそれを実行できる。
「……あんたは英雄になりたかったと言っていたよな? 戦神モルガンに認められたかったって言っていただろう?」
「それがどうかしたかね?」
「今の自分の姿を見てみろよ。それが英雄の姿か?」
ジークはザガンに向けてそう言い放つ。
「民間人を相手に暴力で脅し、俺たち戦士との戦いを避ける。それが英雄だってあんたは思っているのか?」
「……お前に私の何が分かる……!」
ジークの挑発するような言葉にザガンが仮面を投げ捨てた。
「反乱を鎮圧せよという命令だった! だから我々はそうしたのに作戦が終わればお払い箱! 勲章も一切の名誉もなく、与えられたのは“ダルテンベルクの虐殺者”という二つ名だけ! どうした私をだれも認めなかった!?」
ザガンが叫ぶ。オスヴァルトとして叫ぶ。
「私だって好きでああしたわけじゃない! そうしなければ反乱の鎮圧には多大な犠牲が出ると判断したからそうしたのだ! それを理解せずにあとになって『ああするべきだった』だの『あれは非人道的行為だ』などと!」
ジークにはザガンが何を訴えているのかは分からなかったが、間違いなく時間は稼げているということは分かっていた。あとはザガンが本当に民間人を相手に虐殺を始める前に倒すだけだが……。
「誰も私を理解していない! 私を英雄と讃えない!」
「オーケー。事情は分からんが、英雄として認められる方法はあるぜ?」
「……なんだと?」
ジークがにやりと笑って言うのにザガンが彼を睨むように見る。
「俺をタイマンで倒してみな。英雄神アーサーに認められた俺を復活するのを拒むくらいぼこぼこにしてみろよ。そうすりゃあんたは一応は勇者である俺を超えた英雄だ。あんたにそれができるならばな!」
ジークはそう言って“月影”を構えた。
「……ふはは。いいや。その手は乗らんよ、勇者ジーク。不死身であるお前を殺すことはできない。そして、私は軍事として殺しに価値を見出している。たとえ虐殺者と呼ばれようと私にとって殺しは手段であって目的ではない」
ザガンがそう言ってにやりと笑う。
「私の目的は変わらずヘカテに祝福されたこのルーネンヴァルトを屈服させ、大図書館の秘密を暴くこと。それに興味がなかったとしても、私は軍人として作戦の目的を優先する。さあ、虐殺の始まりだ!」
「待て。この野郎──」
ジークがザガンを止めようと叫んだときである。銃声が響いた。
「あ……?」
ザガンの白いタキシードの胸が赤く染まり始め、ザガンは理解できないという顔でそれを見つめていたがやがて床に崩れ落ちた。
「パウロ隊長!」
「今のうちにザガンの確保を!」
発砲したのはパウロだ。足首に小さな拳銃を隠し持っていた彼が発砲し、その銃弾がジークたちに注意が向いていたザガンの胸を貫いたのである。
「了解だ! 任せてくれ!」
ジークはすぐに時計塔に突入し、最上階を目指す。途中にはザガンに殺害された市民の死体などが転がっており、それを見たジークが厳しい表情を浮かべる。
「ザガン! ここまでだぞ! 覚悟──」
ジークが最上階に踏み込んだとき、彼の表情が驚愕のそれになった。
「やあ、勇者ジーク。久しぶりだね?」
そこには展望台の手すりに寄り掛かったザガンと──白髪の少女がいた。白いワンピース姿の幼い少女だ。
その白髪の少女を見たジークの表情が驚愕から、憎悪のそれに変わっていく。
「どうしてお前がここにいる……!」
ジークはそう言い放ち、“月影”の刃を彼女に向ける。
「ああ。そうだったね。君は私を殺したつもりだったんだ。私の汚れなき身体と無垢な魂を斬り刻んで、ばらばらにして、叩き潰して……。君は本当にひどいことをしたよね? でも、私は怒っていないよ。全然怒っていない。本当さ」
にこにこと少女は純粋無垢に笑い、そうジークに語り掛ける。
「お前が黒書結社の崇める悪魔というわけだな。答えろ!」
「その通り。私が黒書結社を組織させた。君たちが殺したパイモンも私が導いていた。彼のことは残念だよ。彼はただ奥さんを失った悲しみから不老不死を求めていたのに、あんな結末を迎えるなんて。神々というのは本当にひどいやつらだ」
「ふざけるなよ。お前がそそのかしたんだろう。大勢を殺すように……!」
「おや? 君は知っているはずだ。私にそんな力なんてないことを。人を操るような魔法も奇跡も私は使えない。全ては私の話を聞いた上で彼らが決めた、彼ら自身の判断にすぎない」
「減らず口を……!」
ジークが“月影”を構えたまま少女に迫る。だが、彼が迫るごとに少女が一歩ずつ後ろに下がっていく。
「おっと。また斬り刻まれるのはごめんだよ。それより君にはまだそこの英雄志願の相手をしてもらわないと、ね」
少女がそう言うとザガンがかはっと血を吐き、それからその身を起き上がらせた。
「さあ、英雄になれるといいね、ザガン。君の健闘を祈るよ」
「待て、このクソ野郎──」
ジークは少女を追おうとするが、それを遮ったのはザガンだ。
ザガンは恐ろしいほどの腕力でジークの腕を掴むと彼を時計塔の展望台から真下の地面に向けて放り投げた。ジークは思わぬ奇襲に対応できず、そのまま地面に向けて落下していく。
「かはっ……!」
ジークは落下し、その衝撃で骨が砕け、肉に骨が刺さる。肺も一時的に潰れ、呼吸が困難になるが、ジークは気合を入れてそれらを回復させていく。
「なっ!?」
だが、予想外だったのは彼を下に叩き落したザガンがそのままジークの上に落下してきたことだ。ザガンは展望台から飛び降り、ジークの上に降下するとその手に赤く光る剣状の物体を構え、その刃をジークに胸に突き立てた。
「ふははははは! 私はまだまだ戦えるぞ、勇者ジーク! お前を殺し、ルーネンヴァルトの全ての市民を殺し、私は英雄になるのだっ!」
完全に理性が崩壊したのが分かる狂った表情でザガンがそう宣言し、刃を何度もジークの胸に突き立てる。鮮血が水音を立てて飛び散り、繰り返される攻撃を前にジークは防御することも反撃することもできない。
「死ね、死ね、死ね、勇者ジーク! 私がエレガントな勝利を得るために! 英雄になるために! ふひひっ、ひははははは!」
そうやって狂った笑い声をあげるザガン。彼はもう正気ではなかった。
「ザガン!」
そこでパウロが次弾を込めた拳銃でザガンを銃撃する。ザガンの腕が銃弾を受けて血を流すが、すぐに流れた血が逆再生するかのように体に戻り、傷がいえていく。
「見たか、見たか、勇者ジーク! 今や私も不老不死だ! 同じ不老不死だ! 英雄になる条件を満たしたのだ! 私はこれから英雄となってやる!」
「順番が……逆だ、阿呆……!」
ジークは不老不死だから英雄になったわけではない。英雄になったから不老不死にされてしまったのだ。そんなことも分からないぐらい、今のザガンは完全に発狂してしまっていた。
「パウロ、隊長……! 部下と市民を連れて、逃げろ!」
「……分かりました!」
パウロも今の超常的現象の影響を受けているザガンに打てる手はないと判断して、撤退の準備を開始する。速やかに公園にいる市民と部下を連れて憲兵隊本部へと撤退することが今の彼がやるべきことだ。
「この野郎……! いつまでも人の上に──」
そこでザガンの首が飛んだ。
「ふん。多少タフになっただけで英雄になれるなどと図に乗るな」
「魔女……!」
そこにはぼろぼろになった軍用外套のみを羽織ったセラフィーネがいた。彼女がようやく復活したのである。
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