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陽動と本命

……………………


 ──陽動と本命



 憲兵隊本部にて状況への対処を考えているジークたち。


「相手は俺と魔女のことも把握していた。俺たちが時計塔まで強行突破するのは簡単だろう。しかし、それだと民間人への犠牲は避けられない」


「不死身の我々を止めるための人質だろうからな」


 ジークとセラフィーネはそれぞれそう言う。


「そして、上空には俺たちを見張っているだろう魔獣だ。どこからどう近づいても相手には察知されちまう」


 上空には今も(カラス)の姿をした魔獣が飛んでおり、そこからの視線によってジークたちはその動きを見張られている。


「ルーネンヴァルトのほとんどの市民が人質にされているような状況だ。しかし、私とジークならば犠牲を問わずに動けば相手を殺すことはできるだろう。ただ、それはジークが望んでいない」


「ああ。可能な限り民間人を助けたい。俺のわがままかもしれないが……」


「お前はそれでいいんだ」


 ジークがやや申し訳なさそうに言うのにセラフィーネはそう励ますようにはっきりと言った。


「……まず、我々は狙撃手の人数と本当に狙撃手が時計塔にいるかを把握すべきだと思います」


 ここでパウロがそう言う。


「狙撃手の人数か。私はひとりだと考えている。根拠はいくつかある」


 セラフィーネがそう語り始めた。


「まず攻撃が行われた範囲と規模、そして速度。どれも複数人にしては狭く、小さく、遅い。私はそのように判断した」


 それからとセラフィーネは続ける。


「相手は交渉時刻を夕刻までとした。それは長期戦をやる体力が自分たちの側にないと薄情しているようなものではないか。有利な狙撃地点に陣取り、これからいくらでもルーネンヴァルトを脅かせるのに時間を区切ったのは、狙撃手がひとりだからだろう」


 交代する人員がおらず、ひとりがいつまでも狙撃地点で街を見張る必要があるのだとセラフィーネは推理した。


「時計塔にいるかどうかは?」


「それは確認が難しいな。だが、この大通りを射線に入れられるのはあの時計塔しかないはずだ」


 こうして狙撃手の人数と場所は再確認された。


「なるほど。しかし、それが分かるとできることがあるのか?」


「相手がひとりなら交渉を持ちかける振りをして注意を引くこともできるでしょう。その隙に行動を起こすこともできるはずです」


「確かにな。だけど、敵はそれを想定しているはずだぜ。これだけあくどいことをやらかした野郎が、こっちがだまし討ちをしないとは考えていないだろうしな」


「ええ。あくまでこちらは陽動です。我々は注意を可能な限り引きながらも、ひそかに時計塔に到達しなければなりません。そして、その方法を今思い出したところなのです」


「おお?」


 パウロが言うのにジークたちが興味を示す。


「大尉。スライム討伐の際の資料を」


「はい、司令官」


 パウロが命じると若い将校がスライム討伐の際にアレクサンドラたちが準備した資料を運んできた。


「スライム討伐の際の資料ってことは……」


「ええ。地下です」


 パウロが示したのは──地下だ。スライム討伐の際に調べた地下下水道の簡単な図面をパウロはテーブルの上に広げた。オリジナルの詳細なものはネルファの下に秘蔵されているが、そのあとで簡単に書き示したものは憲兵隊本部に保存されていた。


「地下下水道は公園まで通じています。何とかして地下下水道に潜り、そこから公園まで迎えば完全な不意打ちに成功するはずです」


「いいアイディアだな。問題はどこから地下下水道に入るかだが……」


 パウロの計画にセラフィーネがそう言って図面を眺める。


「それについてはご心配なく。前に地下の留置所から脱走しようとした男がいたのです。その男は壁に隠し持っていた爆薬で穴をあけて逃げようとしたのですよ。壁の向こうに下水道があると知っていてですね」


「ほう。つまり、留置所の壁を破壊すれば、その先は地下下水道か」


「ええ。まさに」


 憲兵隊本部の地下には留置所があり、そこの壁の向こうには下水道が広がっている。そのことは以前起きた脱走未遂事件で確認されているのだ。


「よーし。そうと決まれば動き始めようぜ」


「待て。まずは作戦だ。誰が囮として交渉をする振りをし、誰が地下下水道から公園に、そして時計塔に到達するかだ」


「おっとっと。そうだな。囮なら俺たちが適役だろう。死なないしな」


「それでは相手は信頼しないだろう。死なない我々が交渉に赴けば、だまし討ちをしますと言っているようなものだ。囮役は相手にとってはいざという場合の人質のようなものだからな」


「だけどな。囮役はいざってとき危険だぜ?」


 セラフィーネの指摘にジークは渋い顔をした。


「私が引き受けましょう」


 そこで声を上げたのはパウロだ。


「パウロ隊長が? 危険だって言っただろ?」


「だからこそです。部下に危険な場所に行けと命じ、自分だけ安全な場所にいるわけにはいかない。ここは私がいかなければならないのです」


「でも、家族が……」


「義務を果たさず、逃げて帰ってきても家族は喜びませんから」


 ジークが戸惑うのにパウロはそう言い切った。


「見事だな。勇敢な戦士そのものだ。ならば、囮役はお前に任せる。我々は地下下水道から時計塔までの突破を目指す」


「頼みます」


 セラフィーネはそうパウロを笑みを浮かべて賞賛し、パウロはセラフィーネたちに時計塔の狙撃手を仕留めるのを任せた。


「動くぞ、ジーク。留置所の地下から下水道に潜る」


「あいよ。だけどさ、パウロ隊長」


 ジークはセラフィーネではなくパウロの方を向く。


「死ぬなよ。家族はあんたが生きて帰ってこないのが一番悲しむぜ」


「……分かっています」


 ジークの言葉にパウロは静かにうなずいた。


 そして、作戦が開始される。


 パウロたち憲兵は屋上に向かい、時計塔の方に『交渉の準備アリ』との発光信号を送る。狙撃されることに備えて身を隠して送られた発光信号に敵が気づくかどうかが問題になったが、敵は気づいた。


 すぐにあの複眼の烏がパウロたちの下に舞い降りてくる。


『交渉を認める! 1名だけ非武装で時計塔に来い! おかしな真似をすれば虐殺をすぐにでも開始する! 以上!』


 烏はそう告げて再び飛び上がった。


「よし。では、行ってくる」


「ご武運を、司令官」


 パウロはすぐに武装を解いて、憲兵隊本部から出て時計塔を目指した。


 大通りには生々しい血の跡が残っており、パウロはそれ見て家族のことを思う。ただひたすら無事であってくれと。


 そのころ、ジークたちは地下の留置所に向かっていた。


「この壁か?」


「ええ。そこです。壊しましょう」


 ジークたちが向かった留置所は今は収容されている人間はおらず、無人の場所であった。地下ということで少しじめじめし、かび臭さも感じる。留置所そのものも古く、鉄格子は少しばかりさびていた。


 そんな場所で一角だけ真新しい壁がある。そこが以前脱走を試みた人間が爆破した場所だった。ジークたちはその一室に入り、壁の破壊すべくつるはしを手に取った。


 ガンガンと壁をつるはしで叩けば、壁が崩れ始め、その向こうに悪臭を漂わせる下水道が見えてくる。ジークたちは慎重に下水の中に入れるかどうかを確認した。松明を持ったジークが先行して入り、万が一以前のようにスライムなどが待ち伏せていないかを索敵していった。


 地下下水道は相変わらずネズミの類はいないが、昆虫の類は再び増え始めていて、ジークが下水に踏み込むとかさかさと虫が散っていった。


「オーケー。大丈夫そうだ。いけるぞ」


 ジークは親指を上げてサムズアップし、安全であることを伝える。


「あとは道を間違えないように進まなければな」


「ああ。それから時間も大事だ。時間をかけすぎれば、それだけパウロ隊長の交渉がはったりであることがばれちまう」


「相手は強敵で時間制限もあり。なかなかに厳しい戦いだが、戦い甲斐がある」


「さいですか」


 そして、ジークたちは憲兵数名とともに地下下水道を時計塔に向かった。



 * * * *



 パウロが憲兵隊本部を出て、ジークたちが地下下水道に入ったとき、時計塔では閃光卿ザガンがルーネンヴァルトの街を見渡していた。


 日が落ちるまでは残り数時間。まだ太陽は赤々と輝いている。


「私がこの時計塔にいるだけで、ルーネンヴァルトの街は死んだようになっている」


 仮面を外したザガンがそう呟きながらランチボックスに入っていた赤ワインをボトルごと口に運んで飲み、同じくランチボックスに入っていたサンドイッチを取り出して味わう。ベーコン、トマト、チーズ、葉物野菜を固めのパンで挟んだものだ。マスタードがたっぷりと入っており、目がさえる刺激である。


「エレガントじゃあないか! まさに私ひとりでルーネンヴァルトを征服したようなものだ! 実にエレガントだ!」


 くすくすと笑いながらザガンは時計塔からルーネンヴァルトの静まり返った光景を見渡す。この時間帯でも賑やかであるはずのルーネンヴァルトは葬式が開かれているよう名静けさで、まさにザガンという狂人の手によって制圧されてしまっていた。


「私はエレガントにこの征服を成し遂げた。だが、今もモルガンは私を認めず、か」


 それから忌々しげにザガンはそう呟く。


 彼がこの手の狙撃による制圧を行ったのは、これが初めてのことではない。


 かつて彼が従軍していたときに、彼はダルテンベルクという都市で起きた反乱鎮圧作戦に動員された。その作戦は『レルネーのヒュドラ作戦』と呼称され、反乱を起こした市民を可能な限り迅速に制圧することが求められていた。


 その作戦にてザガン──オスヴァルトの部隊は市街地に少人数で潜入して、ダルテンベルクにある神々の神殿の鐘楼に立てこもった。そして、大勢が予想している通り、そこからオスヴァルトたちは魔法で市民たちを狙撃していったのだ。


 それは無差別の狙撃だった。鐘楼から見えた人間全てがターゲットになり、次々に狙撃されていった。街の中心にあった神殿は、ルーネンヴァルトの時計塔のようなものであり、大通りを見渡せたことで絶好の狙撃地点になっていた。


 撃て、撃て、全てを撃ち殺せ! この街にいる反乱分子を殺し尽くせ! とそうオスヴァルトは部下に命じた。


 そうやってオスヴァルトと彼の部下は動くもの全てを狙撃した。それによって反乱を起こし、敵意から来る熱意に満ちていた都市は数日で氷のように冷たくなったのだ。


 オスヴァルトたちは何日も、何日も神殿からの狙撃を続けた。大通りは回収できない腐敗した死体であふれかえり、烏たちだけが死体を食むために飛んでいた。反乱は急速に縮小していき、やがて鎮圧されていった。


 オスヴァルトはその光景と結果を誇った。自分の活躍はエレガントであり、軍の高官からも、神々からも認められるべきものだと思っていた。


 だが、軍の高官たちは表向きはオスヴァルトと彼の部下を讃えて、オスヴァルトを昇格させた。だが、実際には民間人に大量の犠牲を出していたことで、高官たちはオスヴァルトの部隊を疎み始めていた。


 そして、神々はオスヴァルトのことなど見向きもしないように沈黙していた。


 オスヴァルトたちが任務を終えて神々の神殿の礼拝堂に入っても、神々は、戦神モルガンは何の言葉も寄越さなかったのだ。


「この私が神々の神殿を取り戻し、暴徒どもから守ったというのにな。誰も私を認めようとしなかった。だが、今度こそ私が優れた戦士であるということを、エレガントな兵士であるということをこの世の全ての人間に認めさせてやろうではないか!」


 はははと哄笑してオスヴァルト──ザガンはそう宣言する。


 ヘカテに祝福されたこのルーネンヴァルトの存続を、たったひとりの戦士が脅かす。それは神々であろうと認めざるを得ないことのはずだ。それが神々の敵である悪魔崇拝者であれども。


「来たぞ!」


 そこで男の声が時計塔の下から聞こえてきた。パウロの声だ。


「おっと。客人が来るのだった。うっかりしていたよ」


 ザガンはサンドイッチの残りを丁寧にランチボックスに戻し、赤ワインのボトルを床に置くと再び女性の仮面をかぶって時計塔の下を見下ろした。


「やあやあ、勇敢な男よ。おや? 君はパウロ司令官ではないか!」


 ザガンはパウロの姿を見るとそう声を上げる。


「交渉を求める! 降りてきてくれ!」


 そんなザガンにパウロはそう要求した。


「それは困るな。かといって君に上がってきてもらうわけにもいかない。それに交渉の準備があると聞いたが、どのようなものかね?」


「大図書館の再開についてだ。我々が神々の神殿にいるロジー様やアレクサンドラ館長と話すことができれば、まずその点を交渉できる。無事に神殿まで向かう許可をもらいたい。どうだ?」


「ははは。冗談はよしたまえ。私は誰もこの街で自由に移動させる気などない。そんなことをさせれば、君たちはすぐにでも私をこの時計塔から叩き落すための準備を始めるだろうからな」


「それでは交渉はできない」


 ザガンが嘲るように笑うのに、パウロはそう言った。


「そもそもだ。本当に君たちに交渉する気があるのかどうかが私には怪しいのだよ。神々の神殿にも烏を送ったのだが、そちらの方には全く返事がないのだからね」


「それは……」


「忌々しい神々は君たちを見捨てるつもりではないのか?」


 ザガンはそう尋ねる。どこか確信を持った様子で。


「では、お前は何のためにここに立てこもっている?」


「私が戦いたいからだ! 私がエレガントな戦士であると神々に認めさせるためだ! 見たまえ、この私ひとりを相手に静まり返ったこのルーネンヴァルトの街を! 彼らは私ひとりを恐れている!」


 くはははっと高笑いを上げるザガン。


「ルーネンヴァルトがこのまま死体の山と血の海に沈めば、ヘカテは、神々は思い知るだろう。悪魔崇拝者相手に敗北したということを。私にとってはそれが何よりの望みなのだよ。正直、同志たちには悪いが大図書館云々にさほど興味はない」


 ザガンはあっさりとそう言い切ってしまった。


「それではそちらこそ交渉する気がないように思えるぞ」


「ふうむ。もちろんヘカテが早急に敗北を認めて、大図書館を開くのであれば私はそれを私の輝かしい勝利として認めよう。しかし、ヘカテがこの程度の犠牲だけで敗北を認めるとは思えないのだよ」


「分からないぞ。眷属であるロジー様が願えば……」


「はん。あの多少賢しいだけの少女に何ができるというのだ。眷属が神々に意見し、翻意させるなど夢物語に過ぎんだろう」


 そこでふとザガンは考えこんだ。


「なるほど。そういうことか。『レルネーのヒュドラ作戦』のときを思い出したよ。あのときもそういう動きはあった」


「何を……」


「今、恐らくは勇者ジークと魔女セラフィーネからなる別動隊が動いているのだろう? こうやって私の注意を引き付けておけば、近寄れると思ったかね?」


 ザガンは鋭くそう言い、ぱちぱちとゆっくり拍手をパウロに送る。


「愚かにことをしたものだ。君の家族はこの公園にいるというのにな。憲兵隊司令官である君の家族を私が見落としているとでも思ったかね? さて、君自身が死ぬか、家族が死ぬか、選ぶといい」


 ザガンは苦しげな表情を浮かべるパウロに向けてそう突き付けた。


……………………

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