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時計塔の悪魔

……………………


 ──時計塔の悪魔



 ジークたちは憲兵隊本部に向かっていた。


 憲兵隊本部は大通りに面した場所にある。街の中心に向けて伸びる大通りだ。この手の大通りがルーネンヴァルトには放射線状に広がっている。街の中心には時計塔と公園が存在し、時計塔からはルーネンヴァルトの街が見渡せた。


 そんな時計塔を馬車の窓から見ながら、ジークたちは憲兵隊本部に入る。


「さて、似顔絵を作成しますので、しばらくお待ちください」


「了解だ」


 ジークたちはそう言われて憲兵隊本部内の一室で待機する。女性の憲兵隊員がお茶を入れてくれたりなどして、ジークたちは礼を言うとお茶を飲みながら似顔絵ができるのを待ったのだった。


「似顔絵ができれば捜査も進むかね?」


「似顔絵を街中に張り出せば、いつかは捕まるだろう。ルーネンヴァルトから逃げていない限りだが」


「とっくに逃げてたりして」


 セラフィーネとジークがそんな他愛もない話をしていた時である。


「あれ?」


 窓の外を見ていたエマが、大通りで急に地面に倒れ込んだ女性を見つけた。彼女は何があったのだろうかと思って見つめると倒れた人の体からじわりと赤い血が広がっていく。そのことに大通りにいた人々が悲鳴を上げた。


「な、なにが……?」


「どうした?」


 エマが狼狽える中、ジークも窓の外の様子を見に来て驚愕する。


「おいおい。事件か?」


「わ、分かりません。けど、助けに行った方が……」


「そうだな。行ってくる」


 ジークはすぐに憲兵隊本部を出て倒れている女性に向けて駆ける。30代ほどの女性は地面に倒れたまま動かず、周囲を心配そうにしている人々が囲んでいた。


「退いた、退いた。まだ生きてるか?」


 ジークは人間を押し分けて女性の元まで進み、すぐに女性の脈をとるがすでに女性の脈はなかった。呼吸も止まっている。死んでいるのは間違いない。


「クソ。何が起きたんだ?」


 ジークがそう悪態をついて周囲を見わしたときだ。女性の様子を心配そうに見ていた男性の頭が突然はじけ飛んだ。ジークの顔に脳漿が飛び散り、ジークは唖然とする。


「まさか……狙撃か!?」


 ジークはそう言って地面に伏せると周囲の音に耳を澄ませた。銃撃であればどこからか銃声がするはずだが……。


「ぎゃあ──」


 しかし、音がしないままさらにもうひとりの人間が撃ち抜かれ、パニックになった人々が逃げ散っていく。それを追撃するように謎の攻撃は繰り返され、ジークには焦りが生じていた。


「建物だ! 建物の中に隠れろ!」


 ジークは逃げ惑う人々に向けてそう叫び、憲兵隊本部に向けて避難を誘導する。それから状況を察知した憲兵隊本部からも憲兵たちがやってきて人々を安全な室内に避難するように本部内への受け入れを開始。


「何が起きてやがるんだ……?」


 ジークはそう呟き、どこから狙撃が行われたのかを考えていた。



 * * * *



 時間は少し遡る。


 ルーネンヴァルトの中央にあるあ白亜の時計塔のある公園。そこにあるひとりの人物が姿を見せていた。それは白いタキシードを纏った軍人の歩き方をする男だ。


「いい天気だ」


 そう、オスヴァルトである。


 彼は右手にステッキを、左手にランチボックスを握って悠々と公園内を進み、真っすぐ時計塔を目指していた。


「フィリップ兄ちゃん、待ってー!」


「ベルタは足が遅いな!」


 公園では子供たちが駆け回り、母親らしき人物がそれを温かく見守っている。その様子にオスヴァルトも笑みを浮かべてる。


「こんにちは!」


「ああ。こんにちは」


 子供たちは礼儀正しくオスヴァルトの脇を通り過ぎていく際に挨拶をし、オスヴァルトも手を振って返した。


 それから彼は時計塔の入り口に達した。公園の中心にある時計塔は市民であるならば誰でも中に入れるように開放されており、今日もルーネンヴァルトの市民たちが時計塔からの景色を楽しもうと数名中にいた。


 そこにオスヴァルトも入っていく。階段を上っていけば、時計塔の頂点に達する。


「素晴らしい景色だ。いつ来てもここは素晴らしい。エレガントだ」


 オスヴァルトは時計塔の最上階から周囲を見渡してそう呟く。


 この時計塔からはルーネンヴァルトの全てが見えると言っても過言ではない。放射線状に伸びる大通りから丘の上にある神々の神殿まで、ここからはルーネンヴァルトのほとんどがよく見えた。


 そこには大勢の人々がひしめている。賑やかなルーネンヴァルトの街並みには、今日も活気が満ちている。


「では、始めるとするか」


 その景色をじっくりと眺めたのちに、オスヴァルトがステッキを振った。


 それと同時に時計塔の屋上に行った人々の頭が何かに撃ち抜かれ、脳漿をまき散らすと地面に崩れ落ちる。それを満足そうに眺めたのちにオスヴァルトは懐から女性の仮面を取り出して被る。


「さあ、この閃光卿ザガンがルーネンヴァルトを人質にしてやろうではないか」


 オスヴァルト──ザガンはそう宣言すると時計塔の上から周囲を俯瞰。


「憲兵隊本部。確か動きがあるとベレトが言っていたな。ならば少し攪乱してやるか。そう──」


 そういってオスヴァルトは憲兵隊本部の方に向けてステッキを向ける。


「エレガントに!」


 そして、音も匂いもなく、殺意が放たれた。



 * * * 



「建物の中だ! 建物の中に逃げろ!」


 ジークは今も大通りにいる人々を避難誘導していた。


 攻撃は続いており、大通りにいる人間は誰かれ構わず攻撃されている。胸や心臓を撃ち抜かれて即死したものもいれば、手足を撃ち抜かれて苦痛で地面にうずくまっている人間もいた。


「ほら、立ち上がれ! 憲兵隊本部まで逃げるんだ!」


 ジークは座り込んでいる市民を立たせて、憲兵隊本部へと誘導する。彼は負傷者に肩を貸し、必死に市民をひとりでも安全な場所に連れて行こうとしていた。


 そんな中でも謎の攻撃は続いている。逃げようとしたところを撃たれた人間。家族や友人が倒れたのを助けに向かおうとして撃たれたる市民。負傷した市民の盾になって撃たれた憲兵。


 すでに通りには大勢の死体が転がっている。


「クソッタレ。何がどうなってるんだよ……!」


 ジークも市民を憲兵隊本部に逃がそうとして複数回撃たれている。彼は不死身だから死なないものの、普通の人間ならば死んでいた場合がいくつもあった。


 とにかく今は状況が分からない。


 銃声はしないのに明らかに攻撃方法は狙撃だった。クロスボウなどの矢でもないし、攻撃されている範囲はあまりにも広い。大通り全域が攻撃されているようにジークには感じられていた。


「ジーク!」


「魔女! 力を貸してくれ。ひとりでも多く憲兵隊本部に避難させるぞ」


「ああ。了解だ。手を貸すぞ」


 ここでセラフィーネが出てきてジークに手を貸し、負傷した市民を憲兵隊本部へと運んでいく。ジークが可能限り市民の体を覆い、セラフィーネが小柄な体に似合わない力で憲兵隊本部に負傷者を搬送した。


「これで最後のひとり……!」


 ようやく見える範囲の犠牲者を救出したジークたちは一息ついた。


 憲兵隊本部には大勢の市民と負傷者が運び込まれており、憲兵隊本部の広いエントランスは血なまぐさい臭いで満ちていた。無事に憲兵隊本部に運び込まれたものの、手当てが間に合わずに死んでしまった市民もいて、家族や友人がその死を嘆いている。


「畜生。これは一体どういうことなんだよ」


「魔法による攻撃だな。それは間違いない」


 ジークがそんな光景を見て吐き捨てるのにセラフィーネが指摘した。


「魔法による攻撃、か。どこからか分かるか?」


「分からん。かなり遠距離から撃ってきているようだ」


「遠距離……。ここの屋上に上ってみよう。何かわかるかもしれん」


 ジークはそう言ってセラフィーネを連れて憲兵隊本部の屋上に向かう。憲兵隊本部は3階建ての建物であり、屋上は解放されていた。


「この辺りで大通りを狙えそうなのは……」


 その屋上でジークは身を低くして大通りを狙えそうな建物を探る。


「ジーク。大通り全域を狙える建物はひとつしかなさそうだぞ」


「みたいだな。時計塔だ」


 セラフィーネが時計塔の方を見て指摘するのにジークも頷いた。


 この大通りを完全に見渡せるのは、時計塔以外に存在しない。


「しかし、この距離だぞ。可能なのか?」


 時計塔から狙撃が行われた憲兵隊本部までは5キロ以上離れている。狙撃地点を見渡せはするものの狙撃を行うには遠すぎるように思われた。


「実際に狙撃が行われ、物理的に可能なのはあの時計塔しかない。それが事実だろう」


「クソ。しかし、それだけの狙撃が可能な犯人が時計塔に陣取っているということは、他の大通りや神々の神殿も射程に入っちまうわけか……」


「そうなるな。急がないと犠牲者は増え続けるぞ」


 ジークが憂慮していたようにすでに他の場所でも狙撃が行われていた。時計塔から狙える場所は神々の神殿を除き、全てで狙撃が行われている。


「しかし、犯人の狙いは何だ? 無差別虐殺か?」


 ジークたちにはまだ敵の狙いが分からない。


 彼らにはこれがまだ黒書結社の犯行かどうかも分からないのである。ジークたちはただただ困惑するしかなかった。


 だが、その疑問に明確は答えが寄越された。意外な形で。


 ジークたちが潜んでいる憲兵隊本部の屋上に1羽の(カラス)が飛んできた。いや、それは一見して烏に見えたが実際にはその目は昆虫のようにいくつもの目が集まった複眼であり、異形の魔獣である。


「こいつは何だ?」


 ジークが怪訝そうに異形の烏を見るのに、その烏が口を開く。


『勇者ジーク、魔女セラフィーネ、そして、神々に使えるものどもに告ぐ!』


 そのまま烏は人間の声でしゃべり始めた。


『大図書館にある封じられた神々の書物を公開せよ! さもなくばこれからルーネンヴァルトにて虐殺を行う! 大虐殺である! ルーネンヴァルトは血と死体の海に沈むであろう!』


「何だと……」


 烏が要求するのは黒書結社が求めるのと同じ、大図書館で封じられた知識。


『返答期限は本日の日が沈むまでとする! 諸君が正しい選択を選ぶことを願う!』


 烏はそう宣言すると飛び去って行った。


「これで間違いなく敵は黒書結社だと分かった。この狙撃事件の狙いも」


「忌々しい連中め」


 ジークが真剣な表情で言うのにセラフィーネがそう悪態をつく。


「これじゃあ敵はこのルーネンヴァルトの全市民を人質にしたと言ってもいい状況だぜ。どうする?」


「無理やり時計塔まで突破して、時計塔にいる狙撃手を殺す」


「それまで俺たちが狙われるだけならいいが、相手は絶対に民間人を狙って来るぞ」


「多少の犠牲はやむを得ないだろう」


 ジークの指摘にセラフィーネがそう返す。


「俺はやだね。助けられる民間人を犠牲にして勝っても嬉しくない。ここはどうにかして相手の目を引かずに、時計塔に迫る方法を考えねーと」


 ジークはそれを拒否し、他の方法を思案する。


「物陰を伝っていって気づかれないように接近するのを試みるのはどうだ?」


「それは時計塔だけが相手の観測地点ならばやれるだろうが、しかしな」


「どうしたよ?」


「上を見ろ」


 セラフィーネが上空を指さし、ジークも上空を見上げると先ほどの烏と同種の魔獣が上空を群れて飛んでいた。その複眼の視線は、ジークたちに向けられている。


「おいおい。まさかあれが相手の目になっている可能性があるのか?」


「さっきの烏が偶然そこに止まったのでなければな」


「クソ。これじゃあ、どこをどう進んでも丸見えだな……」


 ジークの大通りを避けて、路地を抜けて時計塔に近づくプランはこれでだめになった。相手は恐らく上空の魔獣から情報を得ている。どこをどう通って行っても、見つからないのは不可能だ。


「どうする?」


「一度パウロ隊長たちを交えて話し合おう。何か策が浮かぶかもしれない」


 セラフィーネにジークはそう答えて、彼らは憲兵隊本部の中に戻った。


「ジークさん!」


 憲兵隊本部に戻るとすぐにエマが彼らを出迎えた。


「エミール。パウロ隊長たちは?」


「こっちです! け、けど、大変なことになっていて……」


「そりゃあ今は大変なのは俺だって分かってるぜ」


「そうじゃないんです。パウロ隊長が時計塔まで単身で向かうと主張してて……!」


「ええええっ!?」


 普段冷静なパウロがそんなことを言い出しているとは思わず、ジークが思わず驚きに声を上げてしまった。


「何があったってんだよ!」


「パウロ隊長の家族が公園にいるらしくて……それでパウロ隊長は自分が助けに行くと主張しているんです……!」


「ああ。なんてこった」


 ジークたちが足早にパウロのいる司令官室に向かう中でエマが状況を説明。


「パウロ隊長!」


 そして、ジークたちが司令官室に踏み込むとパウロは憲兵たちに囲まれていた。明らかに焦っているパウロの表情と、それを押しとどめようとしている憲兵たちの表情がジークにもすぐに分かった。


「ジークさん、セラフィーネさん! 手を貸していただけますか!」


 パウロはジークたちの顔を見るなりそう求めてきた。


「まずは落ち着いてくれ、パウロ隊長。事情は聞いたが焦ってもしょうがないぞ」


「ですが……!」


「司令官であるあんたが焦れば部下だって動揺する。だろ?」


 ジークがそう諭すのにパウロは一瞬逆上しそうになったが、すぐに深呼吸して息を整えてから椅子に座った。


「……そうですね。今は冷静にしなければ犠牲が増えてしまう」


 パウロはそう言って落ち着きを見せたものの、まだ内心は焦っているのか額には汗が浮かんでいる。


「俺たちのところには犯人の要求が来た。やはり犯人は黒書結社だ。大図書館の封じられた知識を公開しろと言ってきたよ」


「やはり……。しかし、ヘカテ様はそれに応じはしないでしょう」


「ああ。神様相手に人質を取られているからって交渉はできんだろう。ヘカテは人質より大図書館の方を優先するはずだ」


 神々は残忍ではないが、冷徹ではある。地上の存在は彼らにとっては駒に過ぎず、その駒が多少倒されようと彼らが気にすることはないのだ。


「だが、夕刻までに応じなければ相手はルーネンヴァルトで虐殺を起こすと言っている。ヘカテもそれは無視できない。このヘカテが寵愛を与えたルーネンヴァルトで悪魔崇拝者が虐殺を起こすのは、彼女の顔に泥を塗りたくるようなものだ」


「ならば、彼女が妥協する可能性も……?」


「ぎりぎりまではないだろうな。それこそ犠牲がある程度出てからだ」


「くっ……それでは……!」


 セラフィーネは首を横に振り、パウロはぎりりと歯を食いしばった。


「交渉する素振りを見せて時間稼ぎをするのは?」


「そういうものが悪魔崇拝者相手に通じるかどうか」


「我々はどうすれば……」


 憲兵たちも意見を述べるが、解決できそうなプランは出てこない。


「何か、何か方法を見つけないといけないが……」


 ジークは何か手がないかと考えていた。


……………………

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