食後の時間にて
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──食後の時間にて
ジークたちはデザートに提供された甘味を味わい、今日の食事を終えた。
「ジーク殿。少しいいですか?」
食事が終わり、オルデンシュタイン家の庭で談笑を続けているとアルブレヒトがそう言ってジークを呼んだ。
「いいけど?」
ジークは何の用事かは分からなかったが、アルブレヒトについていく。そして、彼らは小さな応接室のような場所に入った。
「……エミール、いやエマから事情は聞かされていると思うのですが」
「ああ。ある程度は。だが、肝心のところは聞いていない。誰がエミールの父親なのかって点はな」
アルブレヒトが尋ねるのにジークはそう答えて肩をすくめた。
「そうですか。では、それは私の方から説明しましょう」
そう言ってアルブレヒトはジークにエマとの間の事情を説明し始めた。
「もはや隠す必要もありませんが、あの子の父親は私です」
このことはジークにも予想できたことだ。
「あんたはエマの母親を捨てたって聞いたぜ」
「事実です。しかし、信じてはもらえないかもしれませんが、あのことは私が望んだことではなかった」
「ふむ」
事情があるのだろうと思ってジークは話の続きを聞く。
「エマの母親であるテレーゼとは本当に愛し合っていた。私たちは結婚するつもりだったのです。それが身分違いの結婚になろうと、オルデンシュタイン家の次期当主という肩書を捨ててでも」
しかし、とアルブレヒトは続ける。
「当時の当主であった父はそれを許さなかった。父は私を屋敷に閉じ込め、テレーゼには金を渡して別れるように言ったそうです。私はテレーゼのことを諦めなければ屋敷からは出さないと言われてしまいました」
「それで捨てたのか?」
「いいえ。私は最後まで抵抗しました。テレーゼに何とか会おうと人を雇って彼女を探したのですが、上手くいなかった。そして、父が死んだことで解放され、ようやく彼女を見つけたときにはすでに彼女は死んでいた……」
力なくアルブレヒトはそう語った。
「なるほど。だが、今になってエマを娘にってのはその辺の事情があっても、彼女にとっては話が良すぎるって思われてしょうがないぜ。向こうから見ればいろいろと事情があったとしても、捨てられたことは事実なんだし」
ジークとしては身分違いの恋に反対されたアルブレヒトに同情した。しかし、かといってエマと今になって関係を修復したいと求めるのはいささかアルブレヒトに都合が良すぎる気がしていた。
「分かっています。ですが、エマは私のひとりだけの身内。どうしても彼女をこの屋敷に迎えたいのです。そして、行商人という危険な職業ではなく、もっと安全な仕事をしてほしいのです」
「その気持ちはよく分かるが……。エマにはエマの人生があるからな……」
エマからは商人として身を立ててアルブレヒトを見返したいという人生の目標があることを聞かされたばかりだ。だが、ジークとしても今のエマの商売には危険が大きく伴っていることは分かる。
「エマにこれだけ伝えてはもらえませんか。『愛している。そして、テレーゼのことはすまなかった』と」
「……それぐらいなら」
ジークとしては何が最善なのかは分からない。アルブレヒトにはアルブレヒトの、エマにはエマの人生があって考えがある。それを部外者である自分が横から『お前たちはこうすべきだ』とか言うのはおかしいとは分かっている。
だが、このままではアルブレヒトにとっても、エマにとってもいい結果にはならないような気がしてならなかった。
「ありがとうございます」
「いいってことよ」
ジークはアルブレヒトに礼を言われながらも、なんとももやもやした気分でセラフィーネと合流した。
「どうした、ジーク? 浮かない顔をしているぞ」
セラフィーネはツェーザルたちとワインを片手に談笑しており、ジークが戻ってきたことに気づくと怪訝そうな顔をしてそう尋ねた。
「いや。ちょっとばかり困ったことになってな……」
「エミールの件か?」
「ああ。あとで話そう」
セラフィーネがすぐに察するが他の人間の前でよそ様の家庭事情を話すものなんだからとジークはこの場では何も言わなかった。
「それよりそっちは何の話してたんだ?」
「トリニティ教徒どもについてだ。このルーネンヴァルトでも以前に騒ぎがあったらしい。そうなのだろう、ツェーザル?」
セラフィーネはそう隣に座っていたツェーザルに話しかける。
「ええ。数か月前のことです。トリニティ教徒を名乗る一団がやってきて、よりによって神々の神殿の前で神々は悪魔だと言い始めたのです」
「うへえ。それでどうなったんだ?」
「もちろん憲兵隊が街から残らずつまみ出しました。特に抵抗することもなく、連中は追い出されたのですが……。それからなのです。このルーネンヴァルトにて悪魔崇拝者の話が聞こえ始めたのは」
ツェーザルはそう深刻そうな表情をして語る。
「ふん? トリニティ教徒たちが来てから悪魔崇拝者が……?」
ジークはそのふたつの事象に明白な関係はあるのだろうかと考え込む。
「トリニティ教徒たちはすぐに去りましたから、何か関係があるとは断言できないのですが、私としては神々を悪魔呼ばわりするものたちに何かの影響を受けたのではないかと思っています」
ツェーザルがそう語るとそこでオスヴァルトがやってきた。手には琥珀色の蒸留酒で満ちたカットグラスだ。
「それを談じるにはそもそも悪魔とは何かという話をしなければならないだろう」
「悪魔とは何か、ですか、オスヴァルト殿?」
酒に酔ったそれではない笑みを浮かべたオスヴァルトが言うのに、ツェーザルがそう尋ね返す。
「悪魔とはそもそも実在するのか? 我々は敵対者を指して『悪魔』と罵ることは多々あるが、正真正銘の悪魔というものを見た者はいるのか?」
「俺はあるよ。500年前に邪神と悪魔どもをぶっ倒した」
「いかにも! 勇者ジークが倒したのは悪魔と呼べる存在だ。だが、どうしてそのときに悪魔と定義されたのか? 彼は自分で自らを悪魔であると名乗ったのか?」
「う~ん。名乗ってはいなかった気がするな……」
ジークはオスヴァルトに言われて考え込む。
「悪魔を悪魔として定義するものが何かといえば、それは神々の判断によるものひとつだと言える。悪魔は神々の定めたこの世界の秩序の違反者だ。神々こそが悪魔を定義する。同時に神々がいなければ悪魔はいない」
犯罪を犯罪として規定する法律なくして、犯罪者がいないようにとオスヴァルト。
「確かにな。神々の敵対者が悪魔ならば、悪魔は神々なくして悪魔と言えないわけだ」
「その通り。神々の存在が悪魔を生んでいるのだ。逆に言えば神々がいなければ悪魔は悪魔足りえない。法律なき世界に犯罪者が存在しえないようにね。そう考えると面白いではないか」
「何が面白いんだ?」
「神々が悪魔だというトリニティ教徒は彼らにとっては正しいことを言っているのだ。彼らの神が正義であり、彼らの神が秩序であるならば、それに対立する神々は悪魔だというのは全くもって筋の通る話になるからだよ」
そういってオスヴァルトはくすくすと小さく笑う。
「ふん。それはお前のたとえで言うならば、そこらの気の触れた男が勝手に国王や領主を名乗り、法律として自分勝手なルールを近所の人間に押し付けているようなものだぞ」
「信仰の本質とはまさにそれだ。それは自分たちにとって都合のいいルールを維持するもの。それ以外の何物でもあるまい? 神々の秩序が窮屈であり、気の触れたものだと感じても我々はそれに従わなければならない。さもなければ悪魔にされてしまう」
「神々が秩序が気に入らないのか?」
「いいや。私は満足しているとも。しかし、叶うことならば私も君のように戦神モルガンに気に入られたいと思っていた。それが結局叶わなかったのは残念極まりないよ」
胡乱な目でセラフィーネがオスヴァルトを見るのにオスヴァルトはそう言った。
「まあ、面白い話だったよ、オスヴァルトさん。じゃあ、俺たちはそろそろ」
「またお会いできることを楽しみにしている、勇者ジーク、魔女セラフィーネ」
ジークたちはオスヴァルトやツェーザル、コーネリアに別れを告げてから、この今晩のホストであるアルブレヒトの下に向かう。
「アルブレヒトさん。今夜はどうも。楽しかったよ」
「それは何よりです。ベルンハルトが神殿までお送りしましょう」
「ああ。世話になるよ」
ジークとセラフィーネは用意された帰りの馬車に乗って神々の神殿まで戻る。
そして、何のトラブルもなく神々の神殿までも戻ると馬車を降りた。その際にベルンハルトがジークに声をかけた。
「どうかエミール様に旦那様の言葉をお伝えください。お願いいたします」
「分かった」
ベルンハルトはそう言い、ジークはしっかりと頷いて返したのだった。
「言葉というのは?」
「ああ。そこら辺はまずエマとアルブレヒトの関係から説明しないといけないな」
ジークはそこでエマとアルブレヒトの関係を説明した。彼女たちが親子であることや、どうしてその関係が今は険悪なのかについて。
「ふうん」
セラフィーネは話を聞くとあまり興味なさげに鼻を鳴らした。
「俺たちも何かするべきだと思うか?」
「いいや。私たちに何の関係がある? 確かにエミールは我々を手助けしてくれている仲間だ。だからと言ってやつの個人的な問題にまで我々が口を挟む権利も義理もないだろう。下手なことはせずに放っておくべきだ」
「だけどさ、このまま放っておくのも何か悪い気がする」
セラフィーネが断じるのにジークはいまいち納得できていない様子。
「どう悪いんだ? 気が咎めるとでも?」
「そうだよ。俺たちは長生きしていろいろな人間の人生を見てきただろ? こういう仲違いした親子が片方が死んでから悔やむのを俺は何回か見た。エマたちにはそうなってほしくないってのはある」
「そうか」
ジークの言葉を聞いたセラフィーネは優しく微笑む。
「お前は優しいな。人のことを思える人間だ。ならば、お前の望むようにするがいい。私はそれを否定はしない。それが失敗したとしてもな」
「そうかい」
セラフィーネが言うのにジークは何とも言えない表情でそう返した。
それからふたりは神殿の自室へと戻り、明日に備えた。
* * * *
翌朝。
ジークたちは今日の朝も報告を受けるために神々の神殿の礼拝堂へと集まる。
「あ、ジークさん……。昨日はどうでした……?」
最初に礼拝堂にいたのはエマだった。エマは心配そうにジークの方を見ている。
「ああ。アルブレヒトさんから伝言がある。今伝えた方がいいか?」
「そうですね……。今のうちに聞いておきます」
「『愛している。そして、テレーゼのことはすまなかった』と。そう言っていたよ」
ジークがそう伝えるとエマはどこか苦しげな表情を浮かべていた。
「そう、ですか……」
「でさ、エミールからアルブレヒトさんに伝えておくことはあるか? あるなら俺が伝言するぜ。遠慮なくいってくれよ」
エマとアルブレヒトの関係を修復したいと願うジークはそう尋ねるが、エマはやや俯いたまま首を横に振った。
「いいえ。あの人に伝えることは何もありません」
「……そっか」
エマがそう言うならばジークとしてもそれ以上は言いようがない。無理やりエマから言葉を引き出してアルブレヒトに伝えるのは間違っている。それはエマもアルブレヒトも望んでいないことだ。
「いつでも力になるからな。頼ってくれよ」
「……ありがとうございます、ジークさん」
ジークはそう言って笑いかけるのにエマも僅かに笑って見せた。
それからロジーたちが集まり、冒頭にパウロが報告を始める。
「残念なことにロタールからの糸も、カルテンバッハ標本店からの糸も今は何にも結びついていません。ただ、カルテンバッハ標本店店主のパトリツィアに関して言えば、悪魔崇拝者である可能性は低いでしょう」
「どうしてそう判断した?」
「パトリツィアの死体を憲兵隊の軍医が調べましたが、魔法があまり使えないタイプの人間だったからです。我々憲兵隊は悪魔崇拝者の結社たる黒書結社は、魔法使いの集まりだと判断していますから、その条件を満たしません」
「ふむ」
セラフィーネがパウロから説明を受けて何か考え込む。
「待てよ。俺があったパトリツィアは、確か魔法使いの格好をしていた。それなのに魔法が使えないってことはあり得るのか?」
「パトリツィアが魔法使いの格好をしていた? 本当ですか?」
「ああ。それに魔獣を飼育するのに魔法が使えなくて大丈夫なのかも気になるんだが」
「それは……」
パウロがジークの指摘に困惑した表情を浮かべる。
「パウロ司令官。パトリツィアの死体を彼女だと特定した方法は?」
「軍医による検死と遺族による確認です」
「遺族というのは?」
「姉だという人間が来て確認しましたが、まさか……」
ここでロジーが尋ね、パウロが応えていくと彼自身も疑問の答えに気づいた。
「替え玉か」
セラフィーネがそこで明白な答えを告げる。
「可能性はあるのです。パトリツィアの死体を確認したという姉は今どこに?」
「住所は残していきましたが、恐らく偽のものでしょう。しかし、顔は多くの憲兵が見ています。すぐに似顔絵を書かせましょう」
「お願いするのです。これで少しは事件の解決に向けて進めるでしょう」
一度は停滞した捜査が再び進行し始めたのにロジーが安堵の笑み。
「では、我々は憲兵隊本部へ向かいますので失礼を」
「俺たちも一緒に行くよ。ちらりとだけど俺たちもパトリツィアの顔は見てるし。何か思い出すことがあるかも」
「それではお願いします、ジークさん」
パウロにジークとセラフィーネが同行し、彼らは憲兵隊本部へ向かう。
「ロジーとアレクサンドラ、エミールはどうする?」
「オレも一緒に行きます。オレもどこかでパトリツィアと会っていたかもしれませんから。これまでこのルーネンヴァルトには標本を届けたこともありますし」
「オーケー。じゃあ、一緒に行こうぜ、エミール」
そして、ジークたちは憲兵隊の馬車に乗った。
「なあ、パウロ隊長は家族とかいるのか?」
「ええ。娘と息子、そして妻がいます。宝物ですよ」
ジークが憲兵隊本部に到着するまでの暇つぶしにそう話を振り、パウロは自慢げにそう答えた。
「へえ。子供はいくつなんだ?」
「娘のベルタは6歳と息子のフィリップは9歳です。なかなか生意気なことを言うようになってきましたが、まだまだ私がいないといけない年頃でしてね。最近は捜査が忙しくて家に帰れていないので、少し心配ですよ」
「そっか。子供たちのためにも黒書結社を倒さないとな」
「ええ。この街の安全が子供たちの安全に繋がりますからね」
ジークとパウロがそう話しているのを、エマは少しうらやましそうに聞いていた。
自分が父親であるアルブレヒトと関係が悪化していなければ、ああやって心配してくれる家族というものが自分にもいたのだろうかと……。
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