可能行動
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──可能行動
黒書結社の幹部パイモンの死は彼の同志たちに伝わっていた。
「……同志諸君。腐敗卿パイモンの死が確認された……」
そういうのは無貌の仮面をかぶった老人──隷属卿バエルだ。
彼の言葉に円卓を囲んで座る醜悪卿ベレトは低く唸り、閃光卿ザガンは不快そうに鼻を鳴らした。
「あたしからもひとつ。店に勇者ジークがやってきましたわぁ」
「ほう? 仕留められたのか?」
「勇者ジークは不老不死。殺せはしませんのよぉ? お忘れですか?」
「そうだったな。忌々しい話だ。腐敗卿パイモンもまた不老不死を求めていたのに、彼にはそれが与えられずに終わった。神々というものはかくも残酷なものか。エレガントとは言えないな」
ベレトが報告するのにザガンはそう嘆くように言う。
すでに彼らはジークたちが『カルテンバッハ標本店』に踏み込んだのを把握していた。それから大方の予想通りに、あの店は黒書結社の幹部であるベレトの所有するものであったのだ。
「しかしながら、そちらの身の安全は大丈夫なのか、ベレト?」
ザガンはそう言ってベレトの方を見る。
「問題ありませんよぉ。すでに拠点は移してありますからぁ」
「正体が暴露される件については?」
「それについても対処済みですよぉ」
ザガンの問いにベレトは余裕をもって答えた。あの標本店が彼女の店だということが分かれば、そこから憲兵隊が彼女の正体を暴くところまで行きそうなのだが……。
「では、次はどうするかね、隷属卿バエル?」
しかし、ベレトに詳細を問わず、ザガンはバエルに尋ねる。
「……我々は報復を行う必要があるだろう。パイモンの死を前に我々が何もしなければ、敵は我々を容易に狩れる獲物とみなすに違いない。それはあり得ないのだと。黒書結社に手を出せば報復があるのだと。そう示さねばならん……」
静かに、だが確かな敵意を込めてバエルはそう語る。
「それであれば私が連中に思い知らせてやろうではないか」
バエルの言葉にザガンが立ち上がって告げる。
「やつらに同志であったパイモンの死について、しっかりと報復を行ってやろう。徹底的かつエレガントにな」
そう宣言するザガンにベレトとバエルが仮面越しに彼を見た。
「……であるならば、十分に用心せよ。相手は神々の力を得た勇者と魔女。そう簡単に屈服させることのできる相手ではない……」
「分かっているとも。私も愚かではない。勇者ジークや魔女セラフィーネと正面から戦うような真似はしない。私はエレガントに物事を進めるつもりだ」
バエルの心配にそうザガンは言う。
「それにこの襲撃計画は前々から計画していたものだ。心配は無用」
そういってザガンは不敵に笑ったのであった。
* * * *
ジークたちはガルムが導いた『カルテンバッハ標本店』の調査を引き続き進めていた。この店が悪魔崇拝者たる黒書結社絡みの場所であることは、ほぼ間違いないのだ。
そして、ジークが店に踏み入ってから翌日のこと。
調査結果をまとめるためにジークたちは神々の神殿の礼拝堂に集まった。
「さて、何か分かったかね?」
ジークは集まった面々にそう尋ねる。
カルテンバッハ標本店について調べていたエマとパウロ。大蜘蛛について調べていたアレクサンドラとロジー。彼女たちから報告を受けることになっている。
「はい。まずあの店の店主ですが……」
「パトリツィアという女性がそうだと判明しました。しかし、彼女の死体が地下にあった大蜘蛛の巣で発見されています」
エマとパウロがそう店主について調べた結果を述べる。
「店主はもう死んでいた、と?」
「憲兵隊の軍医が見た限りでは死後2日ということです。ジークさんたちが店主である女性にあったのはそれより前なので時系列におかしなことはないのですが、問題はどうして死んだかですな……」
「ううむ。普通に考えれば自分の蜘蛛に食われちまったってことだよな? それこそ事故か何かで。まあ、悪魔崇拝者にしては間抜けなオチだけど……」
店主であるパトリツィアという名前の女性はすでに死んでいた。
またしても手がかりが手に入ったかと思った途端にそれが断ち切られた形だ。ジークたちはなかなか黒書結社の核心に近づくことができずにいる。
「まだ調査は進めていますが、周辺住民への聞き込みでも店主は2日前ぐらいから姿が見えなくなっていたそうです。なので、今は主にエミールさんがアイゼンローゼ商会の伝手で、あの標本店の取引先を調べています」
「はい。あれだけの標本をそろえ、魔獣も輸入していたならば、どこかに繋がりが残っているはずです。それが突破口になるかも、ですから」
パウロに続いてエマがそう報告する。
「クラーケンやスライムなんかはロタール経由で魔法学園から漏洩したにせよ、あの狼やローパー、ファイアドレイクなどはまだ漏洩元が分かっていないのだろう。確かに調べる価値はありそうだな……」
セラフィーネもエマたちの報告に同意。
「我々からは以上です。また何か分かり次第報告を」
「了解だ」
パウロとエマが報告を終え、次はアレクサンドラとロジーたちが標本店にいた蜘蛛について報告する。
「あ、あの大蜘蛛はやはり砂漠地帯に生息する毒蜘蛛で間違いありません。地下にいた母蜘蛛がやっていたように人や動物を苗床にして子供増やすことで知られているとても危険な魔獣の一種です……」
「俺が扉開けたときに少し小さい蜘蛛が逃げちゃったんだけど大丈夫か?」
「は、はい。あれは砂漠の生き物ですので、このルーネンヴァルトでは管理された環境でなければ成虫になるまで生き延びられないでしょう。も、問題はありませんよ」
「そっか。それならよかった」
ジークは心配していたことがアレクサンドラの報告で否定されて一安心。逃げた蜘蛛がこのルーネンヴァルトであれだけ大きくなって群れたらモンスターパニックの世界になってしまう。
「しかし、あの魔獣は危険なので持ち出しにはかなりの規制があったはずなのです。スライムと同じくらい厳重に扱われるべきものですからね。それなのにああやって放置されていたというのは、悪魔崇拝云々以前に大問題なのです」
「しかし、どうにもその犯人は飼い犬ならぬ飼い蜘蛛に食われちまってるからな」
「そこが妙なのです。アレクサンドラ館長が言ったようにあの蜘蛛はルーネンヴァルトでは普通成虫まで育ちません。つまり飼い主は蜘蛛の生態についてかなり詳しい人間であったはずなのです」
「それがあっけなく飼い蜘蛛に食われたのは妙だと?」
「そうなのです。そんなドジをするような人間が何年もかけてあれだけ大きな蜘蛛を育てられたとは。それに他の魔獣に関しても、この人物はかなりの知識を持っていたのですから、魔獣の扱いには慎重だったに違いないのです」
「……そう考えると確かに妙だな……」
パトリツィアが本当に黒書結社の一員であり、魔獣を育てていた犯人であるならば、それがあっさりと魔獣に食われて死んでしまったというのは本当に妙な話である。
「しかし、パトリツィアの死亡は軍医と親族によって確認されています。死体はひどい状態でしたが、指輪などの装飾品で見分けたという話です」
「ううむ。こうなるとどういうわけかさっぱり分からないぜ」
魔獣を育てていたのはパトリツィアではなく、別の人間なのか。それとも純粋に事故を起こしただけなのか。今の情報だけではジークたちにもさっぱりである。
「今は情報収集に徹しましょう。何か新しい情報で裏打ちされなければ、どれだけ推理しても空論に過ぎないのです」
「そうだな。今は確かな情報が必要だ」
パンと手を叩いてロジーがそう言い、セラフィーネが頷く。
「ロジー様」
と、そこで神殿の使用人がやってきて、ロジーに耳打ちする。
「……ふむ。お客のようです。勇者ジークと魔女セラフィーネ、そして──」
ロジーが向くのはエマの方向。
「エミールにと」
「オレにですか?」
ロジーに言われてエマが怪訝そうにする。彼女は来客の予定などなかったようだ。
「お客様をお連れしてもよろしいでしょうか?」
「俺たちはいいけど、エミールはどうする?」
使用人がそう尋ねるがジークは考え込むエマの方を見てそう言った。
「……一応、会っておきます」
エマは来客というものを明らかに警戒している。理由は不明だが、このルーネンヴァルトで会いたくない人間がいるという具合だ。
「じゃあ、連れてきてくれ」
「畏まりました」
そして連れてこられたのはジークにも見覚えがある男性だ。仕立てのいい執事服姿で、ルーネンヴァルトに来たときにエマとひどくもめていた男性である。
案の定、その人物を見ると明らかにエマが警戒した態度を取る。
「……この度はお会いできて光栄です、勇者ジーク様、魔女セラフィーネ様」
男性はそんなエマをちらりと見て落胆した様子を見せたが、すぐにジークたちに恭しく頭を下げて話を切り出す。
「私はオルデンシュタイン家に仕える執事のベルンハルトと申します。この度は勇者ジーク様方を明日の夕方からオルデンシュタイン家の屋敷で開かれる晩餐会にご招待するように言い使われて参りました」
「オルデンシュタイン家? いや、その家のことを俺は知らんのだが……」
執事のベルンハルトと名乗る人物の言葉にジークは困惑顔。
「オ、オルデンシュタイン家はルーネンヴァルトの古い貴族の家系ですよ。今でも魔法使い向けの商品を扱っている大店を経営してて、結構な大富豪だった、と思います……」
「そんな金持ちが私たちをわざわざ晩餐会に?」
アレクサンドラがオルデンシュタイン家について横から教えるが、セラフィーネもいまいち理由が理解できないという顔をする。
「オルデンシュタイン家の当主であるアルブレヒト様は魔法学園の理事でもあります。この度は勇者ジーク様たちの手によって魔法学園は救われたと聞いております。旦那様は勇者ジーク様方にそのお礼がしたいと望んでおられます」
「ふむ」
なるほど。それならば見ず知らずのオルデンシュタイン家とやらに招かれる理由は分かる。ジークはそう思ったが、分からないことはあった。それはどうしてエマがそんなオルデンシュタイン家の執事を警戒しているのか、だ。
「俺としてはご馳走に美味い酒があるなら喜んで参加させてもらうけど、あんたはどうするセラフィーネ?」
「今は黒書結社についても情報がなくてお手上げだ。暇つぶしに地元の名士と交友を深めるのもいいことかもしれんな」
ジークもセラフィーネも貴族の名家が名家になる時間より長く生きているだけあって、伝統ある貴族云々を軽く見ている節がある。
「それで、エミールには何の用事なんだ?」
「この度はエミール様も学園でご活躍されたと聞き、旦那様はぜひともと……」
そういってベルンハルトがエマの方を見ると、彼女は未だに警戒の態度を見せている。過去に商売の話でオルデンシュタイン家ともめたのか、それとも別の理由があるのか。ジークたちには分からない。
「オレは遠慮しておきます。調べなければならないことがあるので」
「エミール様。アルブレヒト様はどうしてもと……」
「お断りします」
ベルンハルトが食い下がるのにエマははっきりとそう伝えた。
「……分かりました。その旨、旦那様にお伝えしておきます」
ベルンハルトは肩を小さく落とし、そして神々の神殿から去っていった。
「……ってことで、俺たちは明日はオルデンシュタインさんちで飯食ってくるから」
ジークは友達の家で遊んでくるというノリで改めて集まっている面々に言う。
「分かりました。気を付けて、ジークさん。黒書結社は次の標的にあなた方をまた選ぶかもしれません。あなた方はやつらの幹部であるパイモンを殺害してしますからね」
「ああ。十分に気を付けるよ、パウロ隊長」
パウロにそう言われてジークはしっかりと頷く。
「それでは今日はこの辺りにしておきましょう。各々、何か情報はあればすぐにあたちかアレクサンドラ館長に報告をお願いするのです」
「了解」
こうしてジークたちは報告会を終えて、解散することになったのだが……。
「エミール? どうした?」
エマが神殿の正門の前で何やら考え込んでいるのをジークは見つけた。
「あ。すみません。ちょっと考え事してて……」
「さっきのことと関係あるのか?」
ジークが思いつくのは、オルデンシュタイン家云々の話だ。彼女はその家の執事をやたらと警戒していた。いや、警戒していたのは執事ではなくオルデンシュタイン家そのものなのかもしれないが。
「まあ、関係あると言えばありますね」
「話して楽になるなら聞くぞ」
ジークはそう言ってエマに話してみてはどうかと促す。
「ふふっ。ありがとうございます。ジークさんは本当に優しい人ですね……。オレの父親だった男とは大違いです……」
そういってエマは何を悩んでいるのかを語り始めた。
「オレ、生まれはこのルーネンヴァルトなんです。母はルーネンヴァルトで針子で生計を立てていた人で、オレとふたりの生活はとても厳しかったんですよ」
食べるものも満足に食べられず、エマもすぐに働くようになったと彼女は話す。
「父親は?」
「……母を愛人として妊娠させるだけさせて捨てたクソ野郎ですよ。オレの顔も満足に見に来なくて。けど、それでも母はずっとその男を愛していたんです。オレにはそれが凄く気に入らなかった」
エマは吐き出すように苦しげにそう語った。
「結局、母もオレが13歳のときに病気で死んでしまい、そのときになった父親の方からオレを引き取りたいって話が出たらしいんですが、オレは逃げてやりました。そして、そのまま蓄えで行商人を始めたんです」
エマはそう続ける。
「オレはいつか行商人から商人として身を立てて、あいつのことを見返してやるつもりなんですよ。それが母を見捨てた男への復讐っていうか。オレなりの母への手向けというか……」
そういってエマはまた黙り込んだ。
「悪い夢じゃないと思うぜ。見返してやりたい人間がいるのは人生に目標があっていいことだ。俺みたいに無駄に長く生きてて、見返そうと思った人間が見返す前に老いて死んじまうって人生送ってると張り合いがなくてな……」
「ははは。ジークさんらしい悩みですね」
「俺にとっては笑うに笑えん悩みだぞ?」
エマが苦笑するのにジークは渋い顔でそう言った。
「で、その親父さんってのはオルデンシュタイン家の関係者なのか?」
「……ええ。そういうことです。向こうはまだオレを引き取りたいと言っているみたいなんですよ。けど今さらになって何をって話です。オレは絶対にごめんです」
ジークが核心をついて尋ねるのにエマはそう吐露した。
「お前の人生だからな。好きに生きればいいさ。だが、後悔しないようにしろよ? 人間は本来は死んじまう生き物だ。あのとき一度話してればよかったって思うことが俺の人生でも何度かあったかなら……」
「それでもです。オレがあいつに会うのは商人として成功してからだって決めてます」
「そっか」
エマは自分の人生に明らかな目的をもって生きている。
自分が死ぬことが目的で生きているジークにはそれがちょっとまぶしく映った。
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