吸血行為の秘密
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──吸血行為の秘密
ガルムはそれから傷が完全に回復したようだった。
だが、ガルムはジークから離れようとせず、彼もガルムを安心させるために離れなかった。ふたりは神殿の中庭で眠り、同じ時を過ごしていた。
「ジーク。ロジーが意識を取り戻した」
そんなとき祭服姿のセラフィーネがやってきてそう告げる。
「オーケー。様子を見に行こう」
「そいつを連れてか?」
セラフィーネはガルムの方を見てそう尋ねる。
「流石に神殿の中には連れていけないな。サイズ的に。待っていてくれるか?」
ジークがそう頼むとそれを理解したのかガルムは中庭から出ることなく、ジークを送り出した。中庭には一応見張りのために神官が数名残ることに。
ガルムを中庭に残したジークたちはロジーの様子を見に医務室へ。
「ロジー。大丈夫か?」
ジークが医務室に入るとロジーはちょうど神官たちの手によって病衣から祭服に着替えなおしているところであった。ロジーはジークたちの入室ににこりと微笑んで見せる。
「ええ。もう大丈夫なのですよ、勇者ジーク。心配をかけたのです」
「お前のおかげで勝利できたんだ。心配ぐらいなにさ」
謝るロジーにジークはそうにっと笑って返す。
「それよりロジー。アレクサンドラのことなんだが……」
「何かあったのですか?」
「詳しくは医者に聞いてほしいが、その医者が言うにはアレクサンドラの魔力が漏れ続けているらしい。そのせいで魔力切れがなかなか回復しないとかで」
ジークはロジーに簡単にアレクサンドラが今の状況に陥った経緯について説明した。パイモンとの戦いの中で魔力を無理やり吸い上げられ、そのせいで今も魔力漏れが起きていると。
「ふむ。あたちが聞く限りでも、あまり起こらないタイプの症状なのです。解決は容易ではないかもしれません」
「困ったな……」
「ですが、方法はあるはずです。考えてみるのです」
「病み上がりのところ悪いが、頼むぜ」
ロジーはそう言ってアレクサンドラの方に向かう。
アレクサンドラはベッドの上で今も具合悪そうにしており、周辺には魔力の甘い匂いが漂っていた。魔力が今もアレクサンドラの体から漏れ続けている証拠だ。
「ああ。ジーク様、ロジー様」
アレクサンドラはジークたちが来たことに気づくと起き上がろうとするが、少しばかりその動きは鈍い。やはり魔力漏れによって疲労が溜まっているのだろう。
「そのままでいいのですよ、アレクサンドラ館長」
無理に起き上がろうとするアレクサンドラにロジーは優しくそう言い、彼女の隣に来るとアレクサンドラの容体を観察し始めた。
「確かに少なくにあ魔力が漏れているのです……。これでは魔力切れがいつまで経っても解決しないのですよ。吸血鬼でも辛い症状になるはずなのです」
「解決方法は?」
「これが人間であればお手上げですが、アレクサンドラ館長は吸血鬼なのです。何か解決手段はあるはずです」
不幸中の幸いなのはアレクサンドラが吸血鬼であるということだ。彼女は吸血鬼として人間より頑丈であり、今すぐに命の危機に陥ることはない。それにまだここから回復する可能性もあった。
「じゃあ、何かあれば手伝うから遠慮なく言ってくれ」
「ええ」
ジークはロジーにそう言い、アレクサンドラを彼女に任せて再び中庭に戻った。セラフィーネもそれに続いて中庭へ。
「よう。悪さはしてないよな?」
中庭ではガルムがジークを待っていた。彼は大分ここの空気にも慣れたのか、リラックスしているようにも見えた。
「こいつは賢い獣のようだな」
「ああ。こういう大きな狼は賢いものだよ。無駄に吠えたりもしないところから、群れのボスだったのかな?」
セラフィーネが感心したように言い、ジークはガルムの様子を見て微笑む。
「群れ、か。こいつはどこからから連れてこられたのだろう。ルーネンヴァルトに野生の狼は存在しないからな」
「だろうな。どこからのハンターに捕まえられて群れから離されちまったのか?」
セラフィーネの言葉にジークが心配するようにガルムを見るが、ガルムは気にした様子もなく中庭の地面に座ったままだ。
「それよりアレクサンドラの魔力漏れ、どうにかなると思うか?」
「ヘカテの眷属であるロジーならば解決手段を見つけるだろう。あれは知の女神の寵愛を受けているのだからな。ああ見えて我々よりはるかに頭が回る」
「確かに戦いの中でも冷静だったしな」
ジークはセラフィーネの言葉に頷きながら、自分にもできることはないだろうかと考える。しかし、知の女神の寵愛ではなく、英雄神のいやがらせしか受けていないジークにできることはさっぱり思いつかなかった。
「今は待つしかないか……」
ジークはそう呟いた。
それからしばらくしてロジーが中庭にやってきた。
「まあ、勇者ジーク、その狼は?」
まずロジーは中庭にいたガルムに驚く。
「ガルムっていうんだ。なんか俺たちに懐いちゃってさ」
「ほうほう。ルーネンヴァルトで狼とは珍しいのです」
ロジーはガルムに興味を示したが、ガルムは彼女に視線すら向けなかった。敵となる存在ではないという認識なのだろう。声と匂いでそれを理解したのだとしたら、狼の感覚器というのは馬鹿にできないものだ。
「それよりアレクサンドラの方はどうだ?」
「今、いろいろと治療プランを考えているところです。ですが、どのプランの前提にもアレクサンドラ館長が吸血鬼としての体力を取り戻すことが前提になるのです」
ジークの問いにロジーはそう語る。
「それってこれまで通り休養してからってことか?」
「いいえです。それだけでは不十分なのです。アレクサンドラ館長は出血や魔力切れの他に吸血鬼としての力の使い過ぎでもあったのです。恐らくパイモンとの戦いが激戦だったからなのでしょう。本人もかなり限界まで吸血鬼としての力を使ったと言っていましたので」
「ふむ。吸血鬼としての体力ってのは休んでても回復しないのか」
「ええ。ですが、あたちが考えている魔力漏れを治すための治療には激しい体力の消費を伴うのです。今のアレクサンドラ館長では吸血鬼であったとしても、それに耐えられないと思われるのです」
「なら、どうすればいいんだ?」
ジークは核心を話してくれというようにロジーに促す。
「アレクサンドラ館長の吸血鬼としての力を取り戻させる方法はシンプルにひとつ。血を飲ませることです」
ロジーはそんなジークの問いに短くそう答えた。
「確かに吸血鬼には血を飲ませるのは一番いいだろう。しかし、そんなシンプルな解決策を実行する前に我々に相談しているのは、何か理由があるのだろう?」
「流石は魔女セラフィーネなのです。それはアレクサンドラ館長に与えなければならない血液の量があまりに膨大だからなのです」
セラフィーネがそこでそう指摘し、ロジーはそう言って困った表情を浮かべる。
「膨大っていうとバケツ1杯とか? 飲む方が大変そうだけど……」
「少なくとも長期的に成人男性ひとり分の血液は必要です。それだけアレクサンドラ館長は吸血鬼として疲弊してるのです」
「つまりゆっくりと男ひとり分の血を飲ませにゃならんというわけか。で、俺たちに相談したいのは血をくれってことかい?」
「ええ。それもしばらくの間、ずっと血をアレクサンドラ館長に吸わせることになるのです。それは不老不死である勇者ジークと魔女セラフィーネにしか頼めないのです。普通の人間では血を必要とするだけ吸われては死んでしまうので」
ロジーはそうジークたちに頼み込んだ。
「オーケー。任せな。アレクサンドラにはこれからも世話になりそうだからな。血を死ぬまでやるくらいなら全然大丈夫だぞ」
「ありがとう、勇者ジーク。それでは早速準備するので待っていてほしいのです」
ロジーはジークにそう頭を下げて感謝し、アレクサンドラに血を与えるための準備を始めに医務室へと向かった。
「痛い、苦しいは嫌だと言っていたのに随分とあっさり同意したな?」
それからセラフィーネはジークをジト目で見ながらそういう。
「俺だって時と場所は考えるぜ。今はそういう文句を言っている場合じゃないってな」
「ふうん。吸血鬼に直接血を吸われるのは性的興奮を伴う、などという与太話を信じているわけではないな?」
「そ、そんなわけねーだろ!」
ジークも聞いたことはあった。吸血鬼が人間から血を吸う際には人間も吸血鬼も性的に興奮するのだという嘘か本当か分からないような話は。
しかし、本当にジークはそのためではなく、アレクサンドラのことを思って申し出たのだ。これは彼の名誉のために明記しておく。
「ならいいが。成人男性ひとり分ということは私ではやや不足だ」
「別に一気に人間ひとり分の血を飲むわけじゃないから、あんたでもどうにかなるとは思うけどな。まあ、ここは俺が痛い目に遭っておくよ」
「ああ。すまんな」
それから再びロジーが戻ってくるまで2時間ほどが過ぎた。
「勇者ジーク。準備できたのです。来てください」
「あいよ」
ロジーはジークを呼び、医務室に向かうかに思われたが、向かった先は医務室ではなかった。入ったのは医務室の隣の個室である。
「あれ? 医務室じゃねーの?」
「ええ。アレクサンドラ館長の要望で。今は医務室に他の人間もいますからね」
「ふうん?」
アレクサンドラは血を吸っているところを他に人間に見られたくないのだろうかとジークはそう思った。
「勇者ジーク」
そこでロジーが改まってジークの方を見る。
「あなたは紳士だから女性の弱みに付け込むようなことはないと信じていますよ」
「?」
いきなり妙なことを言われたジークは首を傾げていた。
しかし、これからジークはその言葉の意味を知ることになる。
「ああ。ジーク様……」
個室の中にはろうそくの明かりが灯り、小さな窓にはカーテンがしっかりと引いてあった。そのせいで部屋の中はやや薄暗い。
そんな中でアレクサンドラはベッドの上におり、吸血鬼としての白い肌をさらに青白くしていたのだった。その様子は具合が悪いというのをジークにも理解させた。
「おう、まだ具合悪そうだな。だが、これから血を吸って回復してくれ」
「は、はい。不束者ですがよろしくお願いします……」
アレクサンドラはそう言い、頭を下げる。
「それで。俺はどういう姿勢でいた方がいいんだ? そっちがやりやすいようにするから、指示してくれ」
「そ、それではそこに座ってもらえますか……?」
「了解」
ジークはベッドから身を起こしたアレクサンドラに求められて、アレクサンドラのベッドの脇に座った。
「ジーク様……」
そしてアレクサンドラが黒い前髪のかかったメガネの向こうから、ダークブラウン色の瞳でジークをじっと見つめる。その熱っぽい視線にジークは僅かに戸惑った。
「そ、それでは……いただきます……」
ジークの耳元で囁くようにアレクサンドラはそう言い、ジークの首筋に牙を立てた。ジークは僅かな痛みを首に感じたが、すぐにその痛みは消え、心臓がやや速く脈打ち始めるのを感じた。
「い、痛くないですか……?」
「大丈夫、大丈夫。思う存分吸ってくれ。死にやしないから」
「は、はい」
アレクサンドラはジークの首から流れる血を舌で舐めとり、残すことなく吸っていく。その彼女の呼吸が乱れ始め、荒い息となり始めたのにジークは少し不安になり始めた。血を吸えばよくなるはずなのだが……。
「ジ、ジーク様。私、体がとても熱くて……脱いじゃいますね……」
「え!?」
ジークが驚く中、ぱさりと布がこすれる音が聞こえ、ジークの二の腕に素肌が触れる感触がした。やや冷たいが人間の肌の感触だ。
「お、おい。大丈夫なのか? 具合が悪いならロジーか医者を……」
「大丈夫です。こ、こういうものなんですよ。血を吸うっていうのは……」
ジークが慌てるのにアレクサンドラが再びジークの首に牙を立てる。その際にジークがアレクサンドラの方から濃い女性の甘い香りを感じ取っていた。それは男を興奮させてしまうものでもある。
場がどんどん怪しい雰囲気になっていくのにジークも自らの呼吸が荒くなり、心臓の鼓動が早鐘を打つのを感じていた。
「ジーク様……。横になって……」
また、その現象に困惑するジークをさらにアレクサンドラが押し倒したことで、ジークの混乱は加速する。押し倒されたジークの上に跨るようにして乗ったアレクサンドラは一糸纏わぬ姿であったからだ。
「おおおい! そ、その、何か羽織っておいた方がいいんじゃないか……?」
ジークは慌てて視線をそらしてそういうが、アレクサンドラはジークに跨ったまま、ジークの首筋に再度牙を立てて貪るように血を吸っていく。
「ジーク様……痛くないですか……?」
「痛くはないけど、その、いろいろとやばい……」
ジークも男だ。そして、アレクサンドラは魅力的な女性だ。ジークがアレクサンドラの裸体に興奮するのも無理がなかった。しかしながら、この場の混乱の原因はそれだけではない。
そう、吸血には性的興奮が伴うというのは与太話ではなく事実だということ。
ジークもアレクサンドラも今まさにそのせいで性的に興奮していたのだ。
「わ、私、そ、そ、その……」
アレクサンドラがジークに覆いかぶさるような姿勢で、ジークの耳元で囁く。
「ジーク様なら初めての人に、いいですよ……」
そういわれてジークの興奮は頂点に達した。
しかし、ロジーが言っていたことをジークは思い出す。
『あなたは紳士だから女性の弱みに付け込むようなことはないと信じていますよ』
そうだ。これは治療なのだ。別にアレクサンドラは好き好んでジークの血を吸っているわけではなく、治療のためにやむを得ず血を吸っているのだ。
ジークは興奮するのを何とか鎮めようと深呼吸し、アレクサンドラの頭に手を置く。頭にポンと手を置かれたアレクサンドラが僅かに震える。
「大丈夫だ。俺は何もしないから、安心して血を吸ってくれ」
「ジ、ジーク様……」
アレクサンドラはその言葉に感動したようにジークの名をつぶやき、それから引き続き血を吸い続けた。その白い肌を完全にさらした全裸のままで。
ジークは耐える。頭の中で興奮には結びつかないこと考えて耐える。これからのガルムの餌をどうするかなとか、このことがばれたらセラフィーネがどんな反応をするかなとか、どうでもいいことを必死に考える。
それからそのまま彼は1日中、ずっと吸血によって無理やり掻き立てられる性的興奮に耐え続け、やがて失血の影響で意識が混濁していき、そのまま気を失ったのだった。
しかしながら、これで本来の目的であるアレクサンドラの吸血鬼としての体力を回復させるということには成功したのである。
いろいろな犠牲の上での勝利であった。
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