魔法学園での事件ののちに
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──魔法学園での事件ののちに
アレクサンドラは重傷でロジーは倒れ、満身創痍のジークたちは神殿に戻った。
「ジークさん! ご無事ですか!?」
神々の神殿ではエマがすぐにジークたちを出迎えた。
「俺たちは無事だ。だけど、アレクサンドラとロジーがちょいと重傷でな」
アレクサンドラはあれから瀕死の状況からは回復したもの未だに貧血状態であり、ふらふらしている。顔にも濃い疲労の色が見えた。そのうえ、アレクサンドラは血液を介してパイモンに魔力を吸われており魔力切れでもあった。
ロジーは依然として意識と取り戻しておらず、昏睡状態が続いている。
ジークとセラフィーネは無事なのものの他はまさに満身創痍だ。
「とりあえずアレクサンドラとロジーたちを休ませたら俺たちも休もう。ふたりが回服してから再度作戦会議だ。手がかりを失っちまったからな……」
傷は負っていないものの、ジークも流石に疲労している。パイモンとの戦いはそれだけ激戦であり、苦難の末の勝利だったのだから。
「ロジー様!」
ここで神殿の神官たちが慌てて駆けつけ、ロジーを丁重に医務室まで運ぶ。アレクサンドラもジークに抱えられて医務室に向かった。
「こちらへ」
医務室では回復魔法と医術を取得している医師が対応に当たった。神官の祭服の上から白衣を羽織った男性がすぐにロジーとアレクサンドラの容態を見る。
「ロジーは回復しそうか?」
「単純な魔力切れであれば、安静にしておけば回復します。問題ありません」
「そっか」
「ただアレクサンドラ館長の方は……単純な魔力切れとは異なる症状が見られます」
そこで深刻そうに医師が告げる。
「どういうことだ?」
「魔力は回復しつつあるのですが、それが僅かながらずっと漏れ出ているのです。恐らく他者が彼女から強引に魔力を吸い上げた影響でしょう。これでは魔力切れの回復は遅れてしまいます」
ジークが尋ねるのに医師はそう説明した。
「それを治療する方法はないの?」
「難しいところです。人間ならばまず治療は不可能ですが、吸血鬼であるアレクサンドラ館長なら手段はあるかもしれません。しかし、今は貧血も併発していて、あれこれと不用意に試すのは危険なのです」
「ううむ」
「今はとにかく安静にするしかありません。幸いにしてこのままならば命にかかわることにはならないと思います」
「分かった。頼むぜ、先生」
ジークには医療の心得はないのでできることはなく、ロジーとアレクサンドラを医師に任せると医務室から出ていった。
医務室を出てジークは礼拝堂の方に向かう。
「ジーク。ロジーたちはどうだと?」
礼拝堂ではセラフィーネ、エマ、パウロたち憲兵が待っていた。
「ロジーは単純な魔力切れだが、アレクサンドラの方は複雑らしい。パイモンに魔力を吸い上げられたのが影響しているって」
「ふむ。全員が動けるようになるまでは時間がかかりそうだな……」
ジークが医務室でのことを報告するとセラフィーネがそう言って考え込む。
「今は情報を整理してから、俺たちも休もう。今回はかなりの激戦だったからな」
ジークは連戦続きだった1日をそう評価し、エマとパウロたちの方を見る。
「エミールたちが調べた情報でパイモンことロタールがクラーケンを購入していたってのが分かったんだよな?」
「はい。アルトフィヨルド交易の資料にはロタール理事がクラーケンを購入した記録がありました。アレクサンドラ館長がさらに学園で廃棄されたスライムにロタール理事が関係してることも掴んでいます」
「ロタールがあれで白ってことはないだろうけど、それでほぼ確実に本人が言っていたように黒書結社の人間ってわけか」
エマの報告にジークがそう言う。
「問題はロタールまでつながっていた線が、やつの死によって途切れたことだ。ロタールからさらにその先にあるつながりを探らねばならん」
セラフィーネはそう言って何か情報はないかというようにパウロの方を見る。
「憲兵隊が現在ロタール周りの人物関係について調査中ですが、本人が死んだのが痛いですね。本人から聴取できるのが一番良かったのですが……」
「流石にあれを生け捕りってのは無理だったぜ」
「いえ。そういうつもりでは。すみません。我々憲兵隊は今あるもので調べを進めるつもりです」
ジークが苦笑して言うのにパウロが謝罪してそう語った。
「職場の同僚や周辺住民への聞き込みなどで分かってくることもあるかもしれませんから。ロタールから先につながるものを何としても把握するつもりです。ロタールはようやくつかんだ連中のしっぽですから」
それではと言ってパウロは捜査に赴くために退席した。
「さて、というわけだから憲兵が調査を進めるまでは俺たちは待機だな」
ジークはそう言い、ふわあと眠そうに欠伸した。流石の彼もこの1日にはとことん疲弊していたのだ。
「闇雲に動いてもどうにもならないからな。仕方ない。今は英気を養っておこう」
セラフィーネもジークに同意し、うんと伸びをした。
「とりあえずこのぼろぼろの服を着替えて、風呂に入って、飯を食ってだな」
ジークがそういう中でエマがどこか落ち込んだ様子なのに気づいた。
「どうした、エミール?」
「オレ、役に立てなかったと思って……。アレクサンドラ館長が重傷を負ったのは、オレを逃がすためだったのにオレにできたことはあまり……」
エマはどうやらこの戦いで非戦闘員であったことに責任を感じているらしい。
「エミール。だけど、お前のおかげでロタールが黒書結社の人間だってつかめたんだ。それがなかったら突然魔法学園でテロが起きて対応は後手後手に回ったかもしれない。それを考えたらロタールを突き止めただけでお手柄だ」
そんなエマにジークがそう説く。
「前線で戦う人間だけが偉いわけじゃないんだぜ。後方で戦いを支えてくれる人間も大事だ。後方がしっかりしてないと前線だって崩壊するのが戦争だ。だから、エミールはこれからも後方で俺たちを支えてくれ。そうすれば俺たちは安心して戦える」
「……ありがとうございます、ジークさん」
ジークのその言葉にエマは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃあ、まずはこのぼろぼろで血まみれの服を着替えよう。本当にもう服がすぐダメになっちゃうの勘弁してほしいぜ」
ジークはそう言って神殿の自室に向かう。これまで買い込んだ服がおいてあるからだ。今の服は今日1日の連戦でぼろきれと化している。
「私も着替えよう。この服は流石にな……」
セラフィーネが纏っていた祭服もすでにぼろぼろだ。ローパー、デュラハン、ドラゴンゾンビ、そしてパイモンという連戦を戦ったおかげで血まみれ、泥まみれである。
「オレは憲兵の捜査を手伝ってきます」
「待て。お前も一連の調査で疲労しているだろう。少し休め。ジークが言っていたように後方が崩壊すれば前線も崩壊する」
「ですが……」
「お前が倒れるまで働くことはジークも望んでいないはずだぞ?」
セラフィーネにそう言われるとエマも言い返せない。
「……分かりました。オレも少し休みます」
エマもロタールの件を突き止めるまではろくに休まずに調査を進めていた。前線に出て戦わなかったからと言って疲労が溜まっていないということはないのだ。
セラフィーネはまだ自分の服の乾燥が終わっていないことから、再び祭服を借りることになり、神官や使用人たちがそれを準備するまでエマとともに風呂に入ることにした。
今の彼女は香水の香りではなく血の臭いがする。
* * * *
ジークが自室に戻って服を準備し、セラフィーネとエマが大浴場に向かったころだ。
「──うわあっ!」
外から悲鳴が聞こえるのをジークの耳が聞き取った。
「おいおい。もう次の敵か? 勘弁してくれよ……」
ジークはそうぼやくと声の上がった方に急いで向かう。セラフィーネたちは大浴場にいて気づいておらず、駆けつけたのはジークだけだった。
そして、声のしたところ──神殿の中庭に到着するといたのは意外な客であった。
「おう、お前か」
神官たちが腰を抜かして驚いてみるのは、今日ジークと戦った狼であった。真っ白な毛並みは今は血で赤黒くなり、今も傷はふさがっていないのか血がぽとぽとと地面に滴っている。
「どうした? 傷の治療か?」
ジークがそう尋ねると狼は低く唸りながらじっとジークを見つめる。
「再戦ってのは勘弁してくれよ。俺も休みたいんだ」
流石のジークもここで再び狼とやり合おうというほど体力はない。彼は今すぐにでも服を着替えて風呂に入り、そしてゆっくり食事がしたかった。
そこで狼が数歩前に出た。しかし、その足取りは重く、そしてよろめている。
それから狼は数歩進むとそのままどすんと重い音を立てて地面に倒れてしまった。倒れた狼は荒く呼吸し、今や死にかけているのは明白だ。
「お、おい。誰か、回復魔法が使える人間を呼んでくれ!」
ジークがそう求めると神官たちは怪訝そうにジークを見る。
「その獣を治療するのですか?」
「そうだよ。こいつとは戦ったけど、そのあとで助けてもらったんだ。悪いやつじゃないはずだ。助けてやってくれ」
「わ、分かりました」
すぐに回復魔法が使える神官が駆けつけ、狼の傷を癒していく。狼の呼吸は落ち着いていったが、そのまま眠るように意識を失ってしまった。
「ありゃりゃ、安心して気絶したのか? まさか死んではいないよな?」
「大丈夫です。命に別状はありません。このまま安静にしていれば治癒するでしょう」
「分かった。俺もここで見守るよ。起きたときに暴れないとは限らないしな」
ジークはそう言って狼のそばにいて、狼が回復するのを待つ。
狼の呼吸は安定しているが、ここに獣医はいないので具体的な容体は分からない。だが、ジークは狼が再び目を開けて立ち上がるまではそばにいてやることにした。狼にはローパー戦で助けられているのでその礼だ。
それにこの狼からは邪悪さは感じられなかった。ジークに対する殺意はあったが、それには理由があったのだろうと思わされていた。
「俺のことを頼ってくれたのは嬉しいよ。お前は警戒心が高い獣だろうに」
ジークはそう言いながら狼の隣に座り、そう語りかける。
「ジーク? 何をしているんだ?」
それからしばらくして風呂から上がったセラフィーネとエマがジークの下にやってきた。祭服に着替えたセラフィーネはジークと狼を相互に見て怪訝そうに尋ね、いつもの男装であるエマは狼の巨体に驚いて距離を取っている。
「ほら。ローパーとの戦いで助けてくれた狼だよ。俺と戦って負傷したけど、今さっき回復魔法で治癒してもらったところだ。今はこいつが起きるのを待っている」
「ふうむ? 獣にしては賢そうなものだったが……」
セラフィーネがそう言って近づくとそこで狼が目を開き、素早く起き上がった。彼女から血の臭いを感じたのだろうか。狼はセラフィーネを警戒している様子だ。
「どうどう、落ち着け。こいつは俺の仲間だ」
ジークがそう言って立ち上がり、セラフィーネの肩を叩くのに狼は低くなりながらも再び地面に座った。警戒はしているが、ジークを信頼して自身の傷の回復を優先させた形である。
「賢いな。お前の言葉が分かっているように見えたぞ」
「どうだかな。だが、こいつは悪いやつじゃなさそうなんだ」
セラフィーネはそう言って狼の顔を眺め、ジークは再び狼の隣に座る。狼はジークがそばのいると安心したように唸り声を小さくした。
「あとでアレクサンドラ辺りにどういう種類の狼なのか聞いておこう。タイミング的に俺に偶然であったわけではなさそうなんだよな……」
ジークが狼に襲われたのはエマたちがロタールの捜査に向かい、セラフィーネがローパーに襲われたときだ。これが完全な偶然であるとはジークも考えていなかった。
「こいつもローパーをけしかけた人間とつながっているかもしれないということか? スライムやクラーケンと同じように」
「かもしれない」
「ふむ……」
ジークがあいまいに答えるのにセラフィーネはそう言って顎を摩るのみ。
「ジーク。お前はしばらくはここを動けないようだから、食事を持ってきてやろう」
「ああ。頼む。できれば酒も」
「分かった。待っていろ」
セラフィーネとエマはジークのために食事を準備するために狼がいる中庭を去った。ジークは狼とふたりきりになり、狼の様子を見る。
「お前も腹減っただろう? 何か食うか?」
ジークがそう尋ねると、狼は赤い瞳でジークを見て僅かに口を開けて鳴いた。
「そうか。持ってきてもらったもので食えそうなものがあればお前にもやるよ」
ジークが微笑むのに狼は安心したように目を閉じたのだった。
それからまたしばらく時間が経ち、セラフィーネが神官たちと食事を運んできた。
「飯だ、ジーク。ありあわせのものだが、そっちの獣にも食えそうなものを持ってきてやったぞ。ルーネンヴァルトで暮らしているんだ。魚は食えるだろう?」
セラフィーネたちが運んできたのはたっぷりのパンとチーズ、そして魚介類をオリーブオイルとニンニクで炒めたものという定番の料理、あとは赤ワインのボトル。それから狼のために焼いただけで味付けしていない大きな魚を数匹だ。
「食えるか? どうだ?」
ジークは魚を掴んで狼の鼻先までもっていく。狼は何度かそれを嗅ぐとばくりと口を開いてジークの手から奪うように魚に食らいついた。
それがら咀嚼音を立てながらうまそうに狼は魚を貪る。
「元気があるようでよかった。俺も飯にするか」
ジークもパンとチーズを食べ、それからニンニクの香りが香ばしい炒め物でそこそこ上等なワインを楽しんだ。ボトルから多少下品に直接ぐびぐびとワインを飲み下し、ジークは狼の隣で料理を平らげていく。
狼も魚を次々に貪り、その飢えを癒していった。
「しかし、お前がここまで動物に好かれるとはな」
セラフィーネはその様子を見て感心したようにそう言う。
「俺もここまで動物に好かれたことはないから理由は分からんよ。でも、ここまで来たってことは俺を頼ったってことだろうし、何か理由はあるんだろうな……」
ジークはワインのボトルを片手に狼の方を見る。
「で、こいつはそれなりの強敵だったのか?」
「かなりの強敵だったよ。こいつも俺のことを手ごわかったって思ってくれているといいんだけどな」
「それならばぜひとも殺り合いたいものだ」
セラフィーネが不敵に笑ってそう言うと狼はその真っ赤な瞳で彼女を睨み、警戒するように唸り始めた。
「やめろよ。多分、その手の冗談は通じないぞ」
「冗談で言ったつもりはないだが」
ジークも責めるようにセラフィーネを見るが、セラフィーネはくすくすと笑うのみ。
「それより名前はないのか? 名無しの狼では何と呼べばいいのか分からん」
「名前か……」
セラフィーネにそう言われてジークは狼の方を見つめる。
「名前はガルムでどうだ? 英雄に仕える番犬の名だ」
ジークがそう言うのに狼は唸ることなくその言葉を聞き、それからどうでもよさそうに再び魚を貪り始めたのだった。
「否定はしていないぞ。ガルムで決まりだな」
「改めてよろしくな、ガルム」
こうしてガルムと名付けられた狼はジークたちとともに時間を過ごすことになった。
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