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死人魔法使い

……………………


 ──死人魔法使い



 リッチー──それは魔法使いが高度な死霊術(ネクロマンシー)によってアンデッド化したもの。デュラハンの創造同様に普通の魔法使いにそれを達成することは難しく、禁忌とされる死霊術をマスターしたものだけがなしえるものだ。


 そのリッチーとなったパイモンがジークたちの前に立ちふさがった。


「ふははははっ! 私はついに究極のアンデッドとなった! もはや勇者ジークであろうと私を止めることは不可能だ!」


 パイモンは勝ち誇ったように哄笑し、ジークたちにその手を伸ばす。


「雷よ──!」


 そして、そう詠唱するとその手から雷がほとばしりジークたちを襲う。


「このっ……!」


 ジークたちは素早くそれを回避し、パイモンから距離を取る。


「魔女。リッチーについて簡単に教えてくれ」


「ああ。リッチーとは魔法使いのアンデッドであり、膨大な魔力を有する存在だ。人間の枠を超えた魔法使いだと考えればいい。常に体内で新しい魔力が生成され続ける。それゆえに魔力切れなどを狙おうと思っても不可能だ」


「弱点はないのか?」


「ある。デュラハンのように頑丈ではあるが、不死身ではない。ダメージを与え続ければいずれ倒れる。つまり物理攻撃は有効だ」


「オーケー。なら、やってやりましょう!」


 セラフィーネが言い、ジークと“月影”の化身が刃を構えた。


「無駄なあがきだ! おのれの無力を悟るがいい!」


 パイモンはそう叫び、再び雷でジークたちを狙う。閃光が瞬きその手から放たれた電撃がジークたちに直進してくる。


「当たるなよ! 死んでる暇はないぞ!」


 ジークはそう言って雷を回避しながらパイモンに迫った。セラフィーネと“月影”の化身も攻撃を回避しながらパイモンに肉薄することを試みる。


「愚かな! 今の私には指一本触れられんぞ!」


 しかし、パイモンは強力な結果を展開してジークたちが肉薄することを阻止。禍々しい赤黒い色をした結界がジークたちの全身を阻み、その結界にジークが僅かに触れると高熱が生じて炎が彼を襲った。


 接触すると熱が生じ、相手を焼く結界だ。直接的な物理攻撃はリッチーに有効だが、その弱点に対処するための手段は当然持ち合わせているようである。


「畜生。これじゃ近寄れねえぞ!」


「待っていろ。私が結果を破壊する」


 ジークが危うく丸焦げになるところで後ろに下がり、セラフィーネがそう宣言。


「再びリッチーに挑めるとはな。強敵との戦いは歓迎だ。できればそれが外道でなければなおよかったのだが!」


 セラフィーネはそう言い、無数の朽ちた剣を召喚すると一斉にそれをパイモンが展開する結界に向けて叩き込んだ。


 パイモンの結界に触れた朽ちた剣は高熱によって溶けていくが、確実にダメージを追わせてはいるようであり、赤黒いその結界はびしびしと軋み声をあげていた。


「このリッチーとなった私と魔力量で勝負しようというのか? 愚かな!」


 それでもパイモンは結界に魔力を注ぎ続け、どちらが先に魔力が尽きるかという勝負が始まったかのように思われた。


 確かにセラフィーネが言ったようにリッチーの魔力は膨大であり、さらに常に体内で新しい魔力が作られ続けている。そのリッチーとなったパイモンと魔力量で勝負するのは、流石のセラフィーネでも分が悪いはずだ。


「誰が魔力量で勝負すると言った?」


 そんなパイモンをセラフィーネが嘲るように笑い、彼女は手を振り上げた。


「何を……──」


 パイモンがその動きを疑問に思った直後、ドーラ棟の天井が崩壊した。崩壊した天井から降り注ぐのは鉄塊としか言いようがないほど巨大な剣の雨だ。セラフィーネの朽ちた剣とは異なるそれが激しくパイモンの結界を攻撃する。


「確かに魔力量で持久戦を行うのはこちらに不利だろう。しかし、一度に放出できる魔力量で勝負するのならば話は違う。瞬間火力はこれまで戦いの中に身を置き続け、鍛え続けてきた私の方が上だ──!」


 セラフィーネはそう咆哮するように叫び、上空から振り下ろされた刃がパイモンの結界を大きく揺るがす。


「ぐぬううううっ! おのれぇ……!」


 パイモンは結界を維持しようとしたが、セラフィーネが言ったように彼女の瞬間火力はパイモンのそれを大きく上回っていた。彼女の攻撃はパイモンの展開していた結界に亀裂を生じさせて、そして──。


「砕けろ」


 ついに結界は崩壊。


 巨大な剣の雨がそのままパイモンに降り注ぎ、パイモンがずたずたに引き裂かれていく。セラフィーネはその光景を見てにやりと不敵に笑った。


「やったのか!?」


「いいや。リッチーはこれぐらいでは死なない。追撃しろ!」


「了解だ!」


 セラフィーネが続けて命令を叫び、ジークがそれに従い、崩壊した結界の向こうにいるパイモンに向けて“月影”の化身とともに突撃した。


「私に……近寄るな……っ!」


 パイモンはそんなジークたちと対峙する。


 パイモンの体はセラフィーネの刃で裂かれていて、その服もズタズタにされている。顔面の左半分が叩き割られ、剥き出しになった脳が見えていた。しかし、それは急速に回復しつつある。


 まるで不老不死であるジークたちのように。


「斬り刻む!」


「いきますよー!」


 ジークと“月影”の化身は同時にそんなパイモンに向けて斬りかかった。今度はパイモンを守ってくれる結界はなく、彼は反撃のための魔法も放てていない。


 ジークの斬撃が、“月影”の化身の斬撃が、パイモンの再生途中の肉体を斬り裂き、確実に物理ダメージを蓄積させていった。


「私は……こんなところで倒れるわけには……いかないのだ……!」


 しかし、パイモンの体が赤黒く光ったかと思うと、それが爆発したかのように広がり、ジークと“月影”の化身を弾き飛ばす。それと同時に生じた高熱がジークたちを焼き、赤黒い波動はそのまま新たな結界として展開された。


「私は理想を果たす! この私の崇高な使命の邪魔をするなぁ!」


 それから追撃するかのように魔法を放つパイモン。雷が放たれ、ジークとセラフィーネを襲うが、彼らは瞬時に遅いかかる雷を回避した。


「そう簡単にはやられてくれないらしい」


「そうでなくてはな。戦い甲斐がない」


「そんなこと言ってる場合かよ」


 セラフィーネが小さく笑ってそう言うのにジークが突っ込む。


 再びセラフィーネたちが攻めあぐねる中でパイモンの脳裏には絶対にこの戦いに勝たなければならない理由が思い起こされていた。



 * * * *



 パイモン──ロタールは優れた魔法使いであった。


 いくつもの新しい魔法を発明してきた彼には愛する人がいた。その名はレナーテ。彼がただひとりだけ愛した女性だ。


 魔法使いであり同時に研究者でもあるロタールの助手でもあった彼女は、ロタールの研究を支えてくれた。


 そんなロタールとレナーテが研究していたのは情報の保存という分野の魔法であった。その情報の保存というのは人間の記憶を保存するというもので、人間が体験した記憶を他者が閲覧できる形で保存するというものである。


 それはロタールとレナーテにとってとても大事な研究であった。


 というのもレナーテはずっと肺の病で明日が危ぶまれる身であったからだ。彼女は自分の記憶を自分が死んだあとも残すことで、夫であるロタールの心の支えになればと思っていた。


 しかし、どれだけ研究を続けてもレナーテの記憶を残すという実験には成功しなかった。レナーテの死期が迫る中で焦るロタールは禁じられた死霊術まで調べたが、それでも記憶を残し、それを共有する方法は見つからない。


 そんな報われない研究の中でレナーテがこの世を去った。


 ロタールは嘆き、そして自分の愚かさを悔いた。報われない研究などしているぐらいならば、もっと妻と同じ時間を過ごせばよかったと。


 同時に彼は死を忌み嫌うようになった。死によって愛する妻を奪われた彼は死を人間の不完全さの象徴とみなすようになり、記憶の保存の研究はいつしか不老不死の研究へと変わっていった。


 人の身は脆弱だ。そう、ロタールは説く。人は脆弱であるがゆえに過ちを犯すのだ。そう、ロタールは説く。全ての人間の過ちは肉の体が原因であることに帰結する。そう、ロタールは説く。


 全ての過ち。それにはロタールが犯した過ちも含まれている。彼は自分が犯した過ちの原因を定命である人間の肉体が原因であるとした。


 そんな中で学園理事になった彼に接触してきたのが、隷属卿バエルと名乗る男とひとりの少女だった。無貌の仮面を被った老人を連れた、長い白髪を伸ばした白いワンピース姿の幼い少女は怪しげに笑いながらロタールに向けて語る。


「不老不死の秘密はね。大図書館に眠っているんだよ。神々が隠した最初の最初の記録。それがあれば君は不老不死を手に入れられる。もう誰も失わないんだ」


 白髪の少女は続ける。


「さあ、ともに大図書館の秘密を暴こう。きっとそこに君が求める理想がある」


 そして少女が差し出した手を、ロタールは握った。



 * * * *



「不老不死を、実現するのだ……! レナーテの無念を晴らすために……!」


 ロタール──パイモンは体の内側からあふれ出る魔力を結界に注ぎ、その結界の範囲を急速に拡大させていく。


「不味いぞ。これ、本当にどうにかできそうなのか?」


「やらなければ我々以外の人間が虐殺されるだけだ」


「それは止めないとな」


 セラフィーネが言い、ジークは覚悟を決めた。


「多少無茶はしてでもここでやつを止める。結界は頼む。次の攻撃で俺と“月影”が確実にやつを殺すから」


「分かった。やるぞ──!」


 セラフィーネは今度は朽ちた剣と鉄塊の剣を複数召喚し、それらに魔力を込めていく。魔女の魔力を膨大に吸い込んだ剣たちは、その魔力の分だけ加速してパイモンの結界へと突入していった。


「その程度のもので私がどうにかできるとは思わないことだ!」


 しかし、パイモンは先ほどより瞬間火力を何段階も向上させてきた。その魔力の出力は上昇しており、セラフィーネのそれに拮抗し始めている。


「戦いの中で成長するとは。外道であるのが惜しい。まっとうな戦士であれば戦う私も誇れたのだがな!」


 しかし、セラフィーネも魔力の出力をより以上に高め、パイモンの結果を押し始めた。パイモンの結界にはぎりぎりと軋みが生じ、徐々にだが亀裂が生じ始めている。パイモンの表情が苦悶のそれに歪む中、ついに──。


「砕けた!」


 結界が砕け、無防備なパイモンがさらけ出された。


「いくぞ、“月影”。これで勝負を決める!」


「了解ですよ、主様!」


 すぐさまジークと“月影”の化身がパイモンに肉薄し、その体を刃で裂き、貫き、斬り倒す。パイモンは肉体を斬り刻まれる中で抵抗しようと魔法を再び放ったのだが、それが彼にとっての命取りになった。


「なんだ……?」


 膨大な魔力出力で放たれた巨大な雷。ジークはそれを切り払ったが、どうにもパイモンの様子がおかしい。彼は雷を止めようとしているようだが、雷は放出を続けるまま止まらないのだ。


「魔力が暴走している……! 不味いぞ!」


 セラフィーネはすぐに状況を理解した。


 パイモンはなれない高出力魔法を使ったために、その出力調整ができなくなったのだ。彼の体から一度放たれ始めた魔力は、それそのものがダムに生じた亀裂のように出力を上げ続けている。


 これを放置すればダムの崩壊同様に大惨事が待ち受けている。


「ジーク! アレクサンドラを助けてこの場から可能な限り離れろ! 私はロジーたちをここから避難させてくる!」


「あいよ!」


 ジークはセラフィーネの言葉にすぐに壁に串刺しにされていたアレクサンドラを助けて、ドーラ棟から大急ぎで離れる。窓から飛び降り、地面に降りて可能な限りドーラ棟から距離を取った。


 セラフィーネもロジーと憲兵たちを連れてドーラ棟を脱出し、魔力暴走を起こしているパイモンから距離を取る。


 そして──。


「ああ……レナーテ……私の無力を許してくれ……」


 パイモンの魔力が完全に暴走し、爆発を引き起こした。


 爆発の直前、一種だけ魔力の放出が止まったがその直後に大爆発が生じ、衝撃波が学園の中を貫いていく。建物が揺れ、木々が薙ぎ払われ、爆発で生じた衝撃波が駆け巡ったのちにドーラ棟があった場所にはきのこ雲が生じた。


「げほっ、げほげほっ!」


 アレクサンドラを抱えていたジークの元まで到達した衝撃とそれによって生じた土煙でジークがむせる中、セラフィーネたちが後方から追いつき、きのこ雲が立ち上るドーラ棟の方を振り返った。


「勝利したな、一応は……」


「ああ。一応は、だな……」


 パイモンは死んだ。悪魔崇拝者のひとりであり、黒書結社の幹部であるパイモンことロタールはジークたちの手によって倒された。


 しかし、分からないことが多い。誰が彼に悪魔崇拝をそそのかしたのか、他に仲間たちはいるのか、彼が目指している大図書館の神々の秘密──不老不死を実現するための手段というのは存在するのか、などなど。


 しかし、それらを明かすための手がかりはパイモンの死によって失われた。


「おい。アレクサンドラ、アレクサンドラ。大丈夫か?」


 ジークはここで抱きかかえているアレクサンドラの呼吸が弱まっていることに気づき、声をかける。彼女は荒く、また不規則に息をしている。あまりいい状況とは言えない。これは不味い状態だ。


「魔女。回復魔法を頼む。アレクサンドラが死にそうだ」


「ダメだ。吸血鬼に普通の回復魔法は意味がない」


「じゃあ、どうすれば!?」


 セラフィーネが首を横に振るのにジークが焦る。


「血だ。血を与えればどうにかなる。お前の血を与えてやれ」


「クソ。結局、俺が血を流すのかよ……」


 ジークがそう愚痴る中で、によによと笑いながら“月影”の化身が近寄ってくる。


「主様~。ボクの口直しも忘れないでくださいね~?」


「はいはい。もうどうして俺の周りの女はこう猟奇的なの……」


 ジークはアレクサンドラを抱きかかえたまま手首を“月影”の刃で斬ると、そこから流れる血をアレクサンドラの口に近づけて滴らせた。アレクサンドラの犬歯の見える口に血液が滴り、彼女はそれを小さく口を動かして飲み込んでいく。


 そして、うっすらとアレクサンドラが目を開いた。


「……ジーク様……?」


「おう。大丈夫か、アレクサンドラ?」


「え、ええ。大丈夫です……」


 アレクサンドラはそこで自分がジークに抱きかかえられていることに気づき、僅かに頬を紅潮させる。


「お、重いですよね……。すみません、今自分で立ちますから……」


 そういってアレクサンドラは慌てて立ち上がろうとするが、よろめく彼女は上手く立てない。あわや転びそうになり、ジークがすぐさま支える。


「おいおい。無茶するなよ。せっかく助かったんだから」


「す、すみません……」


 再びジークに抱きかかえられるように支えられて、アレクサンドラは恥ずかしさやら何やらで顔を真っ赤にしていた。


「ロジーの方は大丈夫か?」


「問題ない。眷属はタフなものだ」


 ロジーの方は憲兵隊から手当てを受け、まだ意識は戻っていないがバイタルは安定していた。命に別状はなさそうだ。


「しかし、これからどうしたものかね……」


 戦いには勝利した。だが、悪魔崇拝者たちを摘発するための手がかりは再び失われてしまったのだ。ジークたちは振出しに戻ってしまった気分で未だ立ち上るきのこ雲を見つめたのだった。


……………………

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