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死者の冒涜

……………………


 ──死者の冒涜



 揺れるドーラ棟。


 その床を引き裂いて怪物がその姿を見せた。


「こいつは……ドラゴン……!?」


 床を崩壊させて姿を見せたのは黒いうろこのドラゴンに見えた。だが、様子がおかしい。ドラゴンは元来理知的な存在なのだが、このドラゴンからは知性が感じられない。それに体の一部が腐敗しており、白い骨が見えている場所もある。


「ドラゴンゾンビとは。厄介な……!」


 回復し終えたセラフィーネもそう言って呻く。


 ドラゴンゾンビ──誇り高きドラゴンをアンデッドに変えたものだ。ドラゴンそのものが強力な存在であるため、アンデッド化したそれもまた同じように強力である。知性をなくしてもドラゴンは魔法を使えるがゆえに。


「これでもまだ私が学園で虐殺を繰り広げるのを止められると豪語するかね?」


 パイモンはドーラ棟を崩壊させて地上に現れたドラゴンゾンビを前にそう問う。まるでジークたちを嘲るかのようにして。


「なあ、魔女。あれは倒せると思うか?」


「ドラゴンゾンビだけでも危険なのにデュラハンもまだ健在だ。分からんな」


「そうか。やばいな……」


 ジークたちの前にはドーラ棟の2階の吹き抜けほどの高さに達するドラゴンゾンビがいて、その背後には2体デュラハンと無数のゾンビ、そしてパイモンがいる。


「何はともあれ、まずはドラゴンゾンビをぶっ倒そう。あれの弱点は?」


「他のゾンビ同様に頭部だ。だが、気を付けろ。ドラゴンゾンビは──」


 セラフィーネがジークに警告を発しようとしていたとき、ドラゴンゾンビの顎が開き、そこに魔法陣が浮かび上がった。


「ブレスが来るぞ! 逃げろ!」


「畜生!」


 魔法陣が赤く輝き、そこからレーザービームのように熱線が照射される。熱線は崩壊したドーラ棟の残骸を焼き切りながらジークたちを追う。


 ドラゴンのブレスというのはファイアドレイクのような原始的な燃料に火をつけて放射するものと異なる。彼らは魔法によって熱線を形成して、それを敵に対して浴びせかけるのである。それゆえにその威力は絶大だ。


「クソ、クソ、クソ! やべえ!」


 ジークは熱線を回避しようとするが熱線はすさまじい速度でジークたちを追尾してくる。そして、ついに熱線はジークを上半身を焼き払い、ジークの上半身は蒸発するようにして消滅した。


「ジーク!」


 セラフィーネが叫び、ジークの下半身が床に倒れる。彼が死ぬことはないが、回復するのには時間がかかるだろう。その間はセラフィーネがひとりでこの場を凌がなければならない。


「誇り高きドラゴンをこのようにして辱めるとはな」


「ドラゴンも人間もさして変わりはしない。同じ肉の体に縛られた存在だ。肉の体の不完全さに左右される愚かな存在だ」


 セラフィーネの言葉にパイモンはそう返す。


「そこの賢者を名乗るヘカテの眷属であっても、それに変わりはない。あれもまた愚かさにまみれた下等な肉の塊だ」


 パイモンはロジーの方を見ながらそう言うがその声色に嘲りの色はなく、どちらかといえば同情の色が見えた。


「しかしながら、君と勇者ジークは異なるはずだ。肉の弱みを克服したであろう君たちには興味がある。そうだな。君たちを解剖を含めて徹底的に調べさせるならば、そこにいるヘカテの眷属たちは逃がしてもいいぞ」


 ドラゴンゾンビは再び魔法陣を形成し始め、その狙いは今度はセラフィーネたちではなくロジーたちとなっていた。


「ふふっ。侮らないでもらいたいのです」


 そこでロジーが小さく笑ってパイモンに告げる。


「私はヘカテ様から寵愛を受けし眷属。そう簡単にはやられないのですよ?」


「ほう。では、試させてもらおうか。ヘカテの眷属がどの程度のものか」


 パイモンがそう言うとロジーたちに向けてドラゴンゾンビが熱線を放つ。高熱がロジーと憲兵隊を襲おうとするが──。


「盾よ!」


 ロジーがそう唱えることで生じた結界がロジーたちを守り、熱線は弾かれた。弾かれた熱線は反射し、ドラゴンゾンビとその先にいるデュラハンを貫き、デュラハンは完全に消滅させられた。


「なるほど。超高度な結界か。厄介ではあるが何発耐えられるかな?」


 ドラゴンゾンビは熱線が反射するのに構わず攻撃を浴びせ続け、ロジーは結界の先で額に汗をにじませながら攻撃に耐える。


 魔法の女神でもあるヘカテの眷属であるロジーの展開する結界は強力だ。だが、無敵ではない。いずれドラゴンゾンビの激しい攻撃によって防御力が飽和し、結果として結界は崩壊するだろう。


 しかし、彼女の狙いは攻撃を防ぎ続けることではない。


「──おらっ! よみがえったぞ、こん畜生!」


「勇者ジーク!」


 そう、ジーク復活までの時間を稼ぐことであった。


 上半身が消滅したはずのジークはまずは骨が再生し、血管や内臓、肉が再生していき、最後に皮膚が体を覆った。それによって復活したジークがドラゴンゾンビに向けて襲い掛かる。


「だが、不老不死と言えど何にでも勝利できるわけではあるまい。そのちっぽけな剣で私のドラゴンゾンビが倒せるものか」


 パイモンのその言葉と同時にドラゴンゾンビがその熱線の狙いをジークに定める。魔法陣が赤く輝き、そこから熱線が──。


「“月影”!」


 ジークが熱線が放たれる寸前に“月影”をドラゴンゾンビの頭部に向けて投射し、そう叫ぶと投射された“月影”の刃から青白い粒子が流れ始め、それがひとりの女性の姿を形成した。


「ふわあ。ボクの出番みたいですね、主様?」


 現れたのは“月影”の化身だ。妙齢の女性の姿をしたそれが“月影”の刃を手にしてドラゴンゾンビの頭部の直上から襲い掛かる。


 ドラゴンゾンビはそれを脅威と認識してすぐさま後退し、その攻撃を回避しようとするが“月影”の化身はそう簡単に獲物を逃がさなかった。


「それっと!」


 “月影”の化身はその刃でドラゴンゾンビの首を狙う。ドラゴンゾンビはとっさにその腕で“月影”を狙い、“月影”はその腕に斬りかかった。


 ザンッと肉の裂ける音が響き、ドラゴンゾンビの腕が切断され地面に落ちる。腐敗して骨の見えていたそれは地面に落ちると瞬く間に腐敗がさらに進行し、溶けるようにして液状化した。


「まさかインテリジェントウェポンだと。おのれ……」


 パイモンがここでようやく自分の不利を悟った。


「ははっー! これで戦力は互角だぜ?」


 ジーク、セラフィーネ、ロジー、“月影”の化身、そして憲兵隊。それに対峙するのはドラゴンゾンビ、デュラハン、ゾンビ、そしてパイモン。


 戦力差はもはや存在しない。


「やるぞ。まずはドラゴンゾンビを葬り、そしてデュラハンを、それからゾンビどもを。最後にあのイカレた悪魔崇拝者を懲罰する」


「あいよ。やってやりましょう!」


 セラフィーネが言い、ジークが改めて“月影”を構える。


「援護するのです! 防御は任せて攻撃に専念を!」


「頼むぜ、ロジー!」


 ロジーが叫び、ジークたちはドラゴンゾンビに挑みかかった。


 ドラゴンゾンビは再び熱線を放つべく魔法陣を展開し、ジークたちを狙う。魔法陣が急速に赤く輝き始め、そして熱線が放たれるが──。


「盾よ、守りたまえ!」


 ジークたちを狙った熱線はロジーの展開した結界によって弾かれるが、それでも熱線を照射するドラゴンゾンビに向けてジークたちは駆ける。


「首を狙え! 頭部が弱点だ!」


「了解だ!」


 セラフィーネは繰り返しドラゴンゾンビの弱点を告げ、ジークたちは攻撃の中を駆け抜けてドラゴンゾンビの首を狙う。セラフィーネは朽ちた剣で、ジークは“月影”に刃で、“月影”の化身は己自身の刃で。


 3つの刃で狙われるドラゴンゾンビは今すぐにでもロジーの展開する結界を破ろうと火力を上げてくる。赤い結界は今やそれ自身が熱を持っているかのように赤熱したように輝き続け、そこから先ほどより強力な熱線が放たれた。


「うおっ……! 大丈夫か……!?」


「今はロジーを信じろ!」


 ロジーの張った結界がびきびきという音を立ててきしむのに、ジークは呻きながらそう呟く。だが、今はロジーの力を信じるしかない。引いているような時間的余裕はなく、時間が経てば経つほど敵が優位になる。


「行くぞ、“月影”! あいつの頭を狙う!」


「了解なのですよ~! けど、ゾンビの血は不味いのです~!」


「我慢しろ!」


 ジークと“月影”の化身が思い切り前に出てドラゴンゾンビを間合いに収める。


 ドラゴンゾンビは後退を始めるが、それを逃がすまいとするものがいた。


「逃がさんぞ。最後は誇りある死を与えてやる」


 ドラゴンゾンビに向けて無数の朽ちた剣を降り注がせ、その動きを止めたのはセラフィーネだ。彼女がドラゴンゾンビの動きを封じた。


「やれ、ジーク! ドラゴンに相応しい死を!」


「オーケーッ!」


 ジークが身体能力をフルに使って跳躍し、“月影”の化身も跳躍する。そして左右から彼と彼女が同じ“月影”の刃でドラゴンゾンビの首を引き裂いた。


 ドラゴンゾンビの首が落ち、地面にどしゃりと潰れるようにして落ちると、ドラゴンゾンビはどこか安堵したような表情を一瞬浮かべて、そのまま急速に進んだ腐敗の中で液状に溶けていった。


「おーしっ! やったぞ。お次はデュラハンだ」


「ああ。そして、あの腐敗卿などと名乗る悪魔崇拝者に神々の神罰を」


 ジークとセラフィーネ、そして“月影”の化身がドラゴンゾンビの死体の向こうから迫るのにパイモンは明らかに動揺していた。


「おのれ……! 時間を稼げ、デュラハンども! 私は次の策に出る!」


 パイモンはそうデュラハンたちに命じ、マスケットを構えたデュラハンがゾンビたちを引き連れてジークたちの方に前進してきた。


 逆にパイモンの方は階段を伝って2階へと逃げていく。


「逃げようってつもりか。蹴散らすぞ、魔女。あいつを逃がすわけにはいかん!」


「ああ。蹴散らす!」


 ジークがそう叫び、彼らはデュラハンとの交戦に突入。


 デュラハンは大砲のような巨大なマスケットでジークたちを狙い、盛大な銃声とともに銃弾が飛来する。しかし、ロジーのジークたちを守る結界は未だに健在であり、銃弾を弾き、彼らを助ける。


「さあ、鉄砲の間合いじゃなくなったぜ!」


 ジークたちは剣の間合いに2体のデュラハンを捉え、彼らに斬りかかる。


 2体のデュラハンは銃を鈍器として扱い、ジークたちに応戦。さらに後方からゾンビたちがデュラハンを援護して銃撃を加えてくる。


 ゾンビたちは前列が射撃すると後列がすぐさま射撃し、後列が射撃している間に前列が装填するという戦法で弾幕を展開している。ロジーの結界はまだそれを弾いているが、それを展開しているロジーはもう疲労困憊で汗びっしょりだ。呼吸もひどく荒い。


 彼女の結界はもうそう長くはもたないだろう。


「ロジーが限界になる前に終わらせるぞ」


「ああ。デュラハンは任せとけ。あんたはゾンビを掃討してくれ」


「任された」


 ジークはセラフィーネにそう求め、彼女は無数の朽ちた剣を召喚すると射撃を続けるゾンビたちに向けて叩き込んだ。


 まともな防御力を持たないゾンビたちは一瞬で掃討された。もはや血肉で赤黒く染まったドーラ棟のエントランスに残ったのは腐肉の塊だけ。


「さあて、魔女が景気よくやったところで俺たちも!」


「あとで口直しを要求するのですよ~!」


「分かった、分かった! 今は敵を斬れ!」


「カワイイボクにお任せなのです!」


 ジークと“月影”の化身はそれぞれ1体ずつデュラハンを受け持つと、その刃でデュラハンを引き裂く。それでデュラハンは無力化されたかに一瞬思われたが……。


「こいつ……自爆する気か!?」


 デュラハンは爆薬が詰まった袋に火をつけていた。じりじりと導火線を火が伝い、そしてジークたちが逃げる時間もないままに爆薬が爆ぜた。


 爆風と炎が辺りを覆い、ジークたちの姿が見えなくなる。


「ジーク! 無事か!?」


 セラフィーネが煙をかき分けてジークの下に急いだ。


「げほげほっ。無事だ。だが、ついにロジーの結界が吹き飛んじまった」


 煙の向こうではジークも“月影”の化身も無傷であった。


「ロジー様!」


 しかし、憲兵とともに後方にいたロジーはついに魔力切れで床に崩れ落ちており、憲兵たちが急いで救護に当たっていた。


「ロジーは大丈夫か……?」


「眷属ならばそう簡単に死ぬことはないだろう。我々はパイモンを追うぞ」


「了解だ」


 セラフィーネはパイモンを追うことを優先し、ジークはロジーを心配しながらも彼女に続いてドーラ棟の2階に上る。


「パイモン! もう逃げられんぞ!」


 セラフィーネはそう声を上げながらドーラ棟の2階を捜索する。


「ジーク、何か聞こえるか?」


「待て。こっちから人の声がする」


 ここでジークの耳が人間の声を聞き取り、ジークたちはそちらの方に向かう。


「アレクサンドラがまだ見つかっていないのが嫌な予感がする」


「そうだな。最悪、もう死んでいるか……」


「縁起でもないこと言わないでくれ」


「そうは言うが我々と違って他のものは存外簡単に死んでしまうものなのだぞ?」


 ジークが渋い顔をするのにセラフィーネは涼しい顔でそう言ってのけた。


 ふたりは慎重に声のする方に向けて前進していく。


「この先だ。どうする?」


「パイモンは次の策を準備すると言っていた。それを考えるならば、ここはその策を潰すために動くべきだろうな」


「奇襲か。了解だ。やってやろう」


 ジークたちはドーラ棟の2階にあった部屋の前で止まるとアイコンタクトをして頷き、ジークが扉を蹴り破って突入し、すぐさまセラフィーネが朽ちた剣を召喚して切っ先を内部に向ける。


「そこまでだ!」


 部屋の中にはパイモンがいた。そして彼の横には──。


「アレクサンドラ!」


 壁に串刺しにされたまま意識を失ったようにぐったりしているアレクサンドラが。


「まさかここまで追い詰められるのは予想外だった。だが、私は決して諦めぬ。何としてでも大図書館に眠る私の求める知識を暴いてくれれよう!」


 パイモンはそう言いナイフを構え、それをアレクサンドラに向けた。


「無駄だ。手負いとはいえ吸血鬼がナイフ1本で殺せるものか」


 しかし、セラフィーネは冷静にそう言い放ち、その朽ちた剣の矛先をパイモンに向ける。朽ちた剣が放たれればパイモンは確実に死ぬだろう。


「愚かな。殺すのは大図書館館長ではない。この私だ」


 そういうとパイモンはその刃を自分の胸に突き立てた。パイモンは苦悶に呻く声を上げたがそのまま自分の胸をえぐり、その傷を確実に致命傷にしていく。


「何をしやがった……!? 自殺か……?」


「待て、違うぞ、ジーク。アレクサンドラが流した血を、その魔力を急速に吸い取っている。これはまさか……!?」


 アレクサンドラが床に流していた血がずるずるとパイモンの方に流れていき、死にかけている彼は倒れることなく宙に浮かび始める。


 そして魔力が凝集し、変化を起こした。


「おいおい。どうなったんだ……?」


 目の前にはパイモンがいる。すでに死人の仮面は剥がれ落ち、そのロタールとしての表情を見せているがその表情は仮面と同じように生気がない。


「あれは魔法使いが高度なアンデッドに変化したものだ。つまり……」


 セラフィーネの言葉をにやりと笑ったパイモンが引き継ぐ。


「そう、私はリッチーなったのだ……! ふは、ふははははっ!」


 パイモンの不気味な笑いがドーラ棟の部屋の中にこだまする。


……………………

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