血まみれの勝利を
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──血まみれの勝利を
ジークを巻き込んで爆発したトリニティ教の兵士たち。
「やったか……!?」
誰もが勝利を確信して黒煙に覆われている空間を見つめる。
煙はゆっくりと晴れていき、そこにある惨状が露わになった。
飛び散ったトリニティ教徒たちに肉片。まき散らされた臓物。流れている血。
しかし、そこにジークの死体は見当たらない。
「どうなっている……?」
ジークの姿を探すトリニティ教徒たち。あの爆発から逃れられたはずがなかった。間違いなく仕留めているはずだと彼らは考えている。
しかし、その考えは裏切られた。
「ふっざけんなよ、てめえら!」
爆発で吹き飛んだはずのジークが次に現れたのは正面の注目していたせいで注意が逸れていたトリニティ教徒たちの側面だった。
彼は左腕を失い、顔面も半分はぐちゃぐちゃで骨が見えている。それに加えて右脇腹からは腸を漏らしていたが、それを全く気にする様子もなく右手で“月影”を振るってトリニティ教徒たちに襲いかかった。
「ば、化け物っ──」
「どうしてその傷で動いていられ──」
ジークの傷は戦い続ける中で瞬く間に再生していく。まずは脇腹の傷が治癒し、左腕が生えてきて、えぐれた顔面に肉がついていって再生する。
「ったく! 自爆とか命を粗末にしやがって。そんなに神様が好きかね?」
ジークは再び両腕で“月影”を構えてそう愚痴るようにつぶやく。
「ひ、怯むな! あれは悪魔の使いそのものだ! 我々の敵である!」
「おおおおっ! 神のために!」
確かにジークの先ほどの姿は悪魔の使いと言われても不思議でないほどグロテスクであった。どこに腸をたらしながら戦う勇者がいるだろうか。
「──おやおや? 私のことはもう忘れたか? こっちにも敵はいるのだぞ」
敵の注意が完全にジークに向いていたときセラフィーネが嘲るようにそういう。
彼女は朽ちた剣を横に真っすぐ振るうとそこから横列にずらりと朽ちた剣が並ぶ。そして、セラフィーネが剣の刃をその爬虫類の瞳でとらえたトリニティ教徒たちに向けるとその刃が一斉に放たれた。
その放たれた刃はまるで砲撃のように作用し、次々にトリニティ教徒たちを引き裂きながら突き進んでいく。刃に引き裂かれたトリニティ教徒たちは鮮血と悲鳴をまき散らしながら地面に倒れていった。
「へえ。そいつはなかなかに便利だな?」
ジークはその様子を見ながら軽く口笛を吹く。彼はセラフィーネの魔術はやはり自分の剣による戦いよりも集団戦に向いているなと思ったところだ。
「まあ、俺の“月影”も本気を出せば、と──!」
ジークは祈るように目をつぶり“月影”を正面に構えると、カッと目を見開いた。
次の瞬間、“月影”が分裂していた。ジークの手の中にある“月影”の本体とは別に空中に浮かぶ7本の刃がぐるりとジークの周りに展開し、ジークが構えるようにしてそれらの刃がトリニティ教徒たちに向けられる。
「行くぜ」
そして、ジークは周囲に分裂した“月影”を浮かべたままトリニティ教徒の隊列に向けて突撃を敢行。
すでにジークとセラフィーネの攻撃で脆くなっていた隊列を追撃するような突撃を前に、トリニティ教徒たちにできることはさほどなかった。ただ彼らは逃げることはせず、怯え、混乱しながらも応戦を試みた。
しかしながら、その抵抗は無意味だ。
「そらっ! 蹴散らしてくれる!」
ジークの周囲に浮かぶ7本の剣はそれぞれがジークに操られているのと同様に動き、トリニティ教徒たちの反撃を退け、逆に圧倒的物量のある敵を次々に屠り倒していく。
「ふーっはははは! さっき吹っ飛ばしてくれた分のお礼をたっぷりしてやる!」
ジークは血の臭いにテンションが跳ね上がり、トリニティ教徒たちを撃破し続ける。首を刎ね飛ばし、臓物をぶちまけさせ、心臓を貫き、まさに無双とはこういうことだというのを知らしめた。
刎ね飛ばされた首が、まき散らされた臓物が、吹き上げる鮮血が、草原を赤黒く残酷に彩り始める。
「──ええい! 退け! 私が出る!」
そこで男のよく響く声が上がり、トリニティ教徒の兵士たちがさあっと道を開いた。
ジークから一直線に開けた道の先に現れたのは、身長2メートルを超える白装束の大男だ。その手にはジークの“月影”にも劣らぬ巨大な剣を2本両手で握っていた。その剣にはルーン文字で何かの文言が刻まれている。
「偉大にして唯一の主の名において! 死ね、異端者め!」
大男がそう叫ぶと2本の剣がぼうっと炎が纏う。それは燃料もなく燃えているようであり、すぐに消えることはなく燃え続けていた。
「それ、魔剣の類か? となると面倒くさいな……」
ジークがそうぼやくのもよそに大男は2本の刃を構えた。
「死ぬがいい、異端者!」
そうして男はジークをその刃で引き裂こうとする。しかし──。
「はいはい。太刀筋が読みやすくて助かる」
ジークはあっさりとその攻撃を躱す。大男がその巨体に任せて放った攻撃はあまりにも大雑把過ぎてジークには回避しやすすぎた。大男は次の攻撃を放とうとするが、その巨体は小回りがきいていない。
「お疲れ様でした、と」
ジークはくるりと大男の背後に回り込み、その背中を蹴り飛ばして地面に倒すと背中に“月影”の刃を突き立てた。それによって肺を貫かれた大男は口から血の混じった血を吐くと、そのまま息絶えた。
「たいそうな登場だった割には大したことなかったな」
大男の死体を足蹴にジークはそう呟く。
「さて……お前ら、まだやって死ぬか! それとも逃げるか! 選べ!」
ジークは再びトリニティ教徒たちにそう勧告する。これで逃げてくれればここでの戦いは終わりだ。ジークも生理的な意味で痛い目に遭わずに済む。
「……我々は死を恐れない!」
「……そうだ! 神のために戦う!」
しかし、トリニティ教徒たちは狂っていた。あれだけの力をジークとセラフィーネが示したのにかかわらず、彼らは戦うことを選んだのだ。
「……マジかよ……」
これにはジークもドン引き。死を恐れないという人間ほど死を恐れているのが常なものだが、どうやら例外があったようだ。
「はあ。仕方ない。戦闘継続だ」
殺気だったトリニティ教徒たちに囲まれたジークは大きくため息をつくと、それから再び“月影”の刃を構える。
「お前だけが戦うわけではないぞ」
そこでセラフィーネが空間操作でジークの背後に現れ、楽しげににやりと笑うと朽ちた剣を構えた。ジークの背中は彼女が守るというようにして。
「頼りにしてるぜ」
それからは──虐殺が繰り広げられた。
* * * *
緑に覆われていた草原は今やどこも赤黒く染まっている。
トリニティ教徒たちの流した大量の血を吸った大地は沼のようになっており、そこに肉片や臓物、あるいはむき出しになった白い骨などのグロテスクな彩がなされていた。
「ふう。意外と何とかなるものだな……」
ジークは辺り一面の死体を眺めてそう呟く。
彼らは砦を攻め落とそうとしていたトリニティ教徒たちの軍勢を撃破した。数百名はいただろうトリニティ教徒たちは今や完全に壊滅し、その屍を平原にさらしている。その白装束はどれも血に染まっていた。
「まだまだ戦い足りんな」
「俺はもう当分血は見たくない。しばらくは肉も食べられないかも……」
セラフィーネはからからと笑ってそう言い、ジークはげっそりとした様子でため息。
それから彼らは砦の方に歩いていく。
「おーい! 無事かー!?」
ジークがそう呼びかけると恐る恐るというようにひとりの兵士が城壁の上からジークたちを見下ろした。
「お、お前たちは……? 何者だ……?」
「おいおい。命の恩人をそんな化け物を見るような目で見るなよ……」
「すまない。だが、これは人間のやれることでは……」
ジークが苦言を呈するのに兵士は辺り一面に広がる死体を見てそう言った。
「俺たちは通りすがりの旅人だ。あんたが放った伝令が行き倒れているのを見かけてな。もののついでにちょっと加勢に来ただけだよ」
「伝令……レオンのやつ、随分頼りにある味方を連れてきてくれたじゃないか」
そういって兵士は涙ぐむとその涙と拭ってジークたちの方を見る。
「今、城門を開ける。指揮官に会わせたい。入ってきてくれるか?」
「ああ」
ジークは兵士の招きに応じて砦の中に入る。
砦の中は激しい戦争の痕跡が刻まれていた。
血と膿の嫌な臭いが空気を淀ませ、破壊された城壁が内側に崩れこんでいる。あちこちに包帯を巻いた負傷者がおり、横に並べられた負傷者の中にはそのまま亡くなっている人間も多く存在していた。
「酷いな」
ジークは険しい表情を浮かべて思わずそう呟く。
「戦争とはこういうものだろう」
しかし、セラフィーネの方は特に感情を動かされた様子はない。だが、それでも彼女は心の中でこの戦いで勇敢に死んだものたちが、戦神モルガンに気に入られることを祈っていた。戦神モルガンは勇敢に戦ったものを自らの館に招き入れるのだ。
「君たちが我々を助けてくれた人間か」
そこで砦の奥の方から三角巾で右腕を吊った初老の男性がジークたちに前に現れた。
「ああ。俺はジークで、こっちはセラフィーネ」
「私は指揮官のモーリッツだ。まずは君たちの助力に感謝する。君たちは我々全員の命の恩人だ。ありがとう」
「いいってことよ~」
モーリッツと名乗った指揮官が頭を下げるのにジークは軽くそう返す。
「それより、このままここを守り続けるわけじゃないよな? 流石に撤退した方がいいんじゃないか?」
「それも考えているが、命令がなければ勝手には動けない。また改めて伝令を出し、司令部に指示を仰ぐ。時間稼ぎと敵戦力の漸減という点ではすでにこの砦は目的を果たした。撤退が命令されるだろう」
「それは何よりだ。せっかく助かった命だ。大事にしてくれ」
ジークはそう苦笑して告げた。彼はもう十分に生きたから死にたいのであって、意味もなく命を投げ捨てる行為は嫌いであった。
それに助けた命がすぐに失われるのはむなしくなる。
「あれは敵の本隊だったのか?」
そこでセラフィーネが横からそう尋ねてきた。
「ああ。主力のひとつと考えられていた。だが、まだ敵の主力は残っているだろう。北部から南進してきた敵の中には、使徒が含まれているという確かな情報がある」
「使徒、ねえ。化け物みたいな連中だって聞いてるけど、あんた見たことは?」
「一度、トリニティ鎮圧する目的とした北部戦役の際に見た。あれはまさに化け物だ。軍勢が使徒ひとりを前に……」
思い出したくないことを思い出したというようにモーリッツは口を押える。
「それは戦い甲斐がありそうだ。我々が出くわすといいがな」
「勘弁してくれよ。せっかく買った服がもうこんなだぜ?」
ジークはセラフィーネに血まみれでぼろきれのようにされた服を見せて抗議。
「君たちは東に向かっているのか?」
モーリッツはジークとセラフィーネの会話を聞いてそう尋ねる。
「ああ。ルーネンヴァルトを目指している。これからずっと東に向かうつもりだ」
「……そうか。しかし、東の一部はすでにトリニティの連中を前に陥落したと聞く。十分に注意した方がいい。連中が市民を相手に殺戮を繰り広げて、グールの類も蔓延っていると聞いた。容易な道のりではないだろう」
「情報、ありがと。十分に注意するよ。あんたらも気を付けてくれ」
「ああ。改めて我々を救ってくれてありがとう。これは僅かだが受け取ってくれ」
そういってモーリッツはジークたちに金貨が詰まった小さな革袋を手渡し、彼らに敬礼を送った。
「助かる。じゃあ、幸運を」
「そちらも」
ジークたちとモーリッツはそう言葉を交わし、ジークとセラフィーネは外に出た。
「しかし、グールが蔓延るほど死体が出てるってやべえな」
グールとは埋葬されていない死体をむさぼる生き物であり、大きな戦争のあとなどに発生することで知られている。戦争では祈りを捧げられず、埋葬されていない死体が大量に出るがゆえにだ。
「楽しみではないか。次は使徒とやらを相手にできるといいのだが」
「マジでそれは勘弁して。今日だけでも滅茶苦茶にされたのにさ。俺はもう当分は戦いたくないんだけど」
「そういうな。お前の魔剣の本当に姿というものを見たら、よりお前に興味が湧いた。あれは全て自分で制御していたのか?」
「いや。全てが全てってわけじゃない。というのも、“月影”にはさらに本当に姿のあるんだよ」
「ほう?」
ジークがそう言って軍馬となっているムニンを引きながら言うのにセラフィーネもフギンを引きながら目を輝かせて興味を示した。
「ほうほう? どういう姿なのだ? 見せてくれ」
「仕方ねえなぁ」
ジークは面倒くさそうに後頭部をぼりぼりと掻くと“月影”を忠誠を立てる騎士のように縦に握る。
「“月影”、来い」
そのジークの言葉で現れたのは──。
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