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転生悪役令嬢おじさん、健康伝道の旅に出る件

朝の広場は、祭りの後みたいな静かな熱気に包まれていた。

屋台からは“調和膳”の湯気がのぼり、パンを焼く匂いと薬草の香りがやさしく混じる。人だかりの最前列、王と王妃が並び立つ。


国王は胸を張ってはいるが、口元は少しさみしげだ。

「ふぉっふぉ……余としては、そなたらにまだいてほしいのだがのう。余の血圧、最近は安定しておるし」

王妃は扇子でため息をひとつ。

「残念ですわ。掃除係は少しほっとしていますけれど……あなた方がいないと、国の脈拍が退屈になりますもの」


「陛下、王妃様」

俺――エレナ=フォン=クラウス(中身はおじさん)は、タオルを翻して深く一礼した。

「おーっほっほ。必ず戻ってまいりますわ。その時は、さらに健康的に、さらに美しく――数値で証明いたしますのよ!」


後ろでは旅支度のドタバタが始まっている。

ユリウスが山のような荷物を一気に担ぎ上げ――

「任せてくれ! プロテイン×3袋、ダンベル×2、簡易スクワットラックまで――」

「持ってくな!」俺は額を押さえる。「筋トレは地面があれば成立しますわ! 骨盤立てて、荷重分散!」

「はい教官!」


セレーネはクールに薬草鞄と記録巻物を抱え、すっと歩き出す――が、次の瞬間つまずきかけて俺の腕を取った。

「っ……失礼。段差を見誤りました」

「ふふ。データは完璧でも、足元は人間的ですわね」

彼女はうっすら耳まで赤い。「道中の数値管理、私にお任せを。体重・血圧・HbA1c、週次レポートで提出します」

「頼もしいこと」


庶民たちが口々に叫ぶ。

「また健康診断やってくれよ!」「広場スクワット、週一でやるから!」

「血圧計ロスがつらいんだが!」「旅の無事、歩数で報告してくれ!」

泣き笑い、どよめき、拍手。昨日まで青白かった顔に、ちゃんと血の色が戻っているのが嬉しい。


王妃が小さく笑った。

「……あなた方が来てから、台所は明るく、病室は静かになりました。次の街でも、同じ奇跡を」

国王は拳を握る。「うむ。帰ってきたら、余とスクワット勝負じゃ!」

「陛下、まずはフォームからですわ」


荷馬車に積んだのは――血圧計・血糖測定器・体組成計、折りたたみの調理台、小鍋とスパイス、救急薬草、全粒パンの乾貨、そしてタオル束。

ユリウスが馬の手綱を取り、セレーネが地図を開き、俺は振り返って広場に手を振る。


「おーっほっほ! サクロの友よ、フィトリアの民よ。次は“健康の空白地帯”を巡ってまいりますわ! ――必ず、もっと強くなって戻る!」

歓声が波のように押し寄せる。子どもが真似してタオルを振り、老人が背筋を伸ばし、パン職人が親指を立てた。


蹄の音がコツ、コツ、と石畳に響く。

朝の風がタオルの端を持ち上げ、三人の影が門の外へと長く伸びていく。

祖国を後にして――健康文化を広める、三人の旅がはじまった。


街道は広く、両脇には菜の花が揺れていた。

馬車に揺られながら、俺は荷物の山を見て額を押さえる。


「……これはどう見ても過積載ですわね」

ユリウスは胸を張り、筋肉を誇示する。

「大丈夫だ! 筋肉は裏切らない!」

「裏切らなくても、馬が潰れますわ!」


馬が「ヒヒーン」と情けない声を上げ、セレーネが冷徹に告げた。

「データによれば、許容荷重を超えています。馬の心拍数も上昇中」

俺はタオルで汗を拭い、ユリウスを睨む。

「今すぐ不要な器具を降ろしなさい」

「どれも必要だ! スクワットラック、懸垂バー、ベンチ台!」

「ジムを持ち歩くつもりかッ!!」


セレーネは溜息をつき、地図を広げる。

「……次の都市まで四日。食料と水の管理が課題ですわね」

「なるほど」俺は頷いた。「旅は外交より消費カロリーが多い。つまり栄養バランスを崩しやすい」

「ふむ。では毎日、摂取カロリーと消費カロリーの収支を計算しよう」


ユリウスは眉をひそめる。

「か、カロリー? 俺は“タンパク質量”しか見てないぞ!」

「バランスを見ろ!」俺は即座にツッコむ。「炭水化物を抜けば動けず、脂質を恐れれば回復できず。筋肉だけ見ては国は守れませんのよ!」


セレーネがクールに指を伸ばす。

「統計上も“極端な食事制限”は寿命を縮めます。……あなたの筋肉は、数値的に危険域です」

「な、なにぃ!? 俺の筋肉が危険域!?」

ユリウスはスクワットしながら狼狽し、馬車が大きく揺れた。

「おーっほっほ、落ち着きなさい!」


街道を抜けると、白い石造りの塔が林立する都市が現れた。

どの建物にも窓が少なく、静謐で乾いた空気が漂っている。


「……静かすぎるな」ユリウスが低く唸る。「筋肉の声も聞こえん」

セレーネは冷ややかに答えた。

「ここは学術都市レオニア。知を尊び、断食と禁欲を信条とする学者の都です」


街に入ると、通りを歩く人々は一様に痩せ細り、目の下に濃い影を落としていた。

屋台には食べ物らしいものはなく、掲げられた布にはこう書かれている。

【断食こそ叡智への道】

【食欲は愚者の象徴】


通りすがりの学者が、乾いた笑みを浮かべながら語る。

「三日食べずに思考した結果、真理に近づけた……だが倒れかけたので杖が必要だ」


庶民の子供までもが空腹に青ざめ、地面にしゃがみこんでいる。

「お腹……鳴ってる……でも先生が“食べると愚かになる”って……」


俺――悪役令嬢おじさんことエレナ=フォン=クラウスは、タオルで額を拭って深いため息をついた。

「おーっほっほ。知を求めて餓死するなど、ギャグにもなりませんわね」


セレーネは冷徹に結論を下す。

「……数値を測れば一目瞭然。飢餓は知を高めるどころか、脳の働きを鈍らせます」


ユリウスが拳を握る。

「食わねば筋肉も消える! それじゃ何も守れん!」


石畳の広場の中央、長身の老学者が立ちふさがった。

「……異邦の者よ。ここは“断食の叡智”に守られた都市。食を説くなら、論戦で証明してみせよ!」


⸻学術都市レオニア。

次なる戦場は、“飢えを美徳とする知の都”だった。


広場に集まった学者たちは、皆同じように痩せ細り、骨ばった指で巻物を握りしめていた。

老学者が咳き込みながら口を開く。

「断食こそ精神を研ぎ澄ませる。食を絶てば雑念も消え、真理に近づけるのだ……!」


群衆の学者たちが一斉に唱和する。

「空腹は叡智!」「飢えこそ神秘!」


ユリウスは額に青筋を浮かべ、スクワットで地面を揺らした。

「馬鹿な! 食わずに筋肉が保てるものか! 考えるにも体力がいる!」


セレーネは冷ややかに巻物を取り出し、淡々と告げる。

「統計によれば、極端な断食は集中力を低下させ、判断力を鈍らせる傾向があります。知を求める者なら、まず数値を直視すべきですわ」


俺はタオルを翻し、血圧計を取り出した。

「おーっほっほ! では実際に診断して差し上げましょう!」


老学者の腕にカフを巻き、ギュウゥゥ……。

ピピッ。


「上……85。下……55。――低血圧ですわ! このままでは倒れる寸前!」


広場がざわめく。

「ば、馬鹿な……叡智の証では……?」

「いや……昨日から目が霞んで、計算式も間違えた……」


次に体組成計。

「体脂肪率……3%。筋肉量……壊滅。――あなた方の身体は、真理よりも先に病院に行くべき状態ですわ!」


群衆「……!」

セレーネは静かに結論づける。

「脳も臓器も栄養を必要とします。飢えは叡智ではなく、愚行。――それが数値の示す真実です」


ユリウスが拳を突き上げる。

「筋肉がなければ知も守れん! 食え! 食ってスクワットだ!」


老学者は膝をつき、乾いた声で呻いた。

「……真理を求める我らが……愚かだったのか……?」


俺はタオルを肩に掛け直し、宣言する。

「おーっほっほ! 断食も節制も大切ですが、極端は毒。――真の知は、“バランスの食事”と共にこそ育つのですわ!」


広場がどよめき、子供たちが立ち上がってパンをかじった。

「うまい!」「頭がスッキリする!」

学者たちは呆然としながらも、その姿に目を奪われていた。


⸻こうして、学術都市レオニアの禁欲思想は、大きく揺らぎ始めた。



おーっほっほ! 本日は“断食都市”を救いましたが、断食という文化そのものは人類史的にも古くから行われてまいりました。

宗教的儀式から健康法まで、多様な意味を持つ断食。――では現代栄養学・生理学の視点から、どう整理できるのでしょうか?


• 断食の効果(適度な場合)

•胃腸を休ませ、消化器の負担を軽減。

•インスリン感受性を改善し、血糖値の安定に寄与。

•軽度のオートファジー(細胞の清掃機能)を活性化し、代謝の効率を高める。


• インターミッテント・ファスティング(IF)

近年注目の「時間制限食」。

例えば 16時間断食+8時間の摂食 というパターンが有名ですわ。

•動物実験や一部臨床研究で、体脂肪減少や血糖コントロール改善の効果が報告。

•食事回数を減らすことで総摂取カロリーが下がりやすくなる。


• 断食のリスク(極端な場合)

•脳へのブドウ糖供給不足で集中力・判断力が低下。

•筋肉の分解が進み、基礎代謝が落ちる。

•長期の絶食は栄養欠乏・電解質異常を招き、命に関わることも。


• 結論:バランスこそ力

適度な断食やIFは一部の人に有効な手段となり得ますが、極端な断食は危険です。

「空腹は叡智」などという極論は、実際には集中力低下とフラフラを招くだけ。

おーっほっほ! 真に健康で賢明でありたいなら―― “節制と食事の調和”こそが黄金律 ですわ!

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