転生悪役令嬢おじさん、砂糖王国で改革を迫られる件
巨大プリンが崩れ落ちた大広間は、カラメルの沼と化していた。
床はべたつき、椅子も机も粘りに絡め取られて動かない。庶民は「ぎゃはは! 靴が脱げねぇ!」と騒ぎ、兵士たちは剣を落としてぬちゃぬちゃと転倒していた。
国王は豪快に笑い声を響かせる。
「ふぉっふぉっふぉ! 神の甘味が倒れるとは、なんとも皮肉よの!」
王妃は冷静にため息をつき、濡れた裾を持ち上げる。
「……このままでは国そのものが病に沈みますわ。医療班では国民全員を救えません」
俺――エレナ=フォン=クラウス(中身はどう見てもおじさん)は、額の汗を拭いながら血圧計をドレスの袖へ仕舞い込んだ。
「おーっほっほ。証明は終わりましたわ。砂糖の過剰は、信仰ではなく毒。外交の場でさえ、事実から逃げられませんのよ」
観衆はざわつき、庶民の誰かが叫んだ。
「角砂糖三つで血圧195だってよ! 神の加護どころか死神の祝福じゃねぇか!」
「ぎゃはは! 俺もうシロップ飲むのやめる!」
神官長は顔を真っ赤に染め、杖を突き立てて吠える。
「戯言を! 砂糖こそ神の涙、魂の高揚! それを否定する者こそ、国を蝕む疫病よ!」
セレーネが静かに歩み出て、冷ややかに言い放った。
「疫病はむしろ、血糖スパイクですわ。数字は嘘をつかない。国を守るのは信仰ではなく“健康”――そうでしょう、エレナ」
俺は頷き、タオルを肩に掛け直した。
「おーっほっほ。ここに宣言いたします。このサクロ王国、砂糖の鎖から解き放ちましょう!」
観衆「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
⸻外交改革の火蓋が、切って落とされた。
外交会議をひとまず終え、俺たちは「文化交流」と称してサクロ王国の名物を視察することになった。
案内役の兵士が胸を張る。
「まずはこちら、“角砂糖塔”でございます!」
見上げれば、空に届かんばかりの白い積み木。……全部、角砂糖。
「おーっほっほ。湿気で崩れたら即・糖質雪崩ですわね」
案の定、風がひと吹きするとザラザラと砂糖が崩れ落ち、庶民が下で「ぎゃはは! 口開けろー!」と口に直撃させて喜んでいた。
次に訪れたのは「カラメル温泉」。
見た目は琥珀色で美しいが、入ってみると全身ベタベタ。
ユリウスが呻き声をあげる。
「ぬちゃぁ……スクワットが……重い……!」
「だから言ったでしょう」セレーネが冷ややかに呟く。「温泉はリラクゼーションであって、糖漬けではないのです」
庶民はというと、子どもたちがカラメルにダイブして「ぎゃはは! 服が固まったー!」と大はしゃぎ。
王妃は頭を抱え、「洗濯係がまた過労死しますわね」と吐き捨てた。
最後に案内されたのは、街角に立つ「角砂糖自販機」。
硬貨を入れると、ゴロゴロと角砂糖が山盛りで落ちてくる。
「ぎゃはは! お釣りが砂糖だー!」
「おーっほっほ。カロリーが崩壊した貨幣経済、恐るべしですわ」
視察の途中、ふと目に入ったのは甘い飲み物を手放せず震える庶民の姿。
「砂糖が……切れると……手が震えるぅ……」
俺はタオルを握りしめ、胸の奥に重さを覚えた。
「……これはただの観光ではありませんわね。国民全体が、砂糖依存症という病に侵されている……」
外交はまだ、入り口にすぎなかった。
夜、宮殿の晩餐会場に並べられたのは――昨日までの“砂糖フルコース”とは一変した料理だった。
主催したのは王妃。「改革の象徴として、砂糖を控えた健康食を試みましたの」と優雅に微笑む。
前菜:ハーブ香る酢キャベツ。
スープ:塩と香草で整えた透明なブイヨン。
メイン:脂を落とした牛肉の香草焼き。
デザート:ベリーとヨーグルトの一皿。
観衆は最初こそ眉をひそめたが、口に入れた瞬間――
「……うまいっ!」
「舌が軽い! 胃が重くならねぇ!」
「血糖スパイクが来ない安心感……!」
庶民のコーラスが一斉に爆発し、会場は別の意味で大盛り上がり。
ユリウスは立ち上がり、拳を振り上げて叫んだ。
「筋肉も喜んでいる! この食事ならスクワット千回も夢ではない!」
会場「ぎゃはははは! 筋肉外交だー!!」
セレーネは冷徹にグラスを置き、淡々と補足する。
「糖質を減らし、ビタミンとタンパク質を組み合わせる……。それだけで国民の健康は劇的に改善しますわ」
俺はドレスの袖からタオルを取り出し、額を拭いながら堂々と宣言した。
「おーっほっほ。ようやく人類は血糖値と和平を結びましたわね。外交とは、甘味に溺れることではなく――健康と共に生きる道を示すことですのよ!」
会場は割れんばかりの拍手。
国王は涙を流しながら叫んだ。
「余は決めた! これより砂糖を“神”から“嗜好”へと位置付ける! 健康と共に歩むのじゃ!」
⸻しかし、その影でただ一人、顔を真っ赤に染める神官長の姿があった。
晩餐会の歓声が渦巻く中、神官長が杖を床に叩きつけた。
「黙れぇぇぇ!! 砂糖を否定するなど断じて許さん! 最後の聖具を解き放つしかない……!」
観衆「おぉぉぉぉぉ!!!」
庶民「ぎゃはは! まだなんか出すのかよ!!」
兵士たちが呼び出されたのは――再び現れた“砂糖鎧兵団”。
しかしその鎧はカラメルに固まり、動きは鈍重。
一歩進むたびに「ぬちゃ……ぬちゃ……」と音を立てて、床に張り付いていく。
神官長「行けぇぇぇ!! 砂糖の力を見せてやれぇ!!」
兵団「……ぬちゃ……動けぬ……」
会場「ぎゃははははは!! ベタベタで詰んでるーー!!」
庶民の一人が突然立ち上がり、叫んだ。
「もう砂糖はたくさんだ! 俺は健康派に乗り換える!」
すると周囲も次々に拳を突き上げる。
「俺もだ! HbA1cを下げるぞ!」
「スクワットこそ信仰だーー!!」
ユリウスが号令をかける。
「立て! 国民よ! 筋肉こそ自由の象徴だ!」
会場全体がスクワットを始め、床がドシンドシンと揺れる。
王妃はうっとりと呟いた。
「……この国の未来は、意外と筋肉に託されるのかもしれませんわね」
神官長は必死に杖を振り回す。
「馬鹿な……砂糖こそ神……! 甘味を失った国に未来など……!」
俺は彼の前に進み出て、タオルを翻した。
「おーっほっほ。未来は血糖値ではなく、選択に宿るのですわ!」
ドンッ!
俺が血圧計を神官長の腕に巻き付け、ギュウゥゥ……。
ピピッ。
「上……210。下……135。――ストレス性高血圧ですわ」
会場「ひぃぃぃ!!! 神官長が倒れるーー!!!」
庶民「ぎゃはは! 砂糖よりストレスに殺されてるぞー!!」
神官長はガクンと崩れ落ち、杖が床に転がった。
国王は立ち上がり、声高らかに宣言する。
「ここに改めて誓おう! サクロ王国は砂糖に溺れず、健康と共に歩む!」
会場「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
──こうして“砂糖外交”は幕を閉じた。
だが俺の胸には一抹の不安が残る。
この国の砂糖文化は、まだ根深く息づいている……。
⸻次なる波乱を予感させながら、外交編は新たな局面へと進もうとしていた。
おーっほっほ! 本日の外交はひとまず幕を閉じましたが、皆さまも「砂糖文化」に巻き込まれぬよう、心得を学んでおくことが肝要ですわ。
まず、“砂糖の代わり”となる自然な甘味を三つ挙げますわね。
果物
ベリー類やリンゴは果糖を含み、砂糖よりも血糖上昇が緩やか。さらにポリフェノールや食物繊維が豊富で、抗酸化作用・腸内環境改善にも寄与しますわ。料理ではサラダやヨーグルトのトッピングに最適ですわね。
はちみつ
単なる甘味料ではなく、ビタミンやミネラル、抗菌成分まで備えた万能食材。白砂糖より少量で強い甘味を得られますの。紅茶やドレッシングに混ぜても優雅に仕上がりますわ。
発酵食品(甘酒・ヨーグルト)
「飲む点滴」と称される甘酒はブドウ糖が主で吸収は早いですが、同時にビタミンB群を補えます。ヨーグルトは乳酸菌の整腸作用で血糖コントロールを助け、果物と合わせれば自然なデザートに。
次に、“血糖スパイクを防ぐ食べ物”をお教えしますわ。
低GI食品(オートミール・全粒穀物)
消化吸収がゆるやかで、食後高血糖を防ぎますの。朝食のパンを全粒粉に替えるだけで、HbA1cが安定しますわ。
食物繊維が豊富な野菜
野菜を先に食べる「ベジファースト」で、糖の吸収スピードを抑制できますわ。外交でも使った酢キャベツは実に理にかなった一皿でしたのよ。
ナッツ類
良質な脂質とミネラルを含み、インスリン感受性を高める効果も。おやつに角砂糖ではなくナッツをつまめば、血糖値も心も安定しますわ。
結論として――砂糖は嗜好品。必要なのは「置き換え」と「順番」。
おーっほっほ! 外交も日常も、甘味に振り回されず賢く選ぶことで、真の勝利を掴めますのよ!




