悪役令嬢おじさん、婚約破棄より減塩生活を考える
式典は大混乱のまま幕を閉じた。
婚約破棄の宣言? ――誰も覚えていない。
代わりに貴族たちの口から出ていたのは、
「やはり塩分は控えめにすべきか」「紅茶はノンカフェインがいいらしい」
そんな会話ばかりだった。
俺はと言えば、控室で椅子に座らされ、使用人に水を渡されていた。
……いや、ありがたいんだけどな。婚約破棄した本人(王子)はどこ行った?
「お嬢様、どうぞお水を」
「おう、サンキュー。あと漬物はあるか?」
「つ、漬物……でございますか?」
「あぁ、減塩のやつ。血圧的にだな」
使用人が困惑する横で、俺は真剣に考えていた。
――転生初日から婚約破棄されたけど、それより重要なのは食生活の改善だ。
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そこへ、顔を真っ赤にした王子が乱入してきた。
「お前っ!! 何をしている!」
「ん? 減塩生活を始めようと思ってな」
「減塩……じゃない! 俺はお前との婚約を――」
「はいはい、それは聞いた。で、朝食はパンか? ご飯か?」
「……は?」
俺の問いに、王子は完全に言葉を失った。
だがすぐに、「くっ……ご飯派だ」となぜか答えてしまう。
「ほぉ……意外だな。てっきりクロワッサンかと思ってた」
「なぜそんな話を……!」
控室にいた侍女たちは、なぜか真剣にメモを取り始めていた。
「王子殿下、ご飯派……!」
「これは大ニュースですわ!」
こうして「婚約破棄令嬢おじさん」のカオスは、健康談義から朝食戦争にまで広がっていった。
「だから俺はご飯派だと……って、なぜ答えなきゃいけないんだ!」
王子が机を叩いて立ち上がる。だが、侍女たちはキャーキャー盛り上がっていた。
「殿下がご飯派だなんて意外ですわ!」
「ではお嬢様は? パン派ですの?」
俺は真剣な顔で腕を組み、うんうんと頷いた。
「いや、朝は味噌汁と漬物が至高。パンは昼。夜は……そばだな」
「……令嬢なのに食卓が完全におじさんっ!」
王子の悲鳴にも似たツッコミが会場に響き渡る。
「お嬢様、減塩のお味噌汁などいかがでしょうか?」
「おぉ、それだ。それで頼む」
使用人が本気で準備を始めてしまった。
……いや、こいつら柔軟性ありすぎだろ。
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そのとき、後ろから咳払いが聞こえた。
「コホン。……場を乱すのはおやめください」
現れたのは、王国随一の健康オタクとして名高い宰相だった。
灰色の髪に眼鏡を光らせ、手にはなぜか血圧計を握っている。
「……おじさん令嬢殿。あなたの健康意識は素晴らしい。しかし、ここは国家の儀式の場。度を越した減塩談義は控えていただきたい」
「いやいや、宰相殿。国家を担う人間こそ健康第一だろ? 血圧管理ができない奴に国は任せられん」
「……っ!」
宰相はぐっと言葉に詰まった。
なぜか周囲の貴族たちから拍手が起こる。
「確かに! 健康なくして国政なし!」
「減塩こそが真の改革!」
こうして婚約破棄の場は完全に健康会議へと変貌し、王子は顔を真っ赤にして叫んだ。
「やめろぉぉぉ!! 婚約破棄より健康を優先するなぁぁぁ!!」
……いや、もう完全に負けてんだろお前。
「健康なくして国政なし!」
「減塩こそが改革の第一歩だ!」
気づけば、控室はミニ議会と化していた。
貴族たちは真剣な顔で減塩政策を語り合い、メモを取る者、真剣に頷く者、さらには「まずは我が家の漬物から」と宣言する者まで現れた。
「ま、待て! 俺は婚約破棄を宣言したんだぞ!?」
王子が必死に叫ぶ。だが、その声は完全にかき消されていた。
「王子殿下はご飯派……ということは、減塩の味噌汁が合うでしょうな」
「殿下、今後のご健康のために一汁三菜を推奨いたします」
「ちょっと待てぇぇぇぇ!!!」
王子の悲鳴が再び控室に響き渡る。
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俺は腕を組み、静かに頷いた。
「いいぞいいぞ。国全体で減塩に取り組めば、寿命は延びるし医療費だって減る。経済にもプラスだ」
「経済……!」
「確かに! これは国を救う政策だ!」
「悪役令嬢殿、まさかここまでお考えとは……!」
「いや、ただおじさん的に塩分控えたいだけなんだがな」
しかしその言葉は完全にスルーされ、俺はなぜか改革者として讃えられていた。
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「ふ、ふざけるなぁぁ!!」
とうとう王子が剣を抜く。
「今ここで、この茶番を終わらせる! お前は俺の婚約者では――」
その瞬間、宰相がスッと割り込んだ。
「殿下、落ち着いてください。剣を振るう前に……まずは血圧を測りましょう」
「なっ……!?!?」
腕に血圧計を巻かれる王子。
カシュー……カシュー……と空気が抜けていく音が控室に響く。
「上が……158ですな」
「高い!!」
「殿下、塩分を控えてください」
王子の威厳は、血圧数値と共に完全に崩壊した。
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俺は深々とため息をつき、言った。
「……ほらな? だから言ったろ。婚約破棄より血圧が大事なんだよ」
控室に拍手喝采が巻き起こる。
そして王子は、史上初めて「高血圧で婚約破棄をうやむやにされた男」として歴史に名を刻むことになった。
「おーっほっほ! 本日のテーマは“減塩”ですわ!」
式典が健康談義に変貌したのも当然。
塩分をどう摂るかは、人も国も寿命を左右する重大事ですのよ。
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◆ 目標数値
・一般成人は 一日あたり塩分6g未満 が推奨されていますわ。
・味噌汁一杯で約2g前後の塩分。毎食飲めばあっという間にオーバーですの。
◆ 減塩の工夫
・だし(昆布・かつお・きのこ)やハーブを使えば、塩分少なくても満足度アップ。
・レモンや酢の酸味で“塩味の錯覚”を利用するのも有効ですわ。
・漬物は減塩タイプを。塩漬けより浅漬けや酢漬けがおすすめ。
◆ 減塩のメリット
・高血圧の予防。
・脳卒中・心筋梗塞のリスク軽減。
・むくみ改善、美肌効果まで期待できますの。
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「つまり――減塩は国を救う第一歩!
おーっほっほ! 悪役令嬢おじさん、今日も味噌汁の塩分を測りますわ!」