転生悪役令嬢おじさん、婚約破棄の真実に迫る件
王城の大広間。
かつて「婚約破棄」が宣言された、あの場に俺は再び呼び出されていた。
「……またかよ」
俺は心の中でぼやきながらも、ドレスの裾を整える。
今回は筋トレ器具も握力計もない。妙に静まり返った空気が、逆に重い。
⸻
王子が壇上に立ち、鋭い視線をこちらに向けてきた。
「悪役令嬢エレナ=フォン=クラウス……いや、“おじさん”」
「わざわざ括弧付きで呼ぶな」
「お前との婚約は正式に破棄とする。……これは単なる私情ではない。王国の未来のためだ」
ざわめく廷臣たち。
俺は眉をひそめた。
「未来、だと?」
⸻
王子は一歩前へ出る。
「お前の家系は、王国の“魔力血統”に連ならぬ。つまりこのままでは、王家に魔力の継承が絶たれる危険がある」
「……政略婚ってやつか」
俺は思わず素の声が漏れる。
「つまり血筋と魔力が欲しいから、新ヒロインを選んだってことだな」
「そうだ。リリアーナは高位の魔力を持つ。王国に必要なのは、血筋の安定だ!」
⸻
俺は一瞬黙り込み、そして冷ややかに笑った。
「……なるほど。なら俺は、不要な“駒”ってわけだ」
「お前は悪役令嬢。役目はここで終わる」
王子の言葉に、廷臣たちは頷き、新ヒロインは勝ち誇ったように微笑んだ。
だが――俺は前へ出る。
⸻
「違うな」
その声に場が凍る。
「俺は悪役令嬢である前に、人間だ。駒でも道具でもない。
血筋だの魔力だの……そんなもんで人を切り捨てるのが“王国の未来”だって言うなら――お前の方が悪役だろうが」
王子「っ……!」
「俺はおじさんだ。だから妙に現実的なんだよ。
婚約破棄? 好きにしろ。けどな、俺は俺の健康と人生を、自分で選ぶ。王子の飾りじゃなくなったのは、むしろ歓迎だ」
⸻
ざわめきが広がる。
「健康……?」「だが確かに正論だ……」
「王家は魔力ばかりに囚われすぎていないか……?」
新ヒロインが必死に叫ぶ。
「殿下! 惑わされてはなりません! 魔力の血統こそ絶対ですわ!」
だが王子は唇を噛み、言葉を失っていた。
⸻
俺は背を向け、歩き出す。
「婚約破棄? いいじゃねぇか。俺は“悪役令嬢”としてじゃなく、“ 悪役令嬢おじさん”として生きていく」
高らかな足音が、静まり返った大広間に響いた。
……いやだから結局、婚約破棄どこいったんだよ。
俺が背を向けかけた、そのときだった。
「待て!」
王子の声が響き、足が止まる。
「……なんだよ、まだ何かあるのか」
「お前が……悪役令嬢でなくなるのは、都合が悪い」
「は?」
⸻
王子は震える拳を握りしめていた。
「お前が悪役令嬢でいなくなれば、この国の“物語”が崩れる。
婚約破棄は筋書きであり、秩序だ。
だが……お前は役割を逸脱しすぎている!」
廷臣の一人が慌てて口を挟む。
「殿下、確かに……近頃は貴族の子息が皆、“血圧”や“握力”ばかりを気にするようになっております」
「兵士たちの間では“健康診断こそ騎士の務め”という風潮が……」
「なっ……!?」
王子が愕然と振り返る。
⸻
俺は鼻で笑った。
「お前らが物語だの秩序だのに縛られてる間に、現実は変わってんだよ。
婚約破棄より先に、国民は血糖値スパイクを恐れてる。
魔力の血統より先に、体力測定の数値で自分を誇ってんだ」
「ふざけるな! それでは王家の威信が……!」
「威信? そんなもん、28kgの握力より軽いだろ」
廷臣たち「ぐはははは!!」
⸻
新ヒロインが涙目で叫ぶ。
「殿下! こんな……こんな理不尽は認められませんわ!」
だが、その声は虚しく大広間に響くだけだった。
生徒たち、兵士、廷臣までもが――俺に視線を集めていた。
⸻
俺は振り返り、ゆっくりと告げる。
「お前らがどんな物語を演じさせようが関係ない。
俺は“悪役令嬢おじさん”として、俺のやり方で生きる。
……それが婚約破棄の答えだ」
王子は崩れ落ち、拳を震わせていた。
新ヒロインは必死に肩を抱き、支える。
だがもう、場の空気は完全に変わっていた。
⸻
こうして“婚約破棄”は形式上は成立した。
だが実際には、俺の存在感こそが王国を揺るがし始めていた。




