転生悪役令嬢おじさん、武闘大会で家具をリフトする件
学園の最大行事――武闘大会。
剣術、魔法、体術……学生たちが日頃の研鑽を競い合う晴れ舞台だ。
「ふふ……今度こそ、わたくしが勝利を!」
新ヒロインは自信満々に宣言する。
「殿下と共に優勝して、あの悪役令嬢を完全に葬り去りますわ!」
「婚約破棄された令嬢など、ここで終わりだ!」
王子も鼻息荒い。
……いや、俺は別に大会なんて出るつもりなかったんだけど。
なぜかエントリー表には「悪役令嬢おじさん」の名前が堂々と記載されていた。
「いや俺、書いた覚えねぇんだけど!?」
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観客席は満員。
「基礎代謝の女神だ!」
「また伝説を作るぞ!」
「今回は何を持ち上げるんだ!?」
いやいや、「持ち上げる」前提やめろ。
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俺の一回戦の相手は、筋骨隆々の騎士見習いだった。
「勝負は木剣で!」と審判が告げる。
だが俺は木剣を無視して――
「……よし、床引きだな」
ゴンッ、と床に置かれた大きな木箱を掴んだ。
「で、デッドリフトッ!!」
ブオォォォォォッッッ!!
背中と脚で引き上げた瞬間、観客席から悲鳴のような歓声が上がる。
「す、すごい重量だ……!」
「ただの木箱なのに神々しく見える……!」
「筋肉で大地を支配してる……!」
対戦相手「えっ、俺戦う前に負けたの!?」
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次の試合では魔法使いが火球を飛ばしてきた。
「ファイアボ――」
「デッドリフトッ!!」
俺が床板ごと巨大なテーブルを持ち上げ、火球を受け止めてそのまま放り投げる。
観客「物理で魔法を返したぞぉぉぉ!!」
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準決勝。
対戦相手は獣人の俊足剣士。
「俺の速さに勝てるものか!」
「速さ? なら床引きだ」
俺は彼を逆に掴んで、まるごと持ち上げた。
「ぎゃあああああ!? ちょ、ちょっと!? 俺、バーベルじゃねぇから!?」
「デッドリフトは全てを持ち上げる……!」
観客総立ち。
「人まで床引き対象に……!」
「これが筋肉の極致……!」
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そして決勝戦。
俺の相手は――王子だった。
「お前に筋肉で好き勝手されて、どれだけ俺が惨めな思いをしたか……!
今こそ正義の王家剣術で終わらせてやる!」
「悪いな王子。お前の剣術、床に置いてある」
「なにっ!?」
俺は王家の宝剣を収納した豪奢な木箱を、そのまま床から持ち上げた。
「デッドリフト・オブ・ロイヤル!!」
王子「俺の剣ぇぇぇぇぇぇ!!!」
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こうして学園武闘大会は――
剣でも魔法でもなく、床引き選手権として幕を閉じたのであった。
……いやだから、婚約破棄どこいったんだよ。
決勝戦が終わった瞬間、観客席は総立ちだった。
「悪役令嬢おじさん万歳!」
「床引きこそ王道!」
「学園の伝統を筋肉が塗り替えたぞ!」
王子は膝から崩れ落ち、肩を震わせていた。
「くっ……なぜだ……なぜいつも彼女ばかり……!」
新ヒロインが涙目で王子に寄り添う。
「殿下……お気を確かに。まだ私たちには愛がありますわ!」
だが観客の誰も、もう二人を見ていなかった。
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壇上に上がった学院長が、俺にトロフィーを手渡した。
……いや、トロフィーじゃなくて バーベルだった。
「今年の優勝者は――悪役令嬢おじさん! 副賞は新調した20kgプレートだ!」
「なんで筋トレ器具なんだよ!?」
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会場は拍手喝采、興奮は最高潮。
だがそれだけでは終わらなかった。
観客席から次々に人々が立ち上がる。
「次は俺と勝負だ!」
「辺境伯家の息子、全力で床引きを挑ませていただく!」
「異国から来た留学生だ! 我が国の“キャメルデッド”を見よ!」
突如始まるエキシビション床引き大会。
会場は完全にパワーリフティング競技場と化した。
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観客も巻き込まれ、貴族も平民も入り混じって床からあらゆるものを引き上げ始める。
机、椅子、カーテン、果ては装飾のシャンデリアまで――。
「見ろ! あの淑女がシャンデリアを持ち上げている!」
「俺は校舎の扉を床引きだぁぁぁ!!」
「腰をやるなよお前らぁぁぁ!!」
大混乱だ。
だがその混沌を、誰も止めようとはしなかった。
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学院長は涙を流しながら叫んだ。
「……今年の大会は史上最高だ! 筋肉に乾杯!!」
俺は頭を抱えつつ、トロフィー代わりのバーベルを掲げた。
「……だから婚約破棄どこいったんだよ」
武闘大会を床引き選手権にしてしまいましたが、せっかくなので**デッドリフト(床引き)**の基本を解説しておきます。
•動作の基本
床に置いたバーベル(または物体)を、背中を丸めずにまっすぐ立ち上がって引き上げる動作。
シンプルだけど、全身の筋肉を総動員する最強クラスのトレーニング。
•主に鍛えられる筋肉
大臀筋(お尻)、ハムストリングス(もも裏)、脊柱起立筋(背中の柱)、広背筋など。
下半身と背中を一気に鍛えられるため「BIG3(スクワット・ベンチプレス・デッドリフト)」のひとつに数えられる。
•フォームの注意点
腰を丸めて持ち上げると腰を痛めやすい。
胸を張り、肩甲骨を寄せ、バーは脛に沿わせるイメージで引く。
足で床を踏みしめ、全身で“地面を押す”ように立ち上がる。
•バリエーション
・コンベンショナルデッドリフト(スタンダード)
・スモウデッドリフト(足幅を広げて行う。可動域が短く、比較的持ち上げやすい)
・ルーマニアンデッドリフト(膝を伸ばし気味で、もも裏とお尻に特化)
などがある。
•メリット
全身の筋肉を鍛えられる → 筋力・代謝・姿勢の改善に直結。
高重量を扱えるため、成長実感が大きい。
•デメリット
とにかくフォームが大事。無理な重量や丸まった背中で行うと、腰を痛めやすい。
初心者は軽い重量からフォーム習得を優先すること。
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デッドリフトは「床から立ち上がる」ただそれだけの動作ですが、正しく行えば圧倒的なパワーを得られるトレーニングです。
――学園武闘大会で机を引き上げたおじさんの選択は、案外理にかなっていたのかもしれませんね。




