転生悪役令嬢おじさん、剣術の授業を全部ベンチプレスに変える件
学園三日目。今日は剣術の授業だった。
広い訓練場に木剣を構えた生徒たちが並び、教師が声を張り上げる。
「本日のテーマは素振り百回! 力ではなく技術で――」
「違ぇよ。まずは大胸筋だ」
「……は?」
俺は当然のようにドレスを脱ぎ、下に仕込んでいたトレーニングウェア姿になった。
「剣を振るにも、胸と肩が動かなきゃ意味がねぇ。剣筋を安定させたいなら――ベンチプレスだ!」
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「で、ですが器具がありませんわ!」
新ヒロインが挑発的に笑う。
「どうやってベンチプレスをするおつもり?」
「人を乗せろ」
俺はすぐさま近くの机を倒してベンチ代わりに寝転がった。
「おい、そこの騎士見習い。上に座れ」
「え、えぇっ!?」
「重い方が効くんだよ! さぁ行くぞ!」
ズドン! ズドン! ズドン!
俺は騎士見習いを持ち上げてレップを刻んだ。
「す、すごい……!」
「人を持ち上げてるのに剣のようにしなやかだ!」
「これが……筋肉剣術……!」
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王子が顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ふざけるなぁぁぁ! 剣術を冒涜するな!」
「じゃあお前もやれ」
俺は王子を床に寝かせ、木剣をバーベル代わりに押し付けた。
「胸で受けろ! 剣筋は胸から始まる!」
「ぐ、ぐぬぬぬ……! なぜだ、なぜ俺がベンチプレスを!」
「剣の道を極めたいなら避けて通れねぇんだよ!」
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その結果、訓練場は大混乱。
木剣はほとんど使われず、生徒たちは互いを乗せ合ってベンチプレス大会に突入。
「俺は二人乗せたぞ!」
「私は三人だ!」
「まだいける! スポッター! スポッター呼べ!」
教師は頭を抱えた。
「……剣術の授業とは一体……」
だが生徒たちの胸板はみるみる厚くなり、木剣を握っただけで音が違った。
「す、すごい……剣が軽く感じる!」
「これが筋肉剣術……!」
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俺は額の汗を拭い、ドヤ顔で締めくくった。
「……覚えとけ。剣は腕で振るんじゃねぇ。胸で押し出すんだ」
こうして学園の剣術の授業は、正式にベンチプレス科目に改造されてしまったのだった。
……だから、婚約破棄の件はどこ行ったんだよ。
訓練場はすでに地獄絵図だった。
木剣を振る生徒は一人もおらず、みんなベンチに横たわっては仲間を押し上げている。
「次、俺の番だ! 俺を持ち上げろ!」
「ふんぬぅぅぅ! あと一回……!」
「スポッター! はやく補助を!!」
剣術の授業は完全にベンチプレス競技大会と化していた。
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その様子を見て、教師が震える声を出した。
「ば、馬鹿な……なのに……剣筋が安定している!? いや、それどころか力強い……!」
生徒たちの木剣はビュンビュンと空気を切り裂き、音の鋭さが段違いだった。
「おお……!」
「胸で押す感覚が剣に乗る……!」
「これが……新しい剣術……!」
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俺は仁王立ちになって吠えた。
「見ろ! ベンチプレスで培った大胸筋こそ、剣の軌道を導くんだ!」
「うぉぉぉぉぉ!!!」
全員が一斉に雄叫びをあげ、木剣を天に突き上げた。
訓練場に響き渡るその声は、まるで軍隊の鬨の声のようだった。
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王子は歯ぎしりしながら立ち上がる。
「くっ……! だが、剣は技だ! 筋肉だけで勝てるものではない!」
俺はにやりと笑った。
「じゃあ試してみるか。模擬試合だ」
「望むところだぁぁぁ!!!」
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観客がざわつく。
「王子と悪役令嬢おじさんの一騎打ちだ!」
「筋肉 vs 技術……勝つのはどちらだ!?」
教師も慌てて止めようとしたが、もう遅い。
王子と俺は訓練場の中央に進み出て、木剣を構えた。
俺は木剣を胸に当て、静かに呟いた。
「……胸で押すんだ。ベンチプレス剣術、見せてやる」
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こうして――学園史に残る「筋肉剣術 VS 王家正統剣術」の戦いが始まろうとしていた。
訓練場の中央で、俺と王子は向かい合った。
生徒たちは固唾をのんで見守る。
「悪役令嬢……いや、おじさん。貴様を倒し、学園の秩序を取り戻す!」
王子は木剣を構え、鋭い眼光を向けてきた。
「ほぅ……だが筋肉は裏切らねぇ。行くぞ」
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教師が恐る恐る手を上げる。
「は、始めッ!」
次の瞬間、王子が突進してきた。
「おおおおお!!!」
正統剣術の鋭い突き。
だが俺は木剣を胸に当て、深く息を吸った。
「ベンチプレス・ブロックッ!!」
木剣を胸で押し返す。
王子の剣は弾かれ、勢い余って体勢を崩した。
「ぐはっ……!?」
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「行くぞ! モスト・マスキュラー・スラッシュ!!」
俺は筋肉を爆発させながら木剣を振るう。
大胸筋と三角筋が連動し、音速のような一撃が走った。
「なっ……!?」
王子の木剣は吹き飛び、地面に突き刺さった。
生徒たち「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
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王子は地面に尻もちをつき、震えながら俺を見上げる。
「ば、馬鹿な……正統剣術が……筋肉ごときに……」
俺は木剣を肩に担ぎ、汗を拭った。
「言っただろ。剣は腕じゃなく、胸で押すんだ」
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生徒たちは総立ちで歓声を上げた。
「筋肉剣術ばんざい!!」
「悪役令嬢おじさんすげぇぇぇ!!」
「ベンチプレスこそ正義だ!」
教師すら頭を垂れていた。
「……今日から剣術の授業は“筋肉剣術”として記録する」
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その一方で、王子と新ヒロインは青ざめた顔で呟く。
「なぜだ……なぜいつも彼女が……!」
「くっ……筋肉のせいですわ……!」
俺はただひとり、空を仰いで呟いた。
「……いやだから、婚約破棄の件どこいったんだよ」
今回は剣術の授業を「ベンチプレス科目」にしてしまいましたが、せっかくなのでベンチプレスの基本フォームをまとめておきます。
•バーの軌道
ラックからバーを外したら、自然と乳首ライン付近に下ろすのが基本。首やお腹側に落とすのは危険。
•脇の角度
開きすぎず、閉じすぎず。やや斜めに引き締めるようにすると安定します。
•肩甲骨
寄せて下げるのが理想ですが、初心者は「寄せる」だけでもOK。
胸にストレッチをかけやすくなり、肩のケガ予防にもつながります。
•腰と足の使い方
反り腰にならないよう注意。腰を守るために無理な重量は避けること。
押すときは足も踏ん張って、全身でバーを上げるイメージを持つと力が出やすいです。
要するに――ベンチプレスは胸だけじゃなく全身運動。
フォームを整えれば安全に筋肉を育てられるので、ぜひ無理せず丁寧にやってください
……というわけで、剣より筋肉を優先するおじさんの主張は、案外正しかったのかもしれません。




