婚約破棄より血圧が心配なんですけど!?
「この婚約は――破棄する!」
王子の高らかな宣言が、大広間に響きわたった。
会場は一瞬にしてざわめきに包まれる。
泣き崩れるはずの令嬢、悲劇のヒロイン……誰もがそう思った。
……が。
「おう、了解。で、その前に椅子ある?」
「……は?」
「いや、立ちっぱなしでドレス着てんのキツいんだわ。血圧あがるっつーか、腰に来るっつーか……」
王子は唖然とし、廷臣たちは顔を見合わせた。
令嬢の口から飛び出したのは、令嬢らしからぬ中年おじさんボイス。
「……お前、誰だ!?」
「誰も何も。俺だよ。いやまあ、前世はただのサラリーマンだったんだけど――気づいたら令嬢ボディに転生しててな? で、今こうして婚約破棄されてんの」
「サラ……リーマン? なにを言って……」
「お前にゃわかんねぇだろうな。だが聞け、王子。おじさんにとってな、婚約破棄より大事なのは血圧なんだよ!!」
その瞬間、会場にいた者全員が固まった。
婚約破棄式典が、なぜか人間ドックの話題にすり替わっていた。
⸻
「……ま、待て。今は婚約破棄の儀式中なのだぞ!」
王子が必死に仕切り直そうとする。
だが俺は胸を張り、真顔で言い放った。
「ならせめて、バイタルチェックから始めろ。血圧計は? 心拍数は? ドレスは絞めすぎだし、これ熱中症コースだぞ!」
「な、何を……っ!?」
「いいか王子、30過ぎたらな、朝イチで血圧測るのが習慣なんだよ!!」
……完全に大広間の空気が凍った。
王子の手に握られた「婚約破棄証明書」は、いまやただの紙切れ。
注目を浴びているのは、俺の健康状態だった。
⸻
会場の貴族たちがざわめく。
「血圧……?」「ドレスで圧迫?」「いやでも、確かに貧血で倒れる令嬢もいたな」
なぜか納得しはじめる人々。
「やめろ! 婚約破棄は俺の宣言だ!!」
必死の王子をよそに、
俺は袖からタオルを取り出して汗を拭いながら、勝手に言い切った。
「婚約破棄? あぁ、勝手にしろ。ただし俺は今日から、健康第一の悪役令嬢として生きる!」
「婚約破棄は俺の意思だ! お前との未来は――」
必死の王子の言葉を、俺は手で制した。
「はいはいストップ。未来より今の数値を見ろっての。上が140超えてたら終わりだぞ?」
「数値……?」
「俺、さっきから頭クラクラしてんだよ。婚約破棄とかどうでもいいから、マジで椅子くれ。あとポカリ」
「ポ、ポカリ……?」
会場は再びざわめきに包まれる。廷臣の一人が慌てて椅子を持ってきた。
俺はドレスのまま腰を下ろし、盛大にため息をついた。
「ふぅ〜……助かるわ。お前ら若いからわからんだろうけどな、立ちっぱ式典は血管にくるんだよ」
「な、何を言っている……! これは神聖なる婚約破棄の儀だぞ!」
王子の声は震えていた。だが周囲の貴族たちの目は――妙に真剣だ。
「……しかし、言われてみれば……」
「最近倒れる令嬢も多いと聞くしな……」
「ドレスの締め付け……あれは確かに危険かもしれん」
なぜか健康談義が始まっていた。
⸻
「やめろ! 話を戻せ! 俺は彼女との婚約を破棄するのだ!」
王子は必死に叫ぶが、もはや遅い。
誰も婚約破棄など聞いていなかった。
「血圧、いくつぐらいが正常なのかしら?」
「塩分控えめの食事がいいらしいぞ」
「麦茶は体に良いと聞いた」
……貴族たちの関心は完全に健康管理へシフトしていた。
⸻
俺は立ち上がり、堂々と宣言する。
「いいか諸君! 今日をもって俺は――健康第一の悪役令嬢を目指す!」
会場「おぉぉぉぉぉっ!!」
謎の喝采が巻き起こり、王子の「婚約破棄」宣言は見事にかき消された。
こうして俺の新たな人生は――血圧測定と共に幕を開けたのだった。
「おーっほっほ! 本日のテーマは“血圧”ですわ!」
婚約破棄の場でさえ血圧を語る悪役令嬢おじさん、あとがきでも当然続けますのよ。
今日は “血圧と上手につきあうポイント” を皆さまにお届けいたしますわ!
⸻
◆ 数値の目安
・一般的に 上(収縮期血圧)140mmHg未満、下(拡張期血圧)90mmHg未満 が目安ですわ。
・朝イチと夜に測って、自分のリズムを知ることが大事。
◆ 食生活の工夫
・塩分は一日6g未満が推奨ですわ!
・“うま味”を活かしただし(昆布・かつお)で、減塩でも満足度アップ。
・カリウム豊富な野菜や果物(バナナ・ほうれん草など)でナトリウム排出を助けますの。
◆ 生活習慣
・運動は ウォーキング30分を週3回 でも十分効果あり。
・睡眠不足やストレスは血圧上昇の元凶。深呼吸やストレッチも忘れずに。
⸻
「つまり――婚約破棄よりも恐ろしいのは、沈黙の高血圧。
おーっほっほ! 悪役令嬢おじさん、今日も数値と共に生きますわ!」