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幸せの黄金大仏

「免許、見せて。」


 そう言うと、佑夏は僕の手からそっと免許を取り上げてしまう。

 この子には逆らえない僕である。


 大抵の場合、普通の大学生は、一年生か、二年生の内には、車の免許を取ってしまうものだ。


 しかし、母一人、子一人の母子家庭の我が家は、大学の学費の支払いでいっぱいいっぱいで、とてもそんな余裕は無かった。


 一年の頃から、バイト代を少しずつ貯め、あと半年で卒業という今頃になって、僕はようやく免許を取ることができたのである。


「中原くん、やっぱり武術の先生だね。すっごく品のある顔してるよ。」


 免許の僕の写真を見ながら、佑夏が言う。


「そ、そう?」


 これは悪い氣がしない、というより顔がニヤケてしまうのを止められない。


 実は、佑夏が蟹座生まれであると知ってから、彼女には秘密で、蟹座の女性の好みを徹底的に調べあげた。


 調査の結果、蟹座の女性は、黒髪の短髪で清潔感のある男性が好きだと判明し、僕はいつも髪が伸び過ぎないようにしている。(だが、それも佑夏のおかげになるとは、出会った時には思いもよらなかった。)


 ちなみに、僕の星座、山羊座との相性は決して悪くなく、密かに心の中でほくそ笑んでいる。


 免許の写真を撮る前も、髪を切ったばかり。

 もっとも、僕は元々、長髪や染髪にしたことはない。


 そう、武術家であるから。

 合氣道。亡き父が授けてくれた、僕の唯一の武器。


 佑夏が言葉を続ける。


「あ、中原くん、やっぱり馬の仕事がしたいんだ。」


 しまった!バレた!


「え、何で?」


 とりあえず、僕は平静を装おってみる。


「だってコレ、大型免許じゃない!スゴーい、大型特殊も取ったの!?馬の仕事で使うんでしょ?」


(そりゃ、俺はなけなしの金をつぎ込んだからね、佑夏ちゃん。)でも。


「そういう訳じゃないよ。何かの役に立つかと思っただけだって。」

 

 佑夏は、僕の夢が乗馬クラブのインストラクターであることを知っている。

 それも、住宅地にある都市型のクラブではなく、山の林間コースを走る自然系の。


 だが、そういう乗馬クラブはおっそろしく給料が安い。

 それで、僕は決心がつかずにいた。

 

「中原くん、迷うことないよ。自分の好きなこと、やろうよ。」


「い、いや。今、内定もらってる会社がやりたいことだよ。」


「ホントに?」


「ホントだよ。」


「自分の気持ちに嘘つかないで。中原くんがそんなだと、私....................。」

 

 佑夏は右手で目を覆い、うつむいて涙を拭う仕草を見せた。


「佑夏ちゃん?」

 

 返事が無い。


「佑夏ちゃん!佑夏ちゃん!」

 

 狼狽した僕は、微かに佑夏の肩に触れ、呼びかけ続ける。


「アハハッ!中原くん、やっぱり優しーね!☆」

 

 その声と共に、佑夏は一転、ガバッと跳ね起きると、大口を開け、顔を天井に向けてケラケラ笑い転げている。


 やられた!!怒るに怒れん!!


「どーしたの?中原くん?タイの黄金大仏みたいな顔して固まって??」

 佑夏は、ますます楽しそうに笑う。


(中原仁助・注釈)

 仏教国タイにはいくつもの巨大な黄金の仏像が存在し、最大で座高95メートルのものまである。奈良の大仏が15メートルであるから、その巨大さが分かるだろう。  


 それにしても、仮にも武術家である僕の虚をついて世界遺産に変えてしまうとは。

 この娘、なかなかやる。


「アハッ。笑顔が広がってく。素敵♡」

 

 車内の他の乗客達を見渡しながら、佑夏はそう言葉を紡ぐ。。


 佑夏につられて、僕も車内を見渡してみる。


 すると。  


 ついさっきまで、ブスッと不機嫌そうな顔をしていた乗客達が、みんなニコニコした表情で談笑したり、ウキウキした表情で目を輝かせながら、車窓風景を眺めたりしている。

 佑夏の笑顔につられたようだ。


 笑いの輪は広がり、また笑顔を生む。

 広がった笑顔の輪は、幸せの波動を生み、また自分に返る。

 それが幸福の源になる。


 アランの「幸福論」の中でも、特に有名な部分である。

 常にこれを、佑夏は実践している。


 そして、この子には、不思議な力がある。


 その場にいるだけで、周囲を明るく、和やかな雰囲気に変えてしまうのだ。


 これは、蟹座の特徴であるらしい。

 が、特に彼女はこの力が強い。


 この人は7月7日七夕生まれ。


 星の運勢が、何か関係しているのだろうか?




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