怪猫、貝殻に触れる
「ぽん太、ぽん太、良かった~!ホントに良かった~!」
大粒の涙が、佑夏の頬を伝って、巨大猫の虎縞の毛皮に落ち続けている。
たかが、地震くらいで?なんか、よくある「感動の再会」を見てるようだ。
物凄い聖母様のリアクションだな。
あれ、何やってんだ?
なんか、姫に抱かれた猫又は、前足で、佑夏の髪の白い貝殻を撫で始めている。
「あら、ぽん太。真帆姉ちゃんに遊んでもらってるの?いいな~。」
姫の顔に、ようやく明るい光が差す。ほっ。
え?真帆、姉ちゃん...........?彼女の口から、聞いたことの無い名前だよな?誰のことかな?
(おい、ジンスケ。いよいよだぜ。お前は、この白い貝殻の秘密を知る時が来たんだ。心して、聞けよ。)
(なに?)
ぽん太は、そんな思念を送ったかと思えば、まだ貝殻を撫でている。なんだ?コイツ?
だが、そう言われると、氣になる、聞いてみようか。
「あ、あの、佑夏ちゃん?」
「うん?」
「その、白い貝殻さ、すごく似合ってるけど、どうして、いつも付けてるの?」
「え、コレ?」
佑夏は左手で、貝殻を押さえ、涙を拭う。
「うん。前から氣になってたんだ。」
僕は、率直な疑問を口にする。
「大切な人に、貰ったの。ううん、返せなくなっちゃたのよ。」
さらに髪に貝殻を押し付け、佑夏は、目を伏せる。
「じゃあ、借りてるの?いつから?」
「小二の時から。」
「ええ!?じゃあ、もう返さなくていいんじゃない?貰っちゃえば?」
「ううん、ダメなの、私の物じゃない。でも、もう、返せないのよ。」
「え?なんで?」
「.........ねえ、中原くん。聞いてくれる?あなたには聞いて欲しいの。」
貝殻に左手を当てたまま、姫は上目遣いで、僕を見つめる。潮崎さんと恋をして、大きくなった目が、まるで深淵な銀河のような美しい煌めきを放っている。
ドキーン!!って、何、俺は他人の彼女にときめいてんだ!?
(おい、ジンスケ。佑夏は佑夏だ。一馬の所有物じゃねえぜ。)
ぽん太の言う通りかもしれない。
彼女の、これまでの人生は、彼氏とは関係無いから。
「うん、佑夏ちゃん、聞きたいな。話してよ。」
姫の肩に手をやりたいシュチエーションだが、何とか自制成功。
「あのね、私。小学校の二年生までは、勉強、大っ嫌いで、テストの点数、まるでダメだったのよ。」
「ええ!?佑夏ちゃんが!?」
意外だ。優等生キャラの佑夏が!?幼い頃から通信簿はオール5の秀才だとばかり思っていた。
「学校じゃ、授業中にじっといられなくて、支援員の先生、マンツーでつけてもらって、それでもダメで暴れ出したりしてたの。」
な!な!な!何ー!?嘘だろ!?聖母のような、この子が!?信じられない!
「お父さんとお母さん、何度も学校に呼び出されて、もう特殊学級に入れるしかない、って本氣で心配してたんだって。
就職も結婚も無理だろうから、一生、私の面倒看るしかないと思った、って言ってたわ。」
本当に意外過ぎる、姫の生い立ち。