端午の節句に
鯉のぼりなど、観光地でしか見たことは無いが、かつては、日本中、普通の家の庭先にも飾られていたらしい。
五月の連休明け、去年は、佑夏達と北海道に行って、希望に燃えていたものなのに。
四月に、潮崎一馬は、再び来日。
今度は、東京での大学の講演、おそらくライブより、こっちの方が金になるだろうな。
当然、恋人のいる、この町にも立ち寄った。
岩礁が少なく、安全な砂浜が多くて、海岸線の長い、僕の住む県は、サーフィンの盛んな土地柄だ。
程よい波が来るらしい。
翠と、斎藤ミユちゃんと連れ立って、佑夏は潮崎氏とサーフィンに出掛け、何故か(?)僕にも声を掛けてくれたけど、流石に、断ってしまう。
「どーしてー!?サーフィン楽しいよ~!?」
彼女は心底、不思議そうな顔をしたが、いくら何でもね~。
こういう所は、ひどく鈍感なんだな。
きっと、僕など、最初から眼中に無かったに違いない。
だが今、僕の目の前にいて、鼻歌を歌いながら、ぽん太と楽し氣に遊んでいる姫は、男の話など、どこ吹く風で、いよいよ今月に迫った教育実習で、心がいっぱいに見える。
何しろ、自分が子供の頃からの夢であり、宿願なのだから、無理もない。
ん~?でも、これってヤバくないのか?彼氏いるのに、他の男の家に訪ねて来て、ソイツの部屋で二人っきりって?
これが、元カレだったら、完全にNGなはず。
でも、僕と佑夏は付き合ってた訳じゃないし、彼女が、ぽん太の世話に通ってくれるようになったのは、潮崎氏に出会う、二年以上も前から。
ただの友達だから、いいってことか?
「??どーしたの、中原くん?キブツジムザンが入試問題、解いてるみたいな難しい顔して?」
「えっ!?」
佑夏の声で、ハッと我に返る。
「い、いや~。教育実習なんだから、気合入れないとね。」
「そーよね♪アハハ!」
この子は、いつだって、僕の不安や悩みを、太陽の光みたいに、明るく笑い飛ばしてくれる。
だが、同時に、今の悩みの種は、彼女でもある。
ネット環境が今ほど発達していなかった時代、遠距離恋愛など、続かないものと、相場が決まっていた。
しかし、現代では、地球の裏側とだって、相手の表情を見ながら、会話ができてしまう。
昨年、屋久島に行って以来、潮崎氏に、佑夏は、オンラインで「ムビラ」を習い続けている。
例の、オルゴールの原型になった小さな楽器だ。
「レッスンが終わった後も、一馬さんとお喋りするの楽しくて、話し込んじゃうの~!」
なる感想は、僕にとっては核攻撃に等しい。
「オンライン 殺意を抱く 五月晴れ」
などと、一句、詠んでしまったじゃないか!
普通の遠恋と決定的に違うのは、潮崎氏は、転勤を命じられたサラリーマンではないという点だ。
その氣になれば、いつでも帰国できて、佑夏と暮らせる。
しかも、日本各地の大学から、引く手数多で、就職先にも困らない。
「中原く~ん!実習、頑張ろうね~!」
あ!
「ああ、そうだよ!」
佑夏の言う通りだ。
例え、実習生であっても、教わる生徒にとっては立派な教師。
責任という物がある。
こんな失恋の痛手など、引きずってなんか、いられない。
頑張ろう!