幸せの雛祭り
♪あかりをつけましょ ぼんぼりに♬お花をあげましょ 桃の花
児童養護施設「若葉寮」のホールに、子供達の歌声が響き渡る。
今日は雛祭り。
来月、新年度からは、いよいよ最終学年、大学四年生になる。
佑夏も、僕も五月には教育実習に行く。
♪五人ばやしの 笛太鼓 今日はたのしい ひなまつり♯
つくづく、佑夏という人は、本当に場を盛り上げる天才だ。
彼女は大声で歌っている訳でもなく、派手なダンスもしていないのに、正座して、一人一人を見渡す、ちょっとした顔の表情と、滑らかな上半身の動き、心に染みる柔らかな歌声だけで、すっかり、全員を笑顔にしてしまっている。
♪お内裏様と おひな様 二人ならんで すまし顔♫
完全にフラれてしまったとはいえ、佑夏とは決して疎遠になってはいない。
正直なところ、この若葉寮でのボランティアは、もう断ってしまおうか、と思ったのは事実だけど。
しかし、決して彼女に未練があるとか、そういうことではなく、それでは、みっともなく、ふてくされたようで、あまりに品位に欠ける、武術家として恥ずべき行いに思われたのだ。
翠の話では、佑夏は若葉寮のボランティアを企画する度に、参加の返事を聞く前に、僕をメンバーに入れているというし。
週一回、ぽん太の世話にも必ず、姫は来てくれる。
しかし、他の男の家へ自宅訪問して通い続ける。
潮崎さんに知れたらマズイんじゃないか、と思うが.....。
彼には言っていないのか?はたまた潮崎氏は知っていて、あの人なりの余裕なのか?
ところで、簡単に作った棚の上には、粘土と折り紙で作った雛人形がズラリと並んでいる。
僕と須藤が粘土班を担当し、翠が、折り紙班の女の子達と一緒に折った。
「おー!お前ら!俺の見ろって!」
須藤は「変な顔」の雛人形を大量生産し、子供達の爆笑を買う。
かねてから思っているが、彼は子供の扱いが上手い。
就職活動では、東京本社の大手企業を狙うと言ってるけど、教育実習に行かないのは惜しいね。
その間、佑夏と斎藤ミユちゃんが主導し、中高生達と調理室で、お菓子を作って来てくれた。
それを、今から、みんなで食べる、お茶と甘酒も用意されてる。
食べてしまうのがもったいないくらいの綺麗なお菓子、佑夏は天性の料理人である。
淡いピンクの、ひなあられ、お団子、メインは何と言って桜餅!
こうして、歌を歌っている間にも、手が出てしまいそうな色艶と甘い香りだ。
余談だが、僕のバイト先の和菓子カフェの、雛祭りイベントにも、佑夏は来てくれて、店長は喜んでいた。
まあ、そんな話はどうでもいい。
温かい幸福感と、一体感に満ちた、この空間。
何だか、潮崎さんのことで、ウジウジしている自分が卑小な存在に思え、恥ずかしくなる。
恋仲になれなくても、いいじゃないか。
卒業まで後一年、佑夏とは節度と品性を保った交流をさせてもらおう。
♫お嫁にいらした 姉様によく似た官女の 白い顔♪
「失恋の 痛み癒さる 雛祭り」