幸せのビバルディ
「潮崎さんにとって、音楽とは何ですか?スラムの子供達ではなく、上流階級の人達を相手して、もっとお金を稼ぎたいと思わないんですか?」
一人の観客からの質問。
「確かに、セレブな方々にご満足いただける音楽を提供し、氣持ちよくスポンサーになっていただくのは、アーティストにとって、重要な務めだと思います、でも、僕は欲張りなので.....。
スラムの子供達にも、自分を信じて頑張って欲しい。」
室内全体の照明が明るくなり、さっきより潮崎さんの表情が良く見える。
「貧しい子供達の笑顔こそ、そのまま僕の幸せです。音楽を通して、富裕層の方から資金をいただいて、彼らの為に役立てる橋渡しをすること、それが本当の音楽家の使命ではないでしょうか。」
この男、○大を出ておきながら、少しも偉ぶったところが無い。
有力者との付き合いをひけらかして自慢するような、一部の演奏家とは大違いだ。
「僕は、一握りのお金持ちを相手にするより、ビバルディになりたいんです。
彼は、ノルウェー国王やローマ教皇の前で御前演奏していますが、同時に孤児院の教師であり、子供達に生活の糧として、音楽を教えています。
本物の音楽家とは、そういったものだと思うんですよね。」
なんて男らしさだ!
あまり見たくはないが、壇上の佑夏の顔を見てみると.....。
ス・テ・キ~!!!!!
そんな台詞が顔に書いてある!完全に「目がハート」になってしまっているではないか!
「潮崎さ~ん!ビバルディ、聴きたいです!」
一人の女性客から、リクエストが入る。
「分かりました。即席でやってみましょう。佑夏ちゃん、踊れるかい?」
佑夏ちゃん、だと~!?氣安く、ちゃん付けするな、「白沢さん」と呼べ!
「はい!一馬さん!バレエのステップでいいですよね?ミユちゃん、この前やったのね。」
「この前」とは、おそらく県教大の授業だろう。
そして、演奏再開。
ビバルディの代表曲、「四季」の中から「春」を皮切りに、日本語の潮崎氏のオリジナル曲は、佑夏の言う通り、心にグッとくる。
ラストはやはり、ジャンボブワナ。
佑夏とミユちゃんは、一人一人、観客の手を引いて壇上に上げ、全員で踊りながら、最高の盛り上がりとなる。
入口にいた黒人女性も踊っている、ケニアからこの町に移住して、もう十年だという。
翠は自分から壇上に登っていき、佑夏と両掌を合わせて笑い合う。
僕も潮崎氏への対抗心は何処へやら、「ジャンボブワナ~!」と両手を叩いて絶叫してしまっている。
完全に、彼の演奏に心を奪われているのが、自分でも驚きだ。
全ての演奏が終わり、潮崎氏、佑夏ら四人の出演者は、控室に引き揚げず、僕達、観客を見送ってくれる。
僕は、佑夏の前に進み出て、「佑夏ちゃん、後片付け、俺も手伝うよ」と、申し出てみたものの....。
「ううん、いーの、中原くん。早く帰って。明日は合氣道なんでしょ?準備もあるよね。今日は、ありがとね!」
僕は、にべもなく断られてしまい、傍らの潮崎氏を熱視線で見上げる、僕の姫。
お邪魔ってことか?
「泣くな、ミユだって残ってんだ。神野が一緒に帰ってやる。」
翠にポンポンと肩を叩かれ、何とか、ぼっちで一人トボトボと、家路に着くことは免れる僕であった。