怪猫、ライバルを讃える
入口付近に、ケニア人らしい黒人女性がいる。
スタッフではなさそうだ。この町に住んでいるのだろうか?
スマホをいじっている彼女の脇をすり抜け、僕と翠は、地下へと下っていく。
受付は、支援団体のスタッフ証をつけた日本人の中年男性、眼鏡をかけた穏やかそうな人だな。
チケットは既に、購入済である。
今日、家を出る前、怪猫ぽん太が僕を煽る煽る。
(一馬は県教大のお坊ちゃん共とは、訳が違うぜ。
父親もいねえのに、大学まで行って頑張ってんのは、ジンスケだけの専売特許じゃねえってこった。
オマケに日本一いい大学とは、てえしたもんだ!もう、諦めて、負けを認めたらどうだ?)
(佑夏ちゃんの口から、はっきり“潮崎さんが好き“って聞くまでは、諦められるか。)
(ニャハハ!そうか。しかし、よりにもよって、一馬の歌、聴きに行くたぁな。
佑夏も踊りで出演んだろ?もう、デキてんじゃねえのか?)
(ぽん太、お前、佑夏ちゃんの心読んで、分かってんだよな?ずいぶん、楽しそうじゃないか。
いいから、俺に確かめさせろ。)
(ああ、好きにしな。せっかく、オレが忠告してやってんのによ。
どうなっても、知らねえぜ。ニャハハハハハハー!)
そんな訳で、今こうして、ライブハウスの座席に、翠と並んで座っている。
用意されている座席は60~70人分くらいか?
今回は、全て事前予約制だから、この人数分の客が来るのだろう。
「ちょっと、くどいがよ、今日は、ミユだって出演んだぞ?そんな顔すんなよ。」
また、翠に釘を刺される。不安が顔に出ていたか?
「ああ、そうだな。佑夏ちゃん達、どこにいるのかな?もう、俺達が来たって分かってんのか?」
既に、十数人の客が席に着いている。
「控室で、それどころじゃないだろ。衣装も、ケニアの民族衣装で、バッチリ決めるって言ってたぞ。
中原、早く見たいんじゃないのか?」
翠は、珍しく、女の子っぽく、クスクス笑う。
「ハハハ、そうだな。それに、ケニア音楽は俺も興味あるよ。」
少しずつ、客席が埋まっていく、開演の時間も、近づいて来る。
「でも、なんで佑夏ちゃん達が出るんだ?ルオーのスタッフの人達じゃなくて?10日くらいしか、練習してないだろ?」
翠に、こんなこと言っても仕方ないと思ったが、意外にも、彼女は知っている。
「ケニアからダンサー、大勢連れて来るのは、金がかかりすぎるんだってよ。潮崎さん一人で来るんじゃないみたいだけどな。
それと、日本の支援団体の人達はオッサンばっかりで、踊りで出すには華が無いらしい。」
その時、
「お待たせいたしました。間もなく、開演です。」
翠のいう、「オッサン」のスタッフの声が、厳かに響く。