幸せのライブハウス
10月になり、ハロウィンの飾りが店先を彩る。
佑夏と翠と、斎藤ミユちゃんの実家のある町は干し柿が名産で、冬にかけて、屋外に干し柿が吊るされるのが風物詩。
本人達は怒るかもしれないが、「田舎娘」は誉め言葉で、彼女らの、おっとりほっこりした性格は育った環境も、絶対に大きいと思う。
そんな秋の昼下がり、翠と並んで、僕は歩を進めている。
行先は、街中の小さなライブハウスだ。
「この前の、合氣道の大会で、受付やってた子、何なんだ?
あの子、十流学院大の生徒だろ?大学で、見たことあるぞ。」
千尋について、翠が、不安と詰問の入り混じった聞き方をしてくる。
僕と佑夏を氣にかけてくれているのだろうか?
「去年、俺の教室に入って来た、二年の子だよ。鈴村さんっていう。」
とりあえず、事実だけを述べてみる。
「中原と、あの子が二人で演武してたのは、何でだよ?」
「館長の指名だけど?今、ウチの教室で、一番上手い二人だからって。」
信号待ち、翠は、ちょっと一呼吸おくと、
「佑夏がよ~、鈴村さんのこと、メチャメチャ、氣にしてるぞ。」
「え?佑夏ちゃんは.....、」
「何だ?」
「もう、いいんじゃないのか?」
「何がだよ?」
「だって、今日は潮崎さんのライブだろ?」
そう、なんと今日は、これから潮崎一馬の来日公演なのだ。
年内の来日は、予定になかったそうだが、急遽、決まっている。
これだけ突然やって来るのは、実は、彼が佑夏に会いたくなったからではないか?と、僕は勘ぐっている。
「何で、潮崎さんが出てくんだ?関係無いだろ?お前、まさか、佑夏が潮崎さんに惚れたとでも思ってんのか?」
青になった信号を渡りながら、翠は呆れ顔をする。
「だって、佑夏ちゃん、潮崎さんがこの町に着いてから、ずっと手伝いに行ってるじゃないか?」
「ミユだって、一緒に行ってんだ。ただの大学のワークショップだって。
それで、佑夏がデブ猫の世話に来なくなったか?」
「いや、一昨日も、来てくれたよ。」
「だろ?とにかくよ、佑夏とは長い付き合いだけど、合氣道の時の、アイツのあんな固まった顔は、初めて見たぞ。
何とかしろ。」
「どうしろってんだよ?」
翠と、こんな押し問答をしている内に、会場に到着してしまう。
地下一回にあるごく小さなライブハウスだ。
全くの偶然だが、この町に、ルオースクールを支援する日本の団体の、本部がある。
だから、潮崎氏が来日してライブツアーをする際は、必ず公演地の一つに選ばれるようだ。