大波に挑む
演武会から、一週間が過ぎた九月の今日、いつものように、佑夏の膝の上には、ぽん太がいる。
そろそろ、新米の出回る季節。
「中原くん、演武、惚れ惚れした~♪とってもカッコ良かったよ~!」
「あ、そう?」
平静を装いながら、右手に持った湯呑みで、お茶を飲みつつ、佑夏から見えない左手は強く握りしめ、実はガッツポーズしている僕である。
そして、彼女は潮崎一馬の話など、一言もしていないというのに、やはり氣になって、こちらから聞いてしまう。
「ねえ、佑夏ちゃん。潮崎さんって、サーフィンは上手いの?」
「上手いなんてもんじゃないわ!国際サーフコーチと、プロサーファーの資格持ってるのよ。
プロサーファーの試験なんか、合格率2%なんだって。
一馬さん、一発で合格したって言ってたわ。」
ぬわぁに~!?
日本最高学府に現役合格したかと思えば、今度は司法試験より難しい確率の試験に一発合格!?
全く、潮崎一馬、この男の辞書に「困難」や「不可能」の文字は無いのか?
「でもね~、だからっていうか、やっぱり、幸福論の”死の法則”通りなの。
鮫のいる海でも、魅力のあるビーチなら行きたいって言ってるし。
人が何人も亡くなってるような、大波にも挑戦したいんだって。」
「あ~、そうか。何でも若い内に上手く行き過ぎて、怖いもの知らずになってるんだね。」
不安氣な佑夏に、僕は相槌を打つ。ここは嫉妬心は湧かない。
優しい彼女は、誰にだって親身になり、いたわる女性だ。
アラスカ在住で、羆の撮影で、ロシアで命を落とした日本人カメラマンのことが脳裏をよぎるのを、僕は感じる。
「若い・海外・大成功」は彼にも当てはまるよ。
とういうか、もし潮崎氏が、鮫に喰われたり、大波に吞まれて亡き者になってしまえば、佑夏は僕の物に.....?
いや、ちょっと、何考えてるんだ?
「ねえ、中原くんも、一馬さんのこと、心配してくれるでしょ?」
え?
「も、もちろんだよ。俺も今、それを考えていたんだ。どうやったら、止められるかな?ってね。
潮崎さん、無茶しそうな人だよね。」
「そーよねー。幸福論の話、ストレートにお話しても、聞いてくれるかな?」
心から潮崎氏を想っている様子の佑夏に、またぞろ氣が氣では無くなってしまっている所に、怪猫の思念が飛んで来る。
(おい、ジンスケ。氣付いてるか?佑夏は、ここまで、一馬を男として意識した話は、一言もしてねえぜ。
お前、少し、氣負い過ぎなんだよ。)
(ぽん太が、散々、強敵、強敵って言って、煽るからだろうが~!)
「カリフォルニアに”マーヴェリックス”っていう世界一大きい波がくるの。
映画にもなってて、主人公のモデルになった人が、マーヴェリックスに挑戦して亡くなったみたいなのよ。
まだ22歳でね。
一馬さん、マーヴェリックスにも乗ってみせる、って言ってるわ。
あの人に、もしものことがあったら、私、どーしよー!?」
あの人!!!今にも、泣き出しそうな、「僕の」姫。
やはり、潮崎氏をライバル認定してしまう。
てゆうか、彼の生死を、僕は全く氣にかけてないが、いいのか?こんなんで?