幸せの演武
僕は、潮崎一馬に激しい闘志を燃やした!
という訳ではないが、佑夏を合氣道の演武会に誘うと、「うん!見てみたい!」と喜んでくれる。
そう、彼女は以前から、この日本武術を見たがっていたんだ。
まだまだ、潮崎氏に敗北宣言は早すぎる。
毎年、県内の教室が集まっての合同演武会は開催されている。
しかし、今年は三年に一度、東北六県の道場が一堂に会しての大掛かりな催しとなり、東京本部からも師範代が来る予定だ。
佑夏に観てもらうには、絶好の舞台、頑張らねば!
この日、受付の一人に選ばれた千尋は、胸に「鈴村」のネームプレートを付け、スーツのスカート姿で、入場者の対応に当たっている。
この後、演武に移ってからは、彼女本人も、道着、袴に着替え、演武会に出場する。
館長の指名で、僕と二人一組の演武で組むのが、千尋である。
会場設営に当たった後、僕は、今回出場する道場生の人達と談笑し、子供クラスの子供達が走り回ったりするのを制したりしている。
とにかく、子供はじっとしていない、広い会場であれば尚更で、骨が折れてしまう。
彼らはキャッキャッ言いながら、もう他の教室の子供達とも仲良くなって、でんぐり返ったり、暴れ狂っている、参ったな。
だが、館長に言われ、入口の千尋を呼びにいったところ、入場口で、佑夏が呆然と立ち尽くしているのが、目に入る。
そう、「立ち尽くして」いるのである。
千尋の目の前で。
翠と、斎藤ミユちゃんも一緒、彼女達も「どうしたの?」といった表情で、佑夏を見ている。
佑夏と千尋が、初めて顔を合わせた瞬間だ。ど、どうなる?
いつも、明るく朗らかな佑夏の、あんな凍り付いたような表情を見たのは、後にも先にも、この時だけ。
まるで、感情が無い幽霊のように、ジッと千尋を見つめている。
"この人が鈴村さん......."そんな台詞が、顔に書いてある。ゆ、佑夏ちゃん、嫉妬してくれてる?
嬉しいやら、困るやら。
一方の千尋は、佑夏のことなど、まるで知らない。
来賓の一人の女性の目が、自分に注がれて動かないことに、一瞬、やや怪訝な顔をしたが、さして氣にかけた様子も無く、また次の入場者の応対に当たっていく。
「佑夏ちゃん!来てくれたの!」
たまらず、僕は声を掛ける。
「あ!中原くん♪」
すぐに、普段通りの、パッと花が咲いたような、明るい笑顔に戻ってくれる姫君。
「よー中原!頑張れよ!袴、なかなか似合ってんじゃないか。」
翠には、そう言われる。
この子達に道着姿を見られるのは初めてだな。氣分的に、悪くない。
そして、演武本番。
間違いなく、人生最高の演武ができたと思う。
なにしろ、相手がいい。
途中で、何度も客席から「おおー!」といった歓声が上がる。
最後、千尋と二人で正座し、並んでの座礼。
文字通り、会場中、割れんばかりの拍手に包まれる。
この会場の何処かで見ている佑夏に、少しは潮崎氏に負けないアピールができただろうか?
あ、演武中にこんなことを考えるとは、僕は武術家失格かもしれない。