ハクナマタタ
「一馬さんね、アフリカの楽器ができて、スワヒリ語の歌も歌えるの。
ケニアで、現地人の先生に習ってね。
それで時々、日本やアメリカや、ヨーロッパの国をライブして回ってて、お金には困ってないのよ。
一馬さんのオリジナルの曲、素敵よ~!」
「ええ~!?サーファーで、教師で音楽家なの?」
「それだけじゃないのよ。一馬さん、○大、現役合格してストレートで大学院まで卒業して、まだ三年目なのに、しょっちゅう、日本中の大学から講演で呼ばれてて、そっちの収入もあるから。
”帰国してウチの教授になって欲しい”っていう誘いも、多いみたい。」
「何だって~!?」
な!な!な!何なんだよ!?このスーパーステータスのオンパレードは!?
○大!?日本最高学府じゃないか~!?
そこを、父親もいないのに、現役合格して、大学院まで行っただと~!?
この男、一体、何者なんだ!?
おまけに、サーファーで音楽家!?
しかも、20代の若さで教授のオファーって!?日本一の学歴に加え、スラムで暮らした貴重な経験があるからか!?
(こいつぁ~、オレの予知以上だ。終わったな!ジンスケ!)
(黙れ~!ぽん太~!)
「どうしたの?中原くん?顔が真っ青よ?あ!」
手に持っていた紅茶のカップを、僕は、危うく落としかけてしまう。
だが、氣を取り直し、
「い、いや。その潮崎さんって人、すごく魅力的な人だね。」
「そーなのよ!お話もとっても面白いの♪一馬さんとお喋りすると、あんまり楽しくって、時間いくらあっても足りないくらいだったわ。」
ガ~ン!ガ~ン!ガ~ン!(精神的ショックが僕の頭を叩く音)
(ジンスケ。恋愛ホルモンだぜ。)
(ああ、分かってる。)
........、佑夏ちゃん.......。
「一馬さんと一緒に、ルオーで授業させてもらったんだけど、一馬さん、数学も理科も英語も、みんな完璧なのよ。
私、ついていくのがやっとだった。
教え方も上手くて、分かり易くて、飽きちゃう子は一人もいないの。
みんな、目を輝かせて、授業に集中してたのよ。」
この男、本人が頭脳優秀なだけでなく、スラムの子供達にも優しい。
驕り高ぶらない人間性まで、兼ね備えている。
「一馬さんね、英語だけじゃなくて、スペイン語と、フランス語と、アラビア語もペラペラなの。
アフリカの北部に行くと、使うから覚えたんだって、簡単だったって、笑ってたわ。
当たり前だけど、スワヒリ語もできるのよ。」
アラビア語?あんな難しい言語が簡単......?
どういう頭脳してんだ!?
「.....ハクナマタタ......。」
「え?」
ふいに、佑夏の口から出たスワヒリ語。
意味など分からないのに、僕は分かった氣がする。
「スワヒリ語で、”大丈夫。心配ない”っていう意味。ケニアの人達、これ、すごく良く使うの。
何でだろ?今、中原くんの顔、見てたら、言いたくなっちゃった!
そんな、ゾンビが除霊されて悶絶してるみたいな顔しないでよ、どーして?アハハ!」
「お、俺、そんな顔してないよ!」
いつものように、彼女につられて、僕も笑顔になってしまう。
「ねえ、中原くん、手拍子して!ルオー代表と一馬さんに教えてもらったの。」
佑夏は立ち上がり、軽快なステップを刻み始める。
「ジャンボ~!ジャンボブワナ~!」
歌い始めたのは、おそらく普通の日本人でも知っている唯一のケニア民謡「ジャンボブワナ」。
これは、僕でも聞いたことがある。とても元氣の出る曲だ。
「ジャンボ」はスワヒリ語の挨拶、「やあ!」とか、そういう意味らしい。
佑夏の美しい歌声が響き、僕と、ぽん太と、楓とレオナは笑顔で聴き惚れる。
「ジャンボ~♪ハクナマタタ~♫」
「葉月ゆく 何処に向かう 恋心?」