幸せのサクラマス
ヤマメと、サクラマスが同じ魚!?どういうことだ!?
渓流の紅葉は、息を飲む美しさ。
水面を流れる落ち葉の美と、同等の驚きが東山さんの口から語られたのである。
やはり、というかルミ子さんが真っ先に質問する。
「ヤマメちゅうたら、小さな魚ちゃいますか?なんで、サクラマスとおんなじなんです?」
東山さんは答える。
「ヤマメとサクラマスは、生まれた時は同じヤマメなんです。」
「餌の獲り方で、ヤマメか、サクラマスになるか、違いが出てきます。」
小林さんが、すかさず付け加えてくれる。
その時である。
渓流の上流から、なぜか笹舟が流れてくるのである。
一艘、二艘、どんどん増えていく。
??ドングリを乗せているものまである?どうなってんだ?
「ドングリの国から、こんにちは~☆」
佑夏の声。
「あら、カワイなー。」
吉岡さん親子が笑う。
「東山先生、ここでもっと、サクラマスのお話、聞きたいです!」
見上げると佑夏と、彼女につられたのか、横浜の水野さんまで一緒になって、笹舟を作って流している。
何をやらせても手早いのが佑夏だ。
笹舟の増殖スピードがハンパない。
しかも、バリエーション豊富。
県立教育大生のことだから、笹の葉をむしったりせず、林床に落ちた葉を使っているんだろうが。
「佑夏ちゃん、何やってんの?」
僕はつい、叫んでしまったりする。(衆人の手前だというのに、危うく甘い声になってしまいそうだった。)
「アハッ、笹舟、ダメかな?」
「そ、そりゃ綺麗だけどさ。」
この沢沿いでも、山田さんを除く、全員が爆笑。
添乗員が東山さんに申し出る。
「先生、お座りになっては?」
東山さんも同意。
「そうですね。ちょっと休憩しましょう。皆さん、座って下さい。」
それぞれが、傍らの石に腰掛け、東山さんの説明が始まる。
「餌を獲るのが上手いヤマメは、そのまま川に残ることができます。
でも、獲るのが苦手で、生存競争に勝ち抜けなかったヤマメは、川では生きていけません。」
「生きていけへんヤマメは、どないなるんですか?」
心配そうに、今度は理夢ちゃんが聞く。
「そのヤマメが海に下り、サクラマスになるんです。」
東山さんと、小林さんがほぼ同時に答える。
渓流の上を一陣の風が吹き抜け、この不思議な事実に、僕達は顔を見合わせている間に、さらに東山さんは続けていく。
「海に降りたヤマメは、川に残った者よりずっと大きくなり、サクラマスになります。
そして、産卵の為、秋には戻ってくるんです。」
そうだったのか?知らなかったな。
東山さんはみんなの驚きを楽しむように、
「精神科医であり随筆家であった人が、こう言ってるんですよ。
”30㎝のヤマメと、その倍もあるサクラマスが同じ魚ということをご存じですか?
生存競争に敗れたヤマメが餌を求めて海に下り、大型化したのがサクラマスです。
その時は負けたように思えても、自分に見切りを付けなければ、人生に「負け」なんてものは存在しません。
人と競うのではなく、できることから少しずつ努力を重ね、成長しようと心掛ける。
そうすれば、サクラマスのように、グーンと大きくなってるはずですよ”」
佑夏ちゃん、試験に落ちても、サクラマスに...........。