ヒルティ様々
「え?幸福論に、そんな話、出てくるの?」
驚いて、佑夏に聞き返してしまう。
さすがは、教養深い、我が姫君である。
「うん。そーなの。若過ぎる海外体験は、もっと強い刺激を求めて止まらなくなっちゃって、人生に良くない影響を与えるって。
だから、中原くんが、今、海外に行く機会が無いからって、少しも氣に病まなくて、いいのよ。
ねえ、周りの人達を見て、思い当たることない?私は、たくさんあったわ。」
あ!言われてみれば.......!
「俺の英語の先生、70過ぎの男の人なんだけどさ。
高校出て、すぐアメリカに渡って、向こうに30年いて、永住権まで取って、一度はあっちでプール付きの豪邸に住んでたんだって。
でも、今じゃ、日本で、小さいアパートで娘さんと二人で暮らしてるよ。
帰国してから買った家、大きかったらしいんだけど、それも売り払って、日本人の奥さんにも離婚されてるんだ。」
「やっぱり!貴重な体験を生かせてないのね。ひゃー!私、どーしよ?アハハ!」
と言いつつ、余裕の表情で笑う姫。
「佑夏ちゃんは大丈夫だよ。スラムの子供達の為に行くんだから。
その人さ、オーストラリアや、ニュージーランドにも住んだんだけど、田舎過ぎて退屈で、ここはジジイになってから住むとこだと思ったんだってさ。
そう”刺激を求めて”って言ってた!それですぐ、引越して、ニューヨークやロサンゼルスでずっと暮らしてたんだよ。」
「あーそーか。私はスラムとサファリだから、いいのかもね。」
「そうだって!ラスベガスの、カジノとかだったら、ヤバイんじゃない?」
「私、そんなとこ、似合わないよ~!つまみ出されそう!」
二人で、声を合わせて笑う。
僕はずっと抱いていた「海外コンプレックス」さえ、彼女に払拭してもらえた。
この子には、いつも癒されっ放しだ。
真の教養とは、こうして人を和ませ、正しい道に導く為にあるのだと思う。
もう一つ、今度は成功例が思い当たって、それも話してみることにする。
「俺の木工の先生は、青森出身で、30歳まで東京でサラリーマンやってて、その後、カナダに一年行って来て、木工覚えて来たんだ。
帰って来てから、木工品も売れて、奥さんと仲良く暮らしてるよ。
日本じゃ売ってない木工の機材も、向こうから取り寄せてるって言ってたな。
海外体験、上手く生かしてるね。」
「何でも、ちょうどいい時期があるのね。中原くん、帰国子女とか、羨むことないわ。
定年退職してから、タイに移住した人達とか、現地にも溶け込んで、楽しい生活してるから。」
ああ、この子はケニアでの体験も、浮かれることなく、自分の物に出来るんだろうな。