ケニアに行こう
「も」、「な」、「こ」。
「あ~!中原くん、また”苺奈子”って言ってるよ!アハハ!」
「あ、アレ?参ったな。」
大学三年生になった六月の梅雨。
二年前、佑夏と初めて出会い、怪猫ぽん太がやって来た日も、こんな小雨だった。
「梅雨空に 化け猫眠りて 美女の膝」
僕の部屋で、例によって、ぽん太は、佑夏に抱かれて満足氣だ。
先月、苺奈子ちゃんを預かり、抱っこして絵本を読んであげていた時のこと。
幼児殿は、平仮名の「も」と、「な」と、「こ」を探して見つけると、指差して「も・な・こ」と、超絶カワイい声を出していた。
さらに、「こ」を見つけられないと、「た」の字の右側を指差して、「こ!」とやるのが、答えらない愛らしさだったのである。
他にも、「さかなの図鑑」を読んであげていると、水草だけのページを見て、「ここの、おさかなさん、おでかけしてるんだ!」と言う、苺奈子ちゃんの可愛さには、僕は完全ノックアウト。
この話を佑夏にすると、「キャー!カワイー!」と、大ウケした。
しかし、おかげで、「も・な・こ」と自分でも言ってしまうのが、口癖になってしまい、今また、デブ猫の世話をしに来た姫の前、滋賀のお茶を淹れている間にも出てしまう。
(おい、ジンスケ。浮かれてる場合じゃねえぜ。もう、間違いねえ。佑夏の旅先に”波に乗った男”がいる。)
(どうしろってんだ?止める訳にも、いかないだろ?)
(それもそうだな。せいぜい頑張れ。)
ぽん太の予知が、ついに最強の恋敵の出現を告げている。
姫は、大学の夏休み、お盆の混雑を避けた八月末に、ケニアに向けて旅立つ。
「佑夏ちゃん、グライダーに乗る決心ついた?」
「ええ~!?やっぱり、まだ無理!ゴメンなさい~!」
「飛行機の方がずっと高いんだよ?どうするの?」
「し、下を見ないようにするから。」
真っ赤になってしまった顔を両手で覆い、高所恐怖症を、以前、克服できていない佑夏である。
「でも、いいよね。他の大学生、海外行ってるのに、俺、貧乏だからさ。とても無理だよ。羨ましいな。」
「.........。中原くん、私ね。ホント言うと、少し怖いの。」
「あー、そうか。ケニアの首都はすごく治安が悪いんだってね。
ナイロビの市内は立ち入らないで、空港からすぐ、スクールに直行した方がいいよ。」
「ううん、違うの。そうじゃないのよ。ヒルティの幸福論に出てくるの。
ん?ラッセルだったかな?アランじゃないわ。
あまり若い内に海外に行くと、刺激を追い求めるようになって、おかしくなっちゃう、って。」