あなたは怪しい
はるか下を流れてた沢の上流と合流したようだ。
水の音がすぐそばで聞こえ、森に凛とした涼しい空気が立ち込める。
ここまで、緩やかな下り坂だったが、少しずつ、上り坂になっていく。
ただ、道はあまり険しくない。
後ろから、佑夏の声がする。
「山田さん、ザック、私が持ちます。」
上り坂になり始めてから、東京から来ている山田直美さんが、肩で息をするようになっている。
おそらく50代。最年長で、肥満体の人である。
足場もゴツゴツした河原の石になっており、疲労が倍加。
とは言っても、子供でも余裕で歩ける程度だ。
山田さんは極めて体力に乏しい。
しかし、佑夏をはじめ、小林さん、ルミ子さん、理夢ちゃん、水野さんの五人の女性達は嫌な顔一つせず、山田さんの手を引いたり、後ろから支えてあげたりして、入れ替わり立ち代わり、世話をしていた。
それでも、山田さんは、とうとうギブアップ気味になってきたので、佑夏はザックを持ってあげる、と申し出たのである。
僕はここまで、何もしていない。
女にそんなこと、させる訳にはいかないのが道理だ。
「佑夏ちゃん、俺が持つよ」
僕は山田さんから、ザックを受け取ろうとしたのだが。
「中原様、私が持ちます。」
ディーンフジオカ添乗員が割って入り、山田さんの荷物を肩に掛ける。
まあ、彼は職務上、当然だ。
任せることにしよう。
でも、本当は、予定外に参加者の一人がモタモタしていて、苛立ってるんじゃないだろうか?
まさか、客に向かって「早く歩いて下さい」とは言えないだろうけど。
肝心の山田さんはいえば、消え入りそうな小さな声で添乗員に「アリガトウゴザイマス」と言ったものの、相変わらずブスッとした顔をしたままである。
何だか、怪しい人だな。
ここに何しに来てるんだ?
メガネの奥の目も、無気味にギョロギョロ、周囲を探っているようで、気味が悪い。
しかも、山田さんは何かよく分からないことを、ブツブツブツブツ不気味に呟いている。
氣のせいか「金だ、金だ」と言っているように聞こえるが?
他の参加者は、みんな感じのいい人ばかりだが、どうも、この人だけは要注意だ。
それにしても、佑夏の山田さんへの扱いは見事。
微笑みながら、励まし、元気付け、しかもそれが少しもわざとらしくもなく、嫌みもなく、ごく自然なのである。
おそらく、教育実習でも、こういうクラスに溶け込めない生徒はいたのだろう(山田さんはれっきとした大人だが)。
爪はじきの子の対処など、お手の物といった感じである。
このあたり、既に経験豊富なベテラン教師のようだ。
佑夏はまだ、大学生なのに。
やがて、川面が見え、苔が鮮やかになりだすと、先頭の東山さんが振り返って、説明してくれる。
「皆さん、渓流にいる山女魚と、海のサクラマスは実は同じ魚なんですよ。」