地球は歌い続ける
今度は、佑夏はスマホを取り出し、動画の画面を開いてくれる。
「中原くん、コレコレ!こんな貴重な映像、残ってたのね。」
「あ、コレ、南米の国の軍事政権の?」
「そーなのよ。その国には入国出来なかったから、隣の国の国境あたりでやったコンサートね。
国境を越えて、軍事政権の国の人達も大勢、観に来たんだって♪」
南米で、軍事政権が成立し、大統領が独裁体制を施いた国があった。
この国では、人権が大幅に制限され、多くの人々が捕らえられ、殺されたり、消息不明になったにも関わらず、政府は決して責任を認めなかったのだという。
配偶者、恋人、家族を失った女性達はこれに抗議し、刑務所の前や、公共の広場で、おそらく二度と会う事はできない男性達の写真を身に付けて、この国に古くから伝わる求婚の踊りを踊ったのである。
それにしても、このコンサートの映像が観れるとは知らなかったな。
彼は、このことを歌った曲を書いたのだ。
「この曲の入ったアルバム、軍事政権の○○○○さん(独裁者にも、さん付けする佑夏さん)の誕生日に送ったら、送り返して来て、この国じゃ発禁になったのね。
あ、ほら、スペイン語で歌ってるのよ、カッコイイ!」
「あ、ああ。そうだね。歌詞に大統領の名前、実名で入ってるのはマズイよ。」
「このコンサートの会場に、独裁さん(また、さん付けの佑夏さん)の秘密警察もたくさん潜んでたって、本に書いてあったわ。
逮捕してやる~!みたいな口実探してたのね。他の国で何やってんだろ?アハハ!
でも、彼は全然平氣で”踊ったくらいで逮捕なんかできないさ”、って、ちょっと凄くない~!?」
「うん、男だよ。」
やがて、曲の途中で、スペイン語で「DONDE ESTAN?」(あなたはどこへ?)と書かれ、それぞれの失った男性達の写真の入ったプラカードを掲げた女性達が入場して来て、声を合わせて歌い、会場は大いに盛り上がる。
「男性の抗議だと、石を投げたり、暴力に訴えるけど、そんなやり方したら、もっと弾圧されるから、女性の方が賢い、って彼の意見ね。
カメラさん、美人な人、アップで写すよ~!佑夏だったら、きっと写してもらえないね、アハハ!」
いや、佑夏ちゃん。君がここにいたら、絶対、カメラは君ばっかり写すって........。
そして、演奏が終わると、彼は壇上に上がった女性一人一人と、両手を取り合い、ワルツ(?)、ともかく踊りのステップを踏んで回る。
「素敵~♡♡」
ウットリ顔の佑夏を見て、僕は、この子と、この人のコンサートに行けて、本当に良かったと思う。