ヤマネ空を飛ぶ
「さて、東山と同じ出版社のレーベルから、エゾモモンガの写真集を出したカメラマンの方がいましてね。
大川明さんという方なんですが。
出版社の企画で、対談させていただいたことがあるんです。
ご立派な方でした。
残念ですが、ご病気で亡くなってしまったんですよ。
まだ、60歳の若さでした。」
続いて、エゾモモンガの生息地である北海道出身、小林さんが教えてくれる。
「大川氏は、取材先の網走の病院でお亡くなりになりました。
死の直前まで撮影をされていて、エゾモモンガの写真集が遺作です。
それと、エゾモモンガは札幌市内の公園や学校内でも生息していて、人間と生活圏を共有する動物です。」
すると、宿の女将さんが立ち上がり、
「ちょっと待って下さい。大川さんの写真集、ここにありますから、今、持って来ますね。」
と告げると、廊下に出て行く。
その間に、東山が語ってくれたところによると
大川明氏は元々は戦場カメラマンで、世界中の紛争地帯で、文字通り、命は張って、取材を敢行していた。
カナダで野生のアザラシを見てから、その愛らしさに魅せられ、動物写真家に転向。
以来、主にアザラシの撮影を続け、晩年はエゾモモンガなど、国内の小動物の撮影もしている、ということである。
ふいに、隣の佑夏が「黄金の左手」を僕の二の腕に乗せて、見つめてくる。
(ほら、分かるでしょ?順序が逆なのよ。)
そう言いたいようだ。
ヒルティによれば、若過ぎる年齢で海外を経験してしまうと、より強い刺激を求めるようになって止まらなくなるのだという。
だから、東山さんのようには、身近な自然で満足することができなくなり、危険への感覚が鈍くなって、往々にして月野氏のような最期を迎えると。
「そないな、ええ人が、たったの60歳で亡くなってしまわれたんですか?悲しいですなぁ。」
ふっふっふっ、ルミ子さん。幸福論を読んでいると、それは分かるんですよ。
しかし、月野氏の死は避けられた部分もあるが、こちらの大川さんは病気である。
それでも、ヒルティの「早死の法則」が当てはまってしまうとは、恐ろしい論拠だ。
もしかしたら、大川さんも、国内の小動物から入って、海外進出だったら、長生きできたのでは?
写真集を携えて、宿の女将さんが戻ってくる。東山さんのヤマネの写真集も手にしているな。
東山さんを中心に、エゾモモンガの写真を鑑賞し、ヤマネに負けず劣らずの可愛さに、全員でウットリ、ホッコリ。
エゾモモンガの飛翔シーンは圧巻、よく撮れたな、こんなの。
「さて、皆さん。東山のヤマネの写真と、大川さんのエゾモモンガの写真を比べてみて下さい。
何か、氣付きませんか?」
??何だろう?誰も答えられない。
「エゾモモンガには、空を飛ぶ飛膜がありますよね?ヤマネの四肢の間も、膨らんでいるのが分かりませんか?」
「あ!もしかして!」
東山さんの問いに、勘のいい佑夏が反応する。
さすがに、僕にも分かる。
「ヤマネにも、飛膜が?」
僕の口から出た言葉に、東山さんは
「そうです、ヤマネにも飛膜があるんです。何の為についているのでしょう?」
理夢ちゃんが、「信じられない」というように、
「ヤマネも、飛べるんですか?」
そして、驚愕の言葉を述べる東山さん。
「はい、その通りです。飛膜があるということは、ヤマネも、モモンガのように、飛膜を広げて飛べるんです。
東山を含め、見たことのある人間は、ごく僅かですがね。」
エエ~!?っと室内に驚きの声が響く。
小林さんでも、知らなかったようだ。
「昼間に行きました東山の写真集のヤマネの森に、樹高が30mくらいある、大きなモミの木があったのを覚えてませんか?」
「はい、分かります。とっても立派な木でしたね。あの木から、ヤマネが飛んだんですか?」
興奮する水野さんに、東山さんは笑って、
「はい、そうなんですよ。あのてっぺんから飛びました!落ち葉の上に着地して、ピョ~ン!ピョ~ン!ピョ~ン!と、3バウンドくらいしましたね。」
え~!?カワイイー!!といった女性達のリアクション。
ヤマネは、まだまだ謎に満ちた、神秘的な生き物のようである。