ヤマネを追って
「これは、いつも自然観察会でも言っていることですが。
皆さん、明日も図鑑などに載っていない植物については名前を言いますが、それ以外は言いません。
でも、こう言うとね、不満そうな反応をする保護者もいるんですよ。」
だが、東山さんに苦言を呈する者は、ここでは誰もいない。
「一つずつ詳しい話をしていたら、時間が勿体ないです。
せっかく、霧ヶ峰のヤマネの森に来ているのですから、ここでしか出来ないことをしましょう。」
は~い!という我々、参加者の反応、この人の自然ガイドスタイルは、幸福論に出てくる、アランのやり方に似ていると思う、だから、東山さんは幸福でいられるのか?
佑夏も、生徒を自然の中に引率するなら、こうしようと思っているらしい、目を輝かせて、東山さんの言葉を逃さないように話を聞いている。
彼女にとって、今日、ここに来たのは大正解だったのだろう、だけど、潮崎さんは僕と二人きりで参加していると知っているのか?
仮とはいえ、僕と婚約者同士にされているなどとは、マズイのでは?
それとも、潮崎さんは「そんなことくらいなら許してやるよ」みたいに、余裕で笑い飛ばしてしまえるほど、僕はノーマークの存在なのか?
姫は嘘をつくような人ではないけど、潮崎さんには、神野翠や、斎藤ミユちゃんなど、女の友達も一緒だと言っているのかもしれない。
いずれにしても、二人の間でどんな話があり、あるいは、佑夏は潮崎さんには何も話していないとしても、僕には知る由も無い。
そして先生はヤマネに話を戻す。
「ヤマネの暮らしている巣を発見しても、私は、撮影の初日は、写真を撮らず、ヤマネの活動範囲を見たり、周囲の安全を確認したりします。
一人で行きますからね、ケガをして動けなくなったら、助けを呼べません。」
よく、一人で行くよな。グループにしようと思ったこと無いのかな?
「ヤマネは、ある程度、活動するコースが決まっていることがありますからね。
撮影の前に見ておくと、先回りしたりも出来るんです。
木の枝から枝へ、ジャンプして移動しますが、時折、枝にぶら下がってジッとしていることがあります。
長い時は、一時間も二時間も、そのままでいたりしますね。
野ネズミなら持ってない鉤爪がありますからね。枝に捉まるのは、楽々なんです。」
「先生、最初の写真集に載ってる、枝を伝って、こっちを見ながら下りてくるヤマネの写真、私、大好きです!」
そう思ったのは、言葉を発した水野さんだけではないらしい、山田さんも消え入りそうな声で
「私も、あれ見て、あんまり綺麗で、涙が出そうになりました。」
東山さんは、満足そうに、
「ありがとうございます。
ヤマネは警戒心も強いんですが、好奇心も強いんです。人間を見つめてくることも多いですね。」