幸せのツキノワグマ
ここで、地元の長野県在住で、ヤマネ施設の職員でもある小林幸枝さんが口を開く。
「先生、近年、熊の出没例が多発しているのは、山が杉などの人口林ばかりになり、熊の食物となるドングリや、木の実を実らせる広葉樹林が、伐採され続けているからだと思いますが?」
この問いに東山さんも表情を曇らせる。
「全く、その通りです。
杉など、人口の針葉樹林には生物は棲めません。飢えた熊が人里に現れるようになり、全国で捕殺による駆除が行われているんです。」
すごく悲しそうな表情だ。
この人、本当に野生動物を愛しているんだな。
東山さんの熊の説明は続く。
「熊は、植物食に近い雑食で、あまり他の動物を捕らえて食べたりしません。
そのせいで逆に、食物連鎖に不要なら、人間にとって危険な熊は殺してしまえ、という声が後を絶たないんです。」
なんてことだ。
主に植物を食べてることが仇になってるのか?
この理論だと、ライオンや虎など、完全な肉食獣は生態系に必要だから、保護されるということになるじゃないか。
彼らはツキノワグマ、いやヒグマより遥かに危険だ。
保護の対象、殺してもいい命、人間がそんなこと決めていいハズはない。
東山さんは僕達に訴える。
「ですが、熊は食物連鎖に関係ない、なんてことはありません。
人間にとって、熊以上に危険なスズメバチの巣を襲って、巣ごと丸ごと食べてしまいます。」
京都の女子高生、吉岡理夢ちゃんが目を丸くして聞く。
「熊さんは、ハチに刺されても、平気なんですか?」
やっと笑顔になって東山さんは答える。
「熊の毛皮は分厚くて、スズメバチの毒針を通さないんです。熊はスズメバチの天敵なんですよ。
もし、ツキノワグマがいなくなったら、スズメバチが大発生して、大変なことになってしまいますね。」
無敵と思われるスズメバチに、とんだ天敵がいたものだな。
「それにね。森には、熊の大切な役目があるんです。」
東山さんの言葉に、全員が固唾を吞んだ。
「森林には、下草や低木が生えていて、このままだと樹木が圧迫され、呼吸できなくて、みんな枯れてしまうんですよ。」
そうなのか?僕も含め、全員が驚いている。
「熊が下草や低木を踏み固め、風通しを良くすることで、森の木々は生きていられるんです。」
え~!という一同の反応。
さらに、東山さんは告げる。
「皆さん、足元の落ち葉を一枚取って、透かして見て下さい。」
全員が言われた通りにすると、東山さんは説明した。
「それもね、熊はデタラメに歩くんじゃないんです。
木の葉っぱには、葉脈があるでしょう?この葉脈の形に、風が森に隅々まで通るように、踏み歩くんですよ。」
驚きの反応が一層大きくなる。
「素敵·······♪」
隣から、佑夏の声が聞こえる。