ヤマネは見つめる
「また、懐中電灯で照らしてみると、ピンポン玉くらいの小さな生き物が、シュラフの上からジッと私を見ているんです。
黒い、まん丸の瞳でした。」
今度は、みんなで、東山さんの次の言葉を待つ。
「私に見られていることは氣付いているようでしたが、逃げようとしません。
そのまま、10秒ほど見つめ合っていたんですよ。
しかし、私が腹筋で身体を支えている状態でしたので、耐えられなくなり、動いてしまうと、その生き物は身を翻して、闇に消えて行ったんです。」
ろいそくの炎が、ジジジと音を立てて燃え、僕達を照らしている。
何だか、この話に、とても似合う。
「それから、その動物のことが、頭から離れなくなり、色々な図鑑で調べたんです。
今のように、スマホで簡単にはいかなかったですからね。
そして、やっと、二ホンヤマネという名前だと分かったんです。」
佑夏は、今度は紅茶を飲みつつ、お菓子を口に運んでいる。
本当によく食べる人だ。
僕の手にも、お菓子を握らせてくれる、姫の暖かい手。
「その頃の私は、主に本土ギツネを撮影していたんです。キツネの撮影も並行して行ってはいましたが。
困ったもので、どうしてもヤマネに、会いたい、せめて一度だけでも撮影したい、という氣持ちは日に日に大きくなるだけでした。」
今頃、昼間、僕達の見た森のヤマネは活動しているだろう。
冬眠に備えて、どんどん餌を食べて欲しい。
「ヤマネ探しは手探りでした。
書かれている文献がほとんど無いんです、文化庁にも問い合わせましたが、ヤマネについての調査資料は無いとのことで。」
すると、小林さんが不満氣に、
「ヤマネのような貴重な動物の調査を、国が全くしていないのですか?」
「はい、そうだったんです。
だから、何も分からないまま、自分で探すしかありませんでした。
私が暮らしている、霧ヶ峰高原と八ヶ岳山麗の二か所からです。
昔、働いていた山小屋など、周辺の山小屋にも、情報提供を呼びかけました。」
東山さんは、宿の女将さんとアイコンタクトして頷き合う。
さっき、若い頃に、ここで働いたことがあると言ってたな。
「当時、霧ヶ峰では、ヤマネの生息は確認されていませんでしたから、誰もが口を揃えて”見たことも聞いたこともない、絶対にいない”と言ったものです、しかし、私は諦めずに探し続けたんです。
私は、必ずいる、と確信してました。
私が初めてヤマネを見た八ヶ岳と、霧ヶ峰は共通点が多かったですからね。」
本当に、国はヤマネの調査など、まるでしてないんだな、大丈夫か?日本政府?